*
夕刻、まだ陽の落ちきらないうちに、アレクシアが帰宅する。
シャルル:弟
乾いた食器を棚に戻しながら振り返る。
アレクシア
靴を脱いで、買い物袋を机に。
それから、一度、部屋に鞄を置きに行き。
アレクシア
「今日は知らんな。今日は迎えに来なくていいと言ったから」
アレクシア
「ん。……なんだか、ちょうど用があるとか言ってたぞ」
アレクシア
テーブルに置いた袋から、食材を仕分けしつつ。
アレクシア
「あいつ、何してるのかよくわからないからな……」
シャルル:弟
「結局何も知らないもんな……仕事とか」
アレクシア
正直、それでいいと言うのは、難しい。
だから最近は、何も言わずにいる。
アレクシア
知りたい気もするが。
知りたがれば、いなくなってしまうような気もする。
シャルル:弟
「ま、アレクシアに迷惑かからないならいいんだけどさ」
アレクシア
「鶏のトマト煮……と、ほうれん草のキッシュ」
アレクシア
そして冷蔵庫には昨晩から、チョコレートのテリーヌが冷やしてある。
シャルル:弟
「アレクシアが料理作るの、珍しいな」
アレクシア
「あいつが来てからはあんまりやらなくなっちゃったからな」
アレクシア
「別にそこまで下手じゃないと思うぞ。上手いかはわからんが」
シャルル:弟
キッチンが見える位置、椅子に腰掛けてその背を眺める。
アレクシア
とん、とん、と。特別速くも遅くもなく、しかし乱れない包丁の音。
アレクシア
「……このたまねぎ目に染みるやつだな……」
アレクシア
うう、とか、あー、とか。小さく呻きながら。
アレクシア
それでも、さほど手こずった様子もなく。
シャルル:弟
時折スマートフォンの通知に目を落としたりして。
アレクシア
作業の順序はすでに考えてあったらしく、あっちで混ぜたり、こっちで炒めたり。
アレクシア
切りそろえられた食材が、順番に鍋やら型やらに投入されていき。
アレクシア
オーブンに火が入り、鍋では煮込みが始まって。
シャルル:弟
特に時間を持て余すこともなく、なんとなく眺めて。
シャルル:弟
「でも……せっかくだから待ってるよ」
シャルル:弟
お腹はすかせておいたほうがいいだろう
アレクシア
「パンはちょっといいとこのガーリックフランスを仕入れてある」
アレクシア
「たまには、こうやってあれこれするのも楽しい」
アレクシア
そうして鍋の様子がほどよくなってきて。
アレクシア
オーブンのキッシュも焼き上がりの時間。
シャルル:兄
しっかりとした黒い背広に黒いシャツ。後方で一つにまとめた髪。
いつもかけている眼鏡も、少しお固く見える。
アレクシア
ちょっと珍しい格好に瞬きをひとつふたつ。
シャルル:兄
「ん……ああ、これですか?少々仕事で」
アレクシア
なんというか。
彼はどうして、自分の世話を焼いているのだか。
シャルル:兄
しばらくして、戻ってきたときにはいつもと変わらず。
アレクシア
「……おつかれさま?」 そう言っていいのかどうか、少しだけ首を傾げた。
アレクシア
言いながら、キッシュを型から外して、パンを切り。
シャルル:兄
「キッシュですか、美味しそうですね」
アレクシア
「あんまり期待するなよ」 弟に掛けたのと同じ言葉を掛ける。
シャルル:兄
後ろから束ねた髪の先に触れて微笑む。
アレクシア
「……文句を言わないなら別にいいけどな」
アレクシア
「……お前、本当にそういうところだからな……」
アレクシア
それから気を取り直して、皿を順番にテーブルへ。
アレクシア
白い皿に、鮮やかなトマト煮。
温かいキッシュと、香ばしい匂いのガーリックフランス。
アレクシア
「……ああ、そうだ。ちょっとだけ待ってろ」
アレクシア
部屋に一旦引っ込んで、すぐ戻ってくる。
アレクシア
「……まあ、ふたつあるけど。二人でどうぞ」
アレクシア
「後に残るものがいいかなとも思ったんだが、……決まらなくて」
アレクシア
「……もしよかったら、そのうち、一緒に何か選びに行ってくれると」
シャルル:弟
箱のうちの一つを手にとって指をかける。
アレクシア
「……いいやつらしいけど。口に合うといいが」
シャルル:兄
「こちらも良いものが入っていますね」
シャルル:兄
「祝っていただけるのは嬉しいですね」
シャルル:兄
「家族と祝うのは覚えている限り初めてかもしれませんね」
アレクシア
「わたしに祝わせてくれてありがとう、だな」
シャルル:兄
「せっかくのご馳走ですし、冷める前にいただきましょうか」
アレクシア
なんとなく。
以前、一人で作って、一人で食べていたときとは違う気持ち。
シャルル:弟
誕生日というものはみんなで祝うものだった。
なんか、友達とか、そういう感じで。
シャルル:弟
いい思い出ばかりじゃなかったけど、結構覚えているものだ。
シャルル:弟
できたての温かい手料理。
心のこもったって、こういうもののことを言うんだろうな。
シャルル:兄
誕生日を祝うということを、あまり考えたことがなかった。
シャルル:兄
プレゼントを貰ったり、祝の言葉をかけられることはあっても
シャルル:兄
こうしてゆっくり食卓を囲むのは初めてかもしれない
シャルル:兄
自分のものとは違う味付けの料理。
三人分の話し声。
シャルル:兄
興味はないと思っていたものが、内側に染み込んでくる。
シャルル:兄
「たまには、アレクシアの手料理を囲むのも良いかもしれませんね」
アレクシア
「まあ別に、わたしが作るのは構わんが」
アレクシア
「まあいいが……お揃いとか言い出すなよ?」
シャルル:兄
「流石に27でフリル付きなどは似合わないでしょうし……」
アレクシア
「……お前、時々信じられないようなことを言うよな……」
アレクシア
「そういう意味じゃないとわかってるだろうが」
アレクシア
「というか、わたしもフリル付きなんて着ないからな」
アレクシア
「本気でフリル付きを着せる気じゃないだろうな……?」
シャルル:弟
「こないだ受けた契約のとこ受かりそうなんだよな……保育園の事務と雑用。」
アレクシア
「本決まりになったら、それもお祝いかな」
シャルル:兄
「おそろいにするかフリルにするか決めておいてくださいね」
アレクシア
……一番シンプルなのの色違いとかでお茶を濁せないかな……
アレクシア
「……おそろいにするならお前も道連れにするか」
アレクシア
「おそろい。着てくれるだろ?」 半分やけっぱち。
シャルル:弟
「そういや、夏だしさっきみたいに髪縛ったほうが良いんじゃねーの」
アレクシア
どちらも優しい目をしているように見えるのは。
アレクシア
……まあたぶん、そういうこと、なのだろう。
アレクシア
「お前たちが、二人でここにいてくれて」
シャルル:兄
「大好きな人と共に暮らせて幸せです」
シャルル:兄
「あとで服を選んでおきましょうか。半袖着れないんですが。」
シャルル:弟
「…………ま、外そんなに歩かないし大丈夫だろ」
シャルル:兄
「聞きましたアレクシア、デレですよ」
アレクシア
「デレとか言ってやるなよ。いいだろ、別に」
シャルル:兄
「片付けは我々でおこないましょうか」
シャルル:弟
「すぐ終わるし、作ってもらったから」
シャルル:兄
「存在しないと思っていた幸福を得ることができたのは、アナタのおかげですから」
アレクシア
触れた手に、手のひらを重ねて、その顔を仰ぐ。
アレクシア
「……わたしといて、幸せでいてくれるなら」
*
どうして交わったのかわからない、一人と、一人と。
そこにもうひとつ、交わった一人。
*
そうでなかったら、きっと見つからなかった幸せが。