シャルル
自室の本棚に名前ごとにファイリングした書類を戻し、机の上を整理する。
シャルル
毎日の仕事は滞りなく、日々の糧に困ることはない。
シャルル
堕落の国においても、このレベルの生活は可能だと証明できている。
アレクシア
こん、と。ごく軽く、ささやかなノックの音。
アレクシア
他の物音がしてさえいれば、紛れてしまうような。
シャルル
「ここのところ順調ですからね。顧客も増えましたし」
アレクシア
「ああ。……このまま順調であってくれればいいんだが」
シャルル
「まあ、当面運用に問題は発生しないと思いますが……」
シャルル
「起こりうるとすれば、やはり『救世主』の不足でしょうか」
シャルル
「最後のひとりになろうというものが現れたときは」
シャルル
「こちらで、何らかの対策をする必要が出てくるかもしれません」
アレクシア
「……通常の運営に関しては、実際のところ、問題はないだろうと思う」
アレクシア
「だが、それでも、……わたしはいつも怖いよ」
アレクシア
「……この国で、何かに『ずっと』を求めるのは難しい。それがなんであれ」
シャルル
「でも、何も変わらないわけじゃありませんし」
シャルル
「各自のコインの総数に調整をいれてもいいかもしれませんね」
アレクシア
「……まあ、増えてもきたからな。そもそもの枚数」
シャルル
「わざわざ乗り込んでくる者はいないと思いますが、仕事先で強力な救世主に出会う可能性も高くなっておりますし」
シャルル
「今の状態で誰かが死ぬと、他の誰かに影響する可能性が高い」
シャルル
「長期運用のメリットであり、デメリットですね」
アレクシア
「わたしも、今の面々に欠けてほしくはないよ」
アレクシア
「……誰も知るわけじゃない。ただ……あいつらにあったかもしれない未来も、わたしは、他の全てと一緒に蹴った」
アレクシア
「別に、だから、というのがすべてじゃない。だが、できるだけしてやりたいとは思っている」
シャルル
歩み寄り、冷たい手を伸ばして髪に触れる。
シャルル
自分が自分を苦しめたいと思った時。
自分が相手を苦しめたいと思った時。
シャルル
「……私もできる限りをしていくつもりです」
アレクシア
もしも、ふたつを天秤にかけたら。
かけなくてはならなくなったら。
アレクシア
「……わたしにできる限り、というのは」
シャルル
「アナタが生きていることが、何より……」
アレクシア
「お前、わたしにかかずらってばかりいるより、もっと違うことをしたほうがいいんじゃないのか」
シャルル
「もっと自分を優先してくださいねって、言ってますのに」
アレクシア
まがりなりにも自分を大切にしようと思うのは、シャルルがいるからだ。
あの日の記憶と、今、ここに重ねている日々があるから。
アレクシア
「……わたしは臆病なんだと言ったろう。……自分よりも、失うのが怖いものがある」
アレクシア
とん、と。左手に持っていた小さな箱で、シャルルの胸を軽く叩く。
アレクシア
小さなブロックのチョコレートに、赤い封蝋の意匠が乗っている。全部で5つ。
アレクシア
そしてひとつだけ、封蝋の代わりにハートが。
シャルル
箱の中からひとつを取り出して、口元に差し出す。
アレクシア
そうしてなにやら、少しばかり、呻くようでもあり。
アレクシア
素直に口を開けるのには躊躇いがあるのだが。
アレクシア
なんとなく、こういうとき、適当に引いておかないと痛い目を見るような気もして、口を開く。
シャルル
「そうだ、私も……ひとつお渡ししようと思っていたものがありまして」
シャルル
机の上へ、箱を置いて。
代わりに引き出しから長方形の箱を取り出す。
シャルル
蓋を開くと、中には光沢を持った緑色のペンが一本。
シャルル
蓋を取り外せば、万年筆であることがわかる。
シャルル
「使い勝手の良いものが一本あると便利でしょう」
アレクシア
シャルルがどうしてこの色を選んだのか、なんとなく、わかる気がして。
シャルル
「喜んでいただけたのであれば、なによりです」
シャルル
あの日集められるはずだった7人は、今も集落で暮らしているのだろうか。
シャルル
館に残された、彼女を置いてきぼりにして。
アレクシア
きっと、あの日に書き並べた七通の重みを忘れはしない。
アレクシア
今となっては、書かれることなく記憶の果てに消えた七つの署名を。
アレクシア
日々手にして、使って、手入れをして。
そうしてずっと。
*
その手に握るただ一本のペンに、きっと繋がれるものがある。