再びこの世界に同じ生を受け、時は過ぎていく。

考えることも、すべきことも。

以前より少しだけはっきりとして。

そうして、『しない』という選択もまた。
シャルル
日常。
シャルル
かつてそうであったように、仕事を受け。
シャルル
適切に振り分けて。
シャルル
己自身もまた、生きるために銃を手にし。
シャルル
以前と違うのは、守るべき対象。
傍にいたいと思える人がいること。
アレクシア
交渉、折衝、依頼と情報の行き来。
アレクシア
生きるために、生かすために。
アレクシア
そのためにできること。
アレクシア
……しないと決めたこと。
シャルル
確認印の押された書類をまとめて引き出しに入れる。
シャルル
「お疲れさまでした」
アレクシア
「ん。お前もご苦労」
シャルル
「お茶をいれましょうか」
アレクシア
「うん」
シャルル
「では」
シャルル
嗜好品である茶葉も、あるところにはある。
シャルル
酒も、お菓子も。
シャルル
贅沢とまではいかないが、最低限以上。
シャルル
商会の皆が満足できる程度のものは用意しているつもりだ。
シャルル
慣れた様子で湯を沸かし、茶葉を合わせる。
シャルル
流石に多くの種類があるわけではないが、それでも試行錯誤する時間はあった。
アレクシア
部屋に漂い出す香りに、柔らかく目を細める。
アレクシア
特別、贅沢をしたいわけではないけれど。
アレクシア
そうして淹れてくれる茶の一杯が、気遣いの賜物であることを知っているから。
アレクシア
「……ありがとう」
シャルル
「どういたしまして」
シャルル
ことことと音を立て始めた容器から湯を注いで茶葉を蒸らす。
シャルル
いくつか、保存のきくお茶菓子を添えて。
シャルル
「……そういえば」
シャルル
運びながら。
シャルル
「今日、ですね」
アレクシア
「……ああ」
アレクシア
何が、かは。言われずともわかる。
アレクシア
「……今日、だった」
シャルル
「今、この時」
シャルル
「あの会場にいた人々は皆、生きているんですねぇ」
アレクシア
「……そう、だな……」
アレクシア
かつて。今この時に連なるものではない、いつかの過去。
アレクシア
あの時、自分が始めたこと。
アレクシア
「…………」
アレクシア
その先にあったもの。
シャルル
ことり、とテーブルに。
紅茶の入ったカップと、茶菓子の小皿。
シャルル
「どうぞ」
アレクシア
「……ん」
アレクシア
カップの中で揺れる紅茶に、目を落とす。
シャルル
その先にあるものが見えていた。
シャルル
しかし。
シャルル
おそらくはこの世界に訪れる最大の幸福を捨ててでも……
シャルル
守りたいものがあった。
シャルル
「手紙」
アレクシア
「ん?」
シャルル
「サインをされましたね、封筒に」
アレクシア
「……ああ」
アレクシア
――Lord Erlenmeyer, Alexia.
アレクシア
名前。卿の称号。それでもって、アレクシアは責任を背負う。
アレクシア
いつだって。
アレクシア
あの時も。
シャルル
向かいの椅子に腰かけて肘をつく。
アレクシア
それを見遣る。
シャルル
「…………彼女は」
シャルル
「あの館で、待ち続けているのでしょうね」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「……だろうな」
アレクシア
一瞬見せた表情を掻き消して、カップを手に取る。
シャルル
「…………」
シャルル
人工物の拳に頬をのせ、その様子を見やる
シャルル
切らないままの髪はあの頃よりも長く。
シャルル
「きっと」
シャルル
「他にもありますよ」
アレクシア
何が。
そう問おうとして、やめる。
アレクシア
客の訪れを待ち続けるメイド。
出会わない二人たち。
アレクシア
終わることのない妄執も。
終わることのない悲しみも。
アレクシア
あの時、あの館にあったもの。
アレクシア
「……わたしは」
アレクシア
「この世界の救済を蹴った」
アレクシア
「……本当はあったかもしれない、数限りない幸せを」
アレクシア
一口。くちびるを湿らせる。
アレクシア
「……自分が、あの未来を捨てた、ということを」
アレクシア
「考えるよ」
アレクシア
そこに、『自分たち』はいなかった。
アレクシア
でも。
シャルル
「……私に後悔はありませんよ」
シャルル
「あの場で流されたよりも多くの血が」
シャルル
「多くの命が、あっという間に零れていくとしても」
シャルル
そこに、アナタがいないことが大切だ。
アレクシア
シャルルが言外に告げることを、アレクシアは理解している。
アレクシア
そして同時に。
アレクシア
アレクシアが今、こうして、ここにいるのも。
アレクシア
ただ、シャルルを失いたくなかったからに、他ならない。
シャルル
「…………」
アレクシア
「……なんだ」
アレクシア
カップを置く。
シャルル
「…………調べているんですよ」
アレクシア
「何を」
シャルル
「『救世主』についてです」
アレクシア
「救世主について?」
シャルル
「ええ」
アレクシア
「……具体的には」
シャルル
「『拝啓、アリス。愛しいアリス。』」
シャルル
「手紙を覚えていますか?」
アレクシア
「……きみが目を醒ましてから、100年の月日が流れました、だろ」
シャルル
「ええ」
シャルル
「あの手紙、みんなに届いているでしょう」
シャルル
「そうして、我々も『救世主(アリス)』と呼ばれる」
シャルル
硬い人差し指を額にあてて、微笑む。
シャルル
「人違いだと思っていたんです」
シャルル
「末裔たちの間で伝承のように語られる『アリス』とは、ただ一人を見つけるためのものだと」
シャルル
「『救世主が唯一となったとき、救世主はあらゆる物語を書き換えるチカラを手に入れる』」
シャルル
「たとえば、その最後の一人に『アリス』がのりうつるとか……具体的にはわかりませんが」
シャルル
「『そういうもの』だと」
アレクシア
ふむ、といくつか目を瞬く。その目が続きを促す。
シャルル
「ですが、実際はそうではなかった」
シャルル
「あの日、あの場には多くの救世主がいましたね」
シャルル
「もちろん、外にも」
アレクシア
「ああ」
シャルル
「にもかかわらず、あれだけ大掛かりな変化……」
シャルル
「これは『あらゆる物語を書き換えるチカラ』と言って差し支えないものと思います」
アレクシア
世界ひとつの、救済。
シャルル
「であれば、『救世主が唯一となったとき』」
シャルル
「この条件を無視しても力を使う方法が少なくとも知っているだけでひとつ、存在するということです」
アレクシア
「……さらに、別のを……」
アレクシア
「探してるのか?」
シャルル
「ええ」
アレクシア
「…………」
シャルル
「もうひとつ」
シャルル
「あの場には、多くのコインを持っている方々が存在しました」
シャルル
「枚数だけでいえば、それこそ『唯一』ともなれそうな」
シャルル
「しかし、そうはならなかった」
シャルル
立ち上がり、コインの入った袋をテーブルに乗せる。
シャルル
「ここに40枚、コインがありますね」
アレクシア
「ん……」
シャルル
「しかし……まあ、私が所有しているコインはこれだけではありません」
アレクシア
「ああ」
シャルル
「枚数は多い方がいい、しかし……」
シャルル
「持っているだけではその力を十分に引き出せない」
アレクシア
頷く。
シャルル
「仮説ですが」
シャルル
「あの館がコインの力に支えられているのではなく」
シャルル
「館の力でコインを引き寄せ利用しているのだとしたら」
シャルル
「同じシステムを構築できたなら……」
シャルル
「同様の儀式を行わずとも、類似する効果をもたらすことができるのではと」
アレクシア
「……言いたいことはわかるが……」
アレクシア
やや言い淀む。
シャルル
「ですから、仮説です」
シャルル
コインをしまう。
シャルル
「残ったのは53枚のトランプ」
シャルル
「ペアにフラッシュ、ストレート、フルハウス」
シャルル
「ポーカーだってこれだけの『勝ち方』があるんです」
シャルル
「ありますよ、きっと。他にも」
アレクシア
「…………」
アレクシア
きっと、シャルルは。
一人でなら、『救済』などなくても、この国で問題なく生きていくだろう。
アレクシア
必ずしも『勝つ』必要などない。
アレクシア
それでも、『勝ち方』を考えているのは。
アレクシア
「……お前は、本当に」
シャルル
「…………がんばりましょうね」
シャルル
生きることに執着はなく。
上手くやっていけたから上手くやっていただけ。
シャルル
効率よく、手際よくする手段を模索し。
『生きたい』者たちを率いていただけ。
シャルル
だから、あの頃は考えもしなかった。
シャルル
「アレクシア……」
アレクシア
「ん?」
シャルル
アナタを幸福にしたい。
シャルル
「期待してくださってもいいですよ」
アレクシア
『昔』ならけっして見せなかった笑い方に。
目の奥が、ぎゅっと痛い。
アレクシア
「……無茶はするなよ」
アレクシア
「自分のことも、ちゃんと考えろ」
アレクシア
「……お前がいないと」
アレクシア
「それはだめだ」
シャルル
「ええ、わかっておりますよ」
シャルル
「もちろん」
シャルル
「私のアレクシア」
アレクシア
「うん」
シャルル
テーブルを回り込み、帽子のつばを軽く上げて。
シャルル
腰を曲げ、口付ける。
アレクシア
「……ん」
アレクシア
いつも。
アレクシア
とても。
アレクシア
大切にされている。
アレクシア
それが、嬉しくて、そして怖い。
アレクシア
失いたくない。
アレクシア
他の何を放り投げても、たったひとつ。
アレクシア
「……ごめんな」
シャルル
「ふふ」
シャルル
「ありがとう、ですよ」
アレクシア
「…………」
シャルル
「おっと、お礼を言うのは私の方ですね」
シャルル
「ここに……いてくださって」
シャルル
「ありがとうございます」
アレクシア
「……馬鹿だな」
アレクシア
「いいんだ」
アレクシア
「……愛してるから、ここにいる」
シャルル
「おそろいですね」
アレクシア
「うん。……ありがとう」
アレクシア
伸び上がるようにして、今度はこちらからキスをする。
アレクシア
確かめるように触れる。
シャルル
肌に触れる指先。それだけで愛おしいと思う。
シャルル
直接触れることよりも、ただ。
シャルル
背に腕をまわす。
シャルル
こうして、確かめ合っているという事実が幸福なのだと気付いたのはいつからだろう。
シャルル
「愛しています、アレクシア」
アレクシア
「……愛してるよ」
アレクシア
「お前がいてくれるのが」
アレクシア
「それがきっと、わたしを救ってくれてる」
シャルル
「…………きっと」
シャルル
「しあわせにします」
シャルル
理屈ではどうしようもないこと
シャルル
だから、これは約束ではなくて……
シャルル
決意表明だ。
シャルル
「ね」
シャルル
「そうします」
アレクシア
「……一緒に、だからな」
シャルル
「はぁい」

時は過ぎていく。

いくつもの分岐点を、自らの意志で選び。

手を伸ばし。

手繰り寄せていく。

その先にあるものを信じて。