シャルル
以前と違うのは、守るべき対象。
傍にいたいと思える人がいること。
シャルル
確認印の押された書類をまとめて引き出しに入れる。
シャルル
嗜好品である茶葉も、あるところにはある。
シャルル
商会の皆が満足できる程度のものは用意しているつもりだ。
シャルル
慣れた様子で湯を沸かし、茶葉を合わせる。
シャルル
流石に多くの種類があるわけではないが、それでも試行錯誤する時間はあった。
アレクシア
部屋に漂い出す香りに、柔らかく目を細める。
アレクシア
特別、贅沢をしたいわけではないけれど。
アレクシア
そうして淹れてくれる茶の一杯が、気遣いの賜物であることを知っているから。
シャルル
ことことと音を立て始めた容器から湯を注いで茶葉を蒸らす。
シャルル
「あの会場にいた人々は皆、生きているんですねぇ」
アレクシア
かつて。今この時に連なるものではない、いつかの過去。
シャルル
ことり、とテーブルに。
紅茶の入ったカップと、茶菓子の小皿。
アレクシア
カップの中で揺れる紅茶に、目を落とす。
シャルル
おそらくはこの世界に訪れる最大の幸福を捨ててでも……
アレクシア
――Lord Erlenmeyer, Alexia.
アレクシア
名前。卿の称号。それでもって、アレクシアは責任を背負う。
シャルル
「あの館で、待ち続けているのでしょうね」
アレクシア
一瞬見せた表情を掻き消して、カップを手に取る。
アレクシア
客の訪れを待ち続けるメイド。
出会わない二人たち。
アレクシア
終わることのない妄執も。
終わることのない悲しみも。
アレクシア
「……本当はあったかもしれない、数限りない幸せを」
アレクシア
「……自分が、あの未来を捨てた、ということを」
シャルル
「多くの命が、あっという間に零れていくとしても」
アレクシア
シャルルが言外に告げることを、アレクシアは理解している。
アレクシア
アレクシアが今、こうして、ここにいるのも。
アレクシア
ただ、シャルルを失いたくなかったからに、他ならない。
アレクシア
「……きみが目を醒ましてから、100年の月日が流れました、だろ」
シャルル
「あの手紙、みんなに届いているでしょう」
シャルル
「そうして、我々も『救世主(アリス)』と呼ばれる」
シャルル
「末裔たちの間で伝承のように語られる『アリス』とは、ただ一人を見つけるためのものだと」
シャルル
「『救世主が唯一となったとき、救世主はあらゆる物語を書き換えるチカラを手に入れる』」
シャルル
「たとえば、その最後の一人に『アリス』がのりうつるとか……具体的にはわかりませんが」
アレクシア
ふむ、といくつか目を瞬く。その目が続きを促す。
シャルル
「あの日、あの場には多くの救世主がいましたね」
シャルル
「にもかかわらず、あれだけ大掛かりな変化……」
シャルル
「これは『あらゆる物語を書き換えるチカラ』と言って差し支えないものと思います」
シャルル
「であれば、『救世主が唯一となったとき』」
シャルル
「この条件を無視しても力を使う方法が少なくとも知っているだけでひとつ、存在するということです」
シャルル
「あの場には、多くのコインを持っている方々が存在しました」
シャルル
「枚数だけでいえば、それこそ『唯一』ともなれそうな」
シャルル
立ち上がり、コインの入った袋をテーブルに乗せる。
シャルル
「しかし……まあ、私が所有しているコインはこれだけではありません」
シャルル
「持っているだけではその力を十分に引き出せない」
シャルル
「あの館がコインの力に支えられているのではなく」
シャルル
「館の力でコインを引き寄せ利用しているのだとしたら」
シャルル
「同様の儀式を行わずとも、類似する効果をもたらすことができるのではと」
シャルル
「ペアにフラッシュ、ストレート、フルハウス」
シャルル
「ポーカーだってこれだけの『勝ち方』があるんです」
アレクシア
きっと、シャルルは。
一人でなら、『救済』などなくても、この国で問題なく生きていくだろう。
アレクシア
それでも、『勝ち方』を考えているのは。
シャルル
生きることに執着はなく。
上手くやっていけたから上手くやっていただけ。
シャルル
効率よく、手際よくする手段を模索し。
『生きたい』者たちを率いていただけ。
アレクシア
『昔』ならけっして見せなかった笑い方に。
目の奥が、ぎゅっと痛い。
シャルル
テーブルを回り込み、帽子のつばを軽く上げて。
アレクシア
伸び上がるようにして、今度はこちらからキスをする。
シャルル
肌に触れる指先。それだけで愛おしいと思う。
シャルル
こうして、確かめ合っているという事実が幸福なのだと気付いたのはいつからだろう。
アレクシア
「それがきっと、わたしを救ってくれてる」