映
小雨が降るなか、階段下で電子タバコの煙をふかす男がいる。
1号室の住人。
アレクシア
駐車場の方から、傘を差して階段の方へ歩いてくる女。
5号室の住人。
アレクシア
鞄を開きながら階段を上ろうとして、足を止める。
アレクシア
足を止めて、鞄の中をごそごそ、何か探すふう。
映
一瞥。
視線を向けずに気配だけでその様子を観察する。
アレクシア
一通り鞄の中を探した後、んん、と小さく呻いてから、スマホを取り出して。
アレクシア
画面を眺めて二秒。それから、なにか短くだけ操作して戻す。
映
しばしそのままでいたが、合点がいったように。
「鍵か」と声に出した。
映
暗に、一緒に住んでらっしゃるんでしょう?というニュアンスを含んだ言い方。
アレクシア
「いや……まあそう……そう見えます?」
映
「目立つ時だけ記憶に残ってるだけかもしれませんが」
映
「貴女が両隣に男性を並べて歩く財閥の御令嬢様なのでしたら顔は売っておかねばと思いまして」
アレクシア
あれをなんと言ったものか、自分でも未だにまったくわからないので。
アレクシア
「別にわたしがこう……囲っている、とかではなく……」
アレクシア
「……同居は単になりゆきというか……」
映
「継続してる意味は人それぞれかもしれませんが」
アレクシア
あれは出ていってくれなくて。
などと言うこともできず。
映
言いつつ、足元のかわいらしい紙袋をコンビニで買ってきたばかりのゴミ袋に空ける。
映
中身は手作りらしいお菓子。
アパート前のごみ収集ボックスに置く。
アレクシア
「……役者さんとおっしゃってましたけど、そちらの関係で?」
映
「そういうことにしておいた方がいいこともある」
アレクシア
「……そういうことにしておきたいわけですね……?」
アレクシア
そういうことにしておきたい相手がいるんだな。
と思ったところで。
アレクシア
「あ、いえ。気を使ってらっしゃるのかなと思って」
アレクシア
一般的に、ひとさまの手作り品を始末するのは……恋人への気遣いだよな……。
アレクシア
「……咲さんはあなたのことを話すとき、すごく楽しそうだと、うちの……弟のほうが言ってましたよ」
アレクシア
「たまにお世話になっているようなので」
アレクシア
「まあ……雰囲気は違いますけど、顔は……」
アレクシア
「ああ……それはまあ、性格なんかは全然違いますね……」
映
「私には兄弟と言えないぐらい違って見えますね」
映
「……生きた鶏を渡されて、さほど躊躇いなくしめれるかどうか」
映
「もっと言うと、その鶏が猫や犬に変わってもあんまり感覚が変わらないか、ですね」
アレクシア
正直、あんまりしない気がするな……と思って黙った。
アレクシア
「……ご自身もそうだということになりますけど……」
アレクシア
「……それは、まあ……そうかもしれませんね」
アレクシア
「ただ、気は……遣ってくれていると、思います」
アレクシア
わずかばかりためらいがちに、そう付け加えた。
アレクシア
「ご自身で同類と仰るから、お聞きしますけど」
アレクシア
「……努力し続けるのは、辛くないですか」
アレクシア
「笑っているところ以外、見せないので」
映
「笑っているところだけ見せる、という心境そのままだと思いますが」
アレクシア
「ご自身だったら、聞かれて素直に答えます?」
アレクシア
聞いたら聞いたで、努力しなくて良いんですか?とか言ってきそうな気もする。
映
「まぁ、聞いても聞かなくても結果は変わらないと思いますが」
アレクシア
「面倒になって、……それでちゃんと言ってくれるなら、良いんですけどね」
アレクシア
「実は、こう、敬遠していた時期も長かったので……」
アレクシア
「いまさらどうしていいか、わからないときもあって」
映
「人生80年ですよ。何年の関係にしろ、先があるなら現状が最短では?」
映
「来年なり今年なりで終わるなら考えなくともいいことでしょうし」
アレクシア
「終わらせるつもりがあるわけでは、ないんですけど」
映
「今話したことをそのままお伝えになればよろしいのでは?」
映
アパートの前に止まった収集車が、先ほど捨てた手作りの菓子が入ったゴミ袋を回収するところを見ていた。
映
会釈をひとつして、すぐそばの1号室の扉へ。
鍵を開ける音、扉の閉まる音。
アレクシア
去っていく男に、こちらも会釈をひとつ。
アレクシア
それから、こちらは階段を上がっていく。
アレクシア
そうして、弟が起きてくるなり、兄が戻ってくるなり。
それを、部屋の前で待つ。しばらくの間。