シャルル
5号室は中央の階段にほど近く、庭の様子がよく見える。
シャルル
バルコニーの手摺のすぐそばに立ち、一部始終を眺めていた。
シャルル
お茶会の開始が告げられる。
シャルル
「…………。」
シャルル
静かである。
異質なものを見る目。
これまで、様々な末裔、救世主を眼にしてきたが、それにしても異質である。
シャルル
「……これは。」
アレクシア
「…………なんというか」 細めた目。
アレクシア
「どいつもこいつも、と言いたいところだが……並べるのはどうだろうな、あれは」
シャルル
「…………かみさま、ですか。」
シャルル
ふむ、と少し身を乗り出す。
シャルル
かみさまと呼ばれる男、ここにいるからには末裔ではなく『救世主』であるはずだ。
シャルル
「神様って、殺せるのでしょうか。」
アレクシア
「さあな。……この世界なら死ぬんじゃないのか」
アレクシア
「磔刑に処せられた神もいるようだし」
アレクシア
しかしながら声はやや硬い。
シャルル
先日の、礼拝堂での事を思い出す。
シャルル
「あの方が神様、と呼ぶのであればそれはもう神様なんでしょうけれど……」
シャルル
たとえそうでないとしても。
シャルル
「救世主である限りは、対抗できないことはない……筈でしょう。」
アレクシア
「……だと思うが」
アレクシア
「たとえ神様とやらが殺せなくとも、あちらに死んでもらえれば勝負としては終わりだ」
アレクシア
どう見ても身重の少女に目を向けて。
シャルル
「アレクシア。アナタはどう思いますか?」
シャルル
「そこに存在する神と呼ばれる男と、まだ産まれ出でぬ胎の中の胎児と。」
シャルル
「どちらの方が、殺しやすいか。」
アレクシア
「……胎児」
アレクシア
言いながら、かすかに不愉快をにじませる。
アレクシア
「……これはわたしたちの技量の問題だろうが」
アレクシア
「まあ、殺せるなら両方だ」
シャルル
「殺せますか?」
アレクシア
「どっちを」
シャルル
「胎児と母親を。」
シャルル
「たとえば」
シャルル
「仮に、裁判に勝ったとして……」
シャルル
「捧げるために、生きるために。」
シャルル
「無抵抗のそれらを、です。」
アレクシア
「……お前、わたしにどんな答えを期待してるんだ?」
アレクシア
ちら、とシャルルを横目に仰ぐ。
アレクシア
「わたしは好きこのんで何かを殺すほど落ちぶれてはいないつもりだが」
アレクシア
「殺すべき時にそれを見誤るほど愚かでもないつもりだ」
シャルル
「今から殺すんですよ。全員。」
アレクシア
「そうだな?」
シャルル
「私は殺せます。」
アレクシア
「……ああ」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
目は逸らさないが、答えはしない。
言葉の続きを待っている。
シャルル
「人殺しの覚悟などという物はですね……」
シャルル
「ないんですよ。」
アレクシア
目線だけで先を促す。
シャルル
「アナタは、迷っていい。悩んでいい。拒んでいい。泣いてもいい。」
シャルル
「だから、手を下すのは私でいい。」
シャルル
「できないことは、できないと言ってください。」
シャルル
「たとえ……」
シャルル
ちらりと庭を見下ろす。
妊婦の少女は刃物を振り回し、襲いかかっていた。
彼女も、まごうことなき救世主だ。
シャルル
「泣きながら命乞いをされても。」
シャルル
「私は殺せます。」
シャルル
「それは、アナタがとらなければならない『責任』ではありません。」
アレクシア
「……ずいぶん甘やかすな」
アレクシア
ふと、再び中庭に目を落とす。
アレクシア
「……いや」
アレクシア
「…………」
アレクシア
言葉を探すように黙ってしまう。
シャルル
にこりと笑いかける。
シャルル
「私も、アナタには良い『アレクシア』でいてほしい。」
アレクシア
「……お前とわたしの『良い』にはいくらか相違があるというのが、これまでにわかりきっていると思うが?」
シャルル
「そのままの意味ですよ。何と言いますか……」
シャルル
「そうですね。」
シャルル
「変わってほしくない……というか。」
アレクシア
「……変わってほしくない、ね……」
アレクシア
繰り返す。
アレクシア
「お前、甘ちゃんは好きじゃないと思っていたがね」
シャルル
「え?そんなことありませんよ。」
シャルル
意外そうに。
シャルル
「ああ、いえアナタがそうというわけではなく。」
シャルル
「なるほど、そうでしたか……」
シャルル
「ああ、でも……ええと。」
シャルル
「うーん…………」
シャルル
本当の事を言うのは、少しためらわれて。
シャルル
「まあ、そうですね。」
シャルル
「アナタが頑張ってくれるのは、とても嬉しいです。アナタ自身の為にも、私の為にも。」
アレクシア
「……煮えきらんな」
アレクシア
「何が言いたい」
シャルル
「…………。」
シャルル
既に庭に救世主の姿はなく、モニターには部屋の様子が映されている。
シャルル
ため息。
シャルル
「アナタが苦悩する様は、とても……」
シャルル
「ええと…………」
シャルル
「…………。」
シャルル
「あの、言ったら怒りません?」
アレクシア
「一発で勘弁してやる」
シャルル
「いえ、でもあの、あのですね。」
シャルル
「…………壊したく、ないので。」
シャルル
「これでも頑張ってるんですよ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
それは、まあ、知っている。
アレクシア
半年。お茶会も裁判も、いくつもあった。必ずしも、一月に一度で済むわけでもない。
アレクシア
互いの心のどこに疵があるか。
それは、言葉にできずとも、なんとなしには。
シャルル
「アレクシア。アナタは……綺麗すぎて。」
シャルル
「私が『始末』を申し出れば、気を遣わせたと思うでしょう。盾になって傷つけば、負担をかけたと思うでしょう?」
シャルル
「それは、ゆっくりならばいい。けれど……ここではそうもいかないでしょう。」
シャルル
近づく。
シャルル
機械のひざを折る。
シャルル
「重たくありませんか?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
いささか長い沈黙。
アレクシア
「……わからん」
アレクシア
「わたしは、わたし以外のものを背負う生き方を知っていたし、……むしろそうでない生き方がよくわからん」
アレクシア
「当然、背負うものの軽重はある……が」
アレクシア
「わたしがうまくやって生きていく者がいるのと、わたしがうまくやって死んでいく者がいるのと」
アレクシア
「何が違う」
シャルル
「経験、知識。過去、もしくは……心。」
シャルル
「先ほどの問い……胎児と母親でなく、大罪人ならどうでしたか?」
シャルル
「病に苦しむ者なら?」
シャルル
「私なら。」
シャルル
「アナタにとって命の重さは等しくないでしょう。でも、此処では……選べないんですよ。」
シャルル
「どんなに上手くやろうと思っても、全部踏みつけにするしかないんです。」
シャルル
「でも……アナタは、踏みつけた分だけ……それ以上。」
シャルル
「…………自分の手を見なさい。」
アレクシア
きり、と杖を握る。
何を言われているのかはわかる。
シャルル
「死にますよ。」
アレクシア
顔を歪めた。
白い手袋の上を、同じく手袋に包まれた指がぎりりと掻きかけて、留まる。
アレクシア
言葉を探す。
アレクシア
探しながら、指先が。
アレクシア
指先が、何かを押さえつけるように、杖をなぞる。
シャルル
そっと、肩に触れる。
シャルル
といっても、自分に殆ど感覚はない。
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
「私は、心配なんです。」
シャルル
「でも、それでいい。いいんです。」
シャルル
「あなたはそのままで。」
シャルル
「きっとそれが……一番。」
シャルル
「アナタを……死なせたくない。」
アレクシア
「……間違っていると思うか」
アレクシア
「わたしは」
アレクシア
「わたしは……どうせ、『エルレンマイヤー卿』をする」
アレクシア
「それは……」
アレクシア
言葉が一度かき消えて、
アレクシア
「わたしが」
アレクシア
「わたしである、在り方だ」
シャルル
「アナタを否定したりなど、するものですか。」
シャルル
「ただ……私はアナタの『従者』です。」
シャルル
「信頼してくださいとまでは言いませんが。」
シャルル
「もう少し、甘えてくれた方がうれしいじゃありませんか。」
アレクシア
ぎゅ、と杖を握る。擦れ合う手袋が音を立てる。
アレクシア
それから。
アレクシア
かつん、と。シャルルの二の腕あたり、まだ生身ではないところを軽く叩く。
アレクシア
「……お前な」
アレクシア
「わたしは、つい一週間前に、わたしを頼れと言ったろ」
アレクシア
「……逆も同じだぞ」
アレクシア
「信頼はしてる」
アレクシア
「わたしの信頼というのは」
アレクシア
「……まあ、」
アレクシア
「……嫌だな。お前に言ったら説教をされる気がする」
シャルル
「言ってくれないんですか?」
アレクシア
「……言ってほしいのか?」
シャルル
「…………。」
シャルル
「言いたくないなら構いませんよ。」
アレクシア
「わたしの信頼というのは」
アレクシア
構わない、と言われて、だからこそ笑う。
アレクシア
「お前になら裏切られても許すということだ、シャルル」
シャルル
「…………。」
シャルル
「ふふ…………。」
シャルル
膝を伸ばして、ぐっと腰をそらす。
シャルル
「コイン10枚。」
シャルル
「堕落の国(ここ)では、命に明確な価値がある。」
シャルル
「私のいた世界も似たようなものです。」
シャルル
「観客席の人間も、参加者も、メイドも、私も。」
シャルル
「『1』か『0』でしかない。」
シャルル
「でもね、アレクシア。だからこそ私は困惑しているんです。」
シャルル
「私はアナタに『1』と見てほしいのに。」
シャルル
「アナタは『1』では足りないんです。」
アレクシア
「……足りない?」
シャルル
「裏切ったりしませんよ。」
シャルル
「何に変えても、割に合いやしない。」
アレクシア
「おやおや……」
アレクシア
「ずいぶん買ってくれる」
シャルル
膝をつく。
シャルル
手を差し出して。
アレクシア
その手を見やり。
息をつく。
アレクシア
「……お前の勘定がどうだか知らんが」
アレクシア
「まあいい」
アレクシア
「信頼していると言った」
アレクシア
「わたしはそれを裏切らない」
アレクシア
手に触れる。
シャルル
手袋に包まれたそれを引き寄せて。
シャルル
忠誠のキス。
シャルル
それはいつか、死んだ誰かから聞いたもの。
シャルル
「…………。」
シャルル
「上手に使ってください。私は、異常者ですから。」
アレクシア
「馬鹿者」
アレクシア
「わたしに変わってほしくないのなら、使えとは言うな」
アレクシア
「頼れと言え」
アレクシア
「そうする」
シャルル
「うふふ。」

シャルル
鏡よ鏡。
シャルル
真実の鏡。
シャルル
それが言葉を持たないのならば。
シャルル
嘘も誠も己次第。
シャルル
異形のものから、画面は女王へと。
シャルル
「…………。」
シャルル
「美しさ、とは一体何なんでしょうね。」
アレクシア
「……お前から出るには珍しいタイプの問いだな」
シャルル
「彼女にとっては人を殺しても、手に入れたいものなのでしょう。」
シャルル
「私の感覚とはだいぶ、ずれています。」
アレクシア
「……そうだな……」
アレクシア
「わたしもだ」
アレクシア
軽く肩をすくめる。
シャルル
「私から見て、アレクシアは美しいと思いますよ。」
アレクシア
「……まあ」
アレクシア
「美しいかどうかはさておき、見苦しいのは困る」
アレクシア
「舐められる」
シャルル
「んふふ……」
シャルル
「舐められるのも悪くありませんよ。」
アレクシア
ちら、とモニターからシャルルへ視線を移し、
アレクシア
「良し悪しだな」
とだけ。
シャルル
「まあ…………。」
シャルル
「少なくとも、私は舐められて困ったことはありませんね。相手が油断するので。」
アレクシア
「戦場ではな……」
アレクシア
「交渉テーブルでは、呑んでかかったほうが話が早い」
アレクシア
「わたしのようなのは特にな」
シャルル
「ええ。ですから……」
シャルル
「アナタがここに。」
シャルル
画面を見ている。
シャルル
「一番美しく……」
シャルル
「…………美しさ。」
アレクシア
「一番美しい、というのは……」
アレクシア
「まあ、……美、……美か」
アレクシア
「正直、よくわからんな……わたしには」
シャルル
「私のいた場所では」
シャルル
「『価値』でしたね。」
アレクシア
「価値?」
シャルル
「高く売れるんですよ。それなりに顔がいいと。」
アレクシア
「ああ……」
やや微妙な顔をして、しかしわからないわけではない。
シャルル
「ちょっと顔を整えれば金額も上がる。だから、そういう仕事もありました。」
アレクシア
「なるほどな……」
はあ、と息をつく。
アレクシア
「わたしの世界で言えば」
アレクシア
「……いや。わたしの周辺で言えば、かな」
アレクシア
「美しさというのは、どちらかといえば、精確で無駄のない機構、あやまたず動く機械の図面」
アレクシア
「そういうものだな」
シャルル
「ふふ……その美しさは私もわかります。複雑に見えて単純な動作の組み合わせ。調整されたバネと撃鉄。」
アレクシア
「そしてそれが高く売れるのは……まあ、同じだな」
シャルル
「『価値』ですねぇ。」
シャルル
「…………商品はですね、左腕に値段を入れるんですよ。転売するときの基準にするんです。」
シャルル
「手首から、こう……最初の値段、線で消して次の値段。」
アレクシア
苦い顔。
シャルル
自分の機械の腕の、内側を見せて場所を刻む。
シャルル
「それは、商人たちが互いに大損しないように話し合わせて決められたルールらしいのですが…………。」
シャルル
「美しさ『価値』の基準を刻んで、それを落とすなんて。」
シャルル
「ばかばかしいですよね。」
アレクシア
「…………まあ、……人を売り買いするというのは」
アレクシア
「わかるが」
アレクシア
「……」
アレクシア
微妙な沈黙。
シャルル
「ふふふ……。」
シャルル
「結構高く売れたみたいですよ。」
シャルル
左腕を振る。
シャルル
「もうわからないんですけれど。」
アレクシア
「お前」
アレクシア
「……お前、」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「そうか」
シャルル
「今はどうですか?」
シャルル
「アナタにとって、私は……価値あるものですか?」
アレクシア
「聞くな馬鹿者」
アレクシア
「お前、いまさら自分に値付けをされたいのか」
シャルル
「んふふふ……。」
シャルル
「アナタのその顔が見たくて、つい意地悪を。」
アレクシア
「信頼していると言ったのでは足りないか」
ごく真面目な顔で問う。
シャルル
「…………申し訳ございません。」
シャルル
気をそらすように、画面を見る。
シャルル
価値を他人に委ねるから、そういう事になる。
シャルル
真実なんてない。
シャルル
「余計な事を話してしまいましたね。」
アレクシア
「詫びる必要はないが」
アレクシア
「お前は……わたしを『1』では足りないと言うくせに」
アレクシア
「どうして自分はそうでないと、……いや」
アレクシア
「許せ。わたしが聞くなと言ったんだったな」
アレクシア
「お前は」
アレクシア
「わたしにとって価値があるよ」
シャルル
「…………光栄です。」
シャルル
同じ。いつまでも同じ。
必要な者にならなければと身構える。
不要なものは。ゴミ箱いきだ。
シャルル
「名前でも書いておきます?」
シャルル
普段の調子で。
アレクシア
「…………」 少し、黙る。
アレクシア
シャルルは、アレクシアにとって価値がある。
そしてシャルルは、アレクシアを『1』では足りないと言う。
アレクシア
だがアレクシアは、アレクシア自身を、置き換えの利かないものだとは思わない。
同じ用を果たすのならば、それが価値だと、そう思う。
アレクシア
美しさも。機能も。
アレクシア
手元に置いて喜ばしいだとか。
使いやすく便利であるとか。
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「わたしはお前を、わたしの所有物だとは思わない」
アレクシア
「今後思うつもりもない」
アレクシア
「だから、そういうのは、なしだ」
シャルル
「あはは……」
シャルル
「冗談ですよ。」
アレクシア
「いいか」
アレクシア
「言っておくが」
アレクシア
「わたしは本気だからな」
アレクシア
「信頼している。価値があると思っている。そしてお前は、わたしに付属したものではない」
アレクシア
「それではだめか」
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………まあ、最初から。」
シャルル
「そういう、話でしたからね。」
アレクシア
「……今」
アレクシア
「わたしはお前を傷つけたか」
シャルル
「そう思います?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
ただ、じっと。シャルルを見ている。
測るようではない。
だが、逸らさずに。
シャルル
「私が傷つくと?」
アレクシア
「……人間は傷つく、シャルル」
シャルル
「私は、人間ですか?」
アレクシア
「当たり前だろう」
シャルル
「ふふ。」
アレクシア
「……どうして笑う」
シャルル
「……流石に。全身は出来ませんでしたからね。」
シャルル
「傷ついたりなんてしませんよ。」
シャルル
「自分か、それ以外か。」
シャルル
「きちんと分けておけば、大抵の事は気になりません。」
シャルル
「生死も含めてね。」
シャルル
きちんとわけておけば。
シャルル
わけておけば大丈夫。
アレクシア
「……」
アレクシア
分かたれるもの。
アレクシアは、いつだってその溝の手前で、立ち尽くしている。
シャルル
「あっ、でも傷つきましたって言っておけばよかったですね。」
シャルル
「あはは……。」
シャルル
咄嗟にそれがでてこなかったのは。
シャルル
つまりはそういう事であるのを。
シャルル
自覚しては、いるのだろうけれど。
アレクシア
「……シャルル」
アレクシア
「悪かった」
笑うシャルルに、小さく詫びる。
シャルル
「…………。」
シャルル
「気にしないでください。」
シャルル
「ふふ…………。」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「…………ん」
シャルル
その顔を見る。
シャルル
「今は、とびきり可愛い顔をしていますね。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
その言葉に。
シャルルという男の嗜好と、そして、かすかな、拒絶のようなものを嗅ぎ取る。
アレクシア
だから、アレクシアも。
アレクシア
ほんのわずか、傷つく。
シャルル
「…………。」
シャルル
にこりと、笑顔。
アレクシア
こちらは、笑うこともなく。
アレクシア
「……お前は」
アレクシア
「趣味が、悪い」
アレクシア
ただ、そう言って小さく目を伏せる。
シャルル
「おほめにあずかりまして。」
シャルル
部屋が暗くなる。
画面の向こうが、暗くなったので、少しだけ光が落ちたのだ。
シャルル
「…………ああいうのは、あまり好きではありませんが。」
アレクシア
伏せた視線がモニターに向く。
暗い中、赤い紐。
……かみさま、と呼ばれる何者か。
シャルル
「信仰は恐怖を奪います。」
アレクシア
祈り。
信じる。
アレクシア
一体何を。
シャルル
「もしくは……。」
シャルル
「恐怖から逃れるために、信仰するのかもしれませんが。」
アレクシア
「……本当に、逃れられると思うか」
アレクシア
「恐怖から。……何かから」
シャルル
「私の見てきた限りでは…………。」
シャルル
「真に信じる者は、そうでしたね。」
シャルル
「まがい物の祈りは、何も救いませんでしたが。」
アレクシア
息をつく。
アレクシア
「……では、わたしはきっとだめだな」
アレクシア
救われないだろう。おそらくは。
シャルル
「救われたいんですか?」
アレクシア
「いや……」
アレクシア
「わたしは」
アレクシア
「……わたしのできることをするしかない。そこに神のたすけは期待しない」
シャルル
「まがい物ですよ。神なんてみんな。」
シャルル
「私がアナタを神だ、神の使いだと言ってあることない事でっちあげ、触れ回り、信者がつけば。」
シャルル
「それは神だ。」
アレクシア
「……は」 かすかに、疲れたような笑い。
アレクシア
「わたしには紛い物でも向いていないな」
アレクシア
「神を名乗らせるには、わたしは俗すぎる」
シャルル
「日照りが続けば神の怒り。そこに雨が降れば神の祝福。そして、洪水が起きればまた神の怒り。」
シャルル
「理解の及ばないもの、あるいは大きな力を『神』と呼び。」
シャルル
「ある者は救いを求め、あるものは利用する。」
シャルル
「神になりますか?」
シャルル
「優勝したら、なれるかもしれませんよ。」
アレクシア
「言ったろ」
アレクシア
「人は、そこらの他人にだって祈るときは祈る」
アレクシア
「神になる必要なんて何もない」
アレクシア
……息を、つく。何度目か。
アレクシア
「わたしに、祈りのようなものを向ける者はいた」
アレクシア
「わたしの金策に、わたしの折衝に、生活がかかっているものがいた」
アレクシア
「だが……それは、人間の営みだ」
アレクシア
「わたしはそこに、組み込まれていたが」
アレクシア
「……それでも、ただの小娘でもあったよ」
アレクシア
「それでいいと思っていた」
アレクシア
つらつらと語る、それが求められた答えかはわからない。
アレクシア
ただ、何か、思い出すように。
アレクシア
「だから、わたしは、きっと……それ以上はいらない」
シャルル
「謙虚ですねぇ。」
シャルル
「つまり、アナタは……」
シャルル
「その方々のために帰りたい、と。」
アレクシア
「……帰ってやるべきだと思っているな」
シャルル
「…………どうしますか。」
シャルル
それは、心から。
シャルル
「そこに、他の誰かがいたら。もしくは、その場所が跡形もなく……消えていたら。アナタは。」
アレクシア
「跡形もなく消えていたら、それは、どうしようもないな」
アレクシア
「それは、わたしにはどうしようもない」
アレクシア
「わたし以外の誰かが、いたら……」
アレクシア
数秒、黙り。そしてほんのかすか、笑う。
アレクシア
「それは、良いことなんじゃないのか?」
アレクシア
「わたしの不在で、彼らは損なわれなかったということだ」
アレクシア
だが、その笑みの色は。
シャルル
「…………。」
シャルル
「『もう少し、自分のことの方を考えろ』。」
シャルル
「そうじゃないんですか。」
アレクシア
「……それでわたしが死ぬわけじゃなかろうよ」
アレクシア
「こことは違う」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「ああ」
シャルル
「過去は、消えません。」
シャルル
「今も、消えません。」
シャルル
「私に……下さった時間は……。」
シャルル
「ここに。」
アレクシア
――……いいや、おまえは”いちばん”ではない
――――神様にえらばれなかったのだから
アレクシア
モニターから漏れ聞こえる声が。
アレクシア
アレクシアに、響く。
アレクシア
そうだな。 わたしは、何か特別に、選ばれてはいない。
アレクシア
ただ、そこにいて。
アレクシア
そこで、求められた用を果たせる形をしていた。
アレクシア
「……お前がそう言ってくれるのは、嬉しいよ」
アレクシア
ただそれだけだ。
シャルル
過去は消えない。何をしても。
醜い記憶はアスファルトにこびりついたガムのように、踏みつけられるほど強く。
美しい記憶は壁に描かれた絵画のように、日が経つほど淡く。
されど――
それは、それは……
シャルル
それ以外の、平凡な記憶は。
シャルル
「帰ったら。」
シャルル
「忘れてくださいね。こんな世界のこと。」
シャルル
できないと、思いながら。
できないといいなぁ、と思いながら。
シャルル
「私は忘れませんけど。ええ。忘れてあげませんよ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
モニターを見ながら、答えはしない。
その横顔は、悲しんではいない。そのように見える。
アレクシア
ただ。
アレクシア
どことない諦めの色が、見えたかもしれない。
シャルル
「…………ああ。」
シャルル
モニターを見て、いい顔だったなぁ。と思う。
シャルル
口に出さないけれど。
シャルル
一番大切なものを傷つけられたときの顔。
シャルル
口元を手で覆う。
シャルル
今はあまり、見られたくなかった。
シャルル
アレクシアが傷ついたとき、同じ顔をしてしまいたくはないな。
そう思ったから。

シャルル
この戦いにおいて、重要視される『美しさ』。
シャルル
それは、確かな価値ではあるが。
シャルル
あの女王にとってはそれ以上の意味を持つ。
シャルル
大切なものの形は人によって違うもの。
シャルル
大切なものは、何だったか。
シャルル
「信仰ですね。」
シャルル
ふと、思いついたように。
アレクシア
「ん?」
シャルル
「美しさですよ。」
シャルル
「あれはもはや、執着というレベルではないと思うんです。」
アレクシア
「……それで、信仰か」
シャルル
「ええ。」
シャルル
「あの……少女にとって『神』が絶対であるように……彼女にとっては『美しさ』が。」
アレクシア
「それがあれば……救われる、か?」
シャルル
「さあ。捨てた方が……救われると思いますけどね。」
アレクシア
「執着でなく、信仰でなく」
アレクシア
「ならばそれは、妄執とでも言ったほうがいいと思うがね」
シャルル
「もうしゅう。」
アレクシア
「……取り憑かれている、というか」
シャルル
「なるほど。」
シャルル
「それは…………どんな気持ちなんでしょうね。」
アレクシア
画面の向こう。鏡と向き合う女王の姿。
アレクシア
「……どうだろうな」
アレクシア
何を決めつけることもできないが。
アレクシア
「取り憑かれている間は、それが苦しいとは思わないのかもしれん」
シャルル
「…………。」
シャルル
それは今、横並びになった16の意志のひとつ。
シャルル
「あまり、想像がつきませんね。」
シャルル
「これまで、そういう方と深くかかわったことがないからかもしれませんが……」
シャルル
殺した救世主の中には、いたかもしれないが。
アレクシア
「あの女王が取り憑かれているのが『美』だから、」
アレクシア
「だからわからんように見えるが」
アレクシア
「いるだろうよ。取り憑かれているやつは」
アレクシア
「誰よりも秀でたい、誰よりも稼ぎたい、誰よりも……」
アレクシア
「愛されたい、だとか」
アレクシア
珍しく、どこかつまらなそうに。
シャルル
「誰よりも、ね。」
シャルル
「それは……不毛ですね。」
シャルル
底のない欲望。
シャルル
「最終的に、自分でそう思うしかないわけですし。」
アレクシア
「そうだな」
アレクシア
「自分の心ひとつでしかない、結局は」
シャルル
「例えば……誰より愛されたいとして。」
シャルル
「他の誰かよりも上か下かというのは嘘をつかれればわからないわけですし。」
シャルル
「世界に二人きりになったとして、いなくなった人より上かなどわからないでしょうし。」
シャルル
「……はぁ、なるほど。」
シャルル
「それが、彼女の美しさ。」
アレクシア
「ああ。どうにもならないものだ」
アレクシア
「過去、どうであったか。これから先、どうであるか」
アレクシア
「何もわからない。永遠はない」
アレクシア
それから、
アレクシア
「……基本的には」
アレクシア
と付け足す。
シャルル
「美しさなんて、それこそ基準がありませんしねぇ。」
アレクシア
軽く頷く。
アレクシア
「わからない。だが、わからないからこそ」
アレクシア
「どうしようもないのかもしれん」
シャルル
「私は彼女よりアレクシアの方が美しいと思いますし。実際、私の世界では価値も高いですし。」
シャルル
「その、基準を支えているのが鏡……ですか。」
アレクシア
「真実、ね」
アレクシア
「真実か」
アレクシア
「それも、……まあ」
アレクシア
「似たようなものだと思うがね……」
シャルル
「『真実』なんてない。」
シャルル
「私はそう教わりましたね。」
アレクシア
「ふむ?」
シャルル
「事実は過去です。起こったことを真実としても後から歪めることはできますし、何の信ぴょう性もない。」
シャルル
「『真実』という判断基準があると『虚偽』が生まれ、それは悪意によって取り違われることもある。」
シャルル
「だから、そんなものに拘るのは時間の無駄だと。」
アレクシア
「……なるほどな」
シャルル
「気に入らなかったら壊せばいいし、気に入ったら受け入れればいい。」
アレクシア
「……実利的と言うか、ロマンがないと言うか」
アレクシア
「まあ、ロマンもクソもないか」
シャルル
「誰も何も、保証できませんからね。」
シャルル
「だから、価値は消えない様に刻むわけですし。」
シャルル
「誰も損はしたくないでしょう。」
アレクシア
「損、か」
アレクシア
「……そうだな、そうかもしらん」
アレクシア
小さく息をつく。
シャルル
「でも、まあ……そうですね。」
シャルル
「最後に私を買った人は…………。」
シャルル
「前値の5倍出してくださいましたよ。」
アレクシア
ぱちん、と瞬き。
アレクシア
「それは」
アレクシア
「かなりの自信家だな」
シャルル
「あはは。」
シャルル
「この眼鏡もいただいたものですし、本当に……どうしてでしょうね。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「私にそんな価値が、あるでしょうか。」
アレクシア
「お前な」
アレクシア
「わたしが「ない」と言ったら、そう思うのか」
シャルル
「あの場では、確かにあったんですよ。しかし……」
シャルル
「…………やはり。帰らなければ、なりませんね。」
シャルル
左手を見る。そこに値段はない。
アレクシア
「やはりも何も」
アレクシア
「お前は、その場所に自分の価値を見出しているんだろう」
アレクシア
「十倍の値がついたら、そこを去りたいと思うのか」
アレクシア
「違うだろ」
シャルル
「ええ。はい……大損させるわけにはいきませんからね。」
シャルル
「いや、そうじゃないな……」
シャルル
「…………。」
シャルル
誰も何も、保証できない。
シャルル
私はまだ、彼女にとって価値あるものであるのか。
シャルル
一時の気まぐれではなかったか。
シャルル
真実はそこにない。
シャルル
自分の欲しい価値は。
シャルル
どこに。
アレクシア
「シャルル」
アレクシア
「自分で信じるしかない」
アレクシア
「心から神を信じられない、わたしたちのような者は」
シャルル
彼女が未だ私を待っていると?
私の……帰りを歓迎してくれると?
シャルル
「そうですね。ええ。」
シャルル
「まあ……価値はなんとでも作れますしね。」
シャルル
「なるほど…………」
シャルル
「妄執、ちょっとわかった気がします。」
アレクシア
「……取り憑かれて」
アレクシア
「いつか……それは終わるんだろうか」
アレクシア
ぽつりとこぼす。
シャルル
「無理じゃないですかね。」
シャルル
「ああ、でも……」
シャルル
「他にもっと、執着するものができれば……変わるのかもしれませんね。」
アレクシア
「それは……」
アレクシア
「新しい妄執じゃないのか」
シャルル
「でも、前のは終わるでしょう?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
ふ、と息をつく。
アレクシア
「ままならないな」
シャルル
「ふふふ。」

シャルル
そうして、いくらかの時間のあと裁判は始まる。
シャルル
入場してきた神と娘、そして女王と鏡。
シャルル
流される血と、観客の悲鳴。
シャルル
「…………妄執ですねぇ。」
アレクシア
「どちらも、……かな」
アレクシア
身重の少女も、また、おそらくは。
信仰と、妄執の狭間。
シャルル
「どちらが勝つでしょうね。」
アレクシア
「……妄執の強いほう、かね」
シャルル
「疵の力とは、厄介なものですからね。」
シャルル
「しかし……あの、2人。」
シャルル
神と少女を見る。
シャルル
「繋がり、繋がりと口にする割には……」
シャルル
「息があっていないようですね」
アレクシア
「信仰と信頼は……違うものだと、わたしは、そう思うよ」
アレクシア
「信仰では、共には立てない」
アレクシア
「おそらくは」
シャルル
「んふふ……」
シャルル
「そうですねぇ」
シャルル
「でも、守ることは出来ますよ。」
シャルル
「そのための信仰でしょう。」
シャルル
「…………それも、足りなかったようですが。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
倒れた少女。
アレクシア
「……真に信じるものは、か……」
アレクシア
思い出すように呟く。
シャルル
「信仰を失った『神』ははたして……」
シャルル
「どう出ますかね。」
アレクシア
「…………」 薄く笑う『かみさま』を見遣る。
アレクシア
「……少なくとも、諦めはすまいよ」
アレクシア
「信仰を集めるのが神だとしたら」
アレクシア
「神は、何を信ずるものかな」
アレクシア
「己を信じているのか」
アレクシア
「何も」
アレクシア
「信じはしないのか」
シャルル
「…………。」
シャルル
「自分自身でないのなら。」
シャルル
「その『神』も信者なのでは?」
シャルル
「ああ。」
シャルル
「『信仰』ですかね。」
アレクシア
己に向けられるもの。 一心な祈り。
アレクシア
それに応える力があるのならば、力を振るってくれるのだろうか、神とやらは。
シャルル
「そうだとしたら、支えあいの関係であるのに。片方にのみ試練や、儀や贄を求めるなんてなんだか……」
シャルル
「少し、滑稽ですね。」
アレクシア
「……滑稽、か」
アレクシア
「だが、……心から祈る者は切実だ」
アレクシア
「いつだって」
シャルル
「美味しいでしょうね。『信仰』は。」
アレクシア
「それを美味いと思える強さがあるものが」
アレクシア
「神なんだろうよ」
シャルル
「ふふ……なるほど。」
アレクシア
「祈られるというのは、」
アレクシア
「……応えねばならないと思うのも、応えられないと思うのも」
アレクシア
「それに心揺らさずにいられる、というのはきっと難しい」
シャルル
「…………んふふ。」
シャルル
「やっぱり聖女様にしておいた方がよかったですか?」
アレクシア
「……勘弁してくれ」
シャルル
「あはは。」
シャルル
「誠なる『救世主』アレクシア様。」
アレクシア
「そういう悪ノリをやめろと、前にも言わなかったか?」
シャルル
「あははは。」
アレクシア
「お前のそういうところは、神経が図太くて羨ましいよ」
アレクシア
呆れたように。
シャルル
「お褒めにあずかりまして」
アレクシア
「わかってると思うが、褒めてはいない」
アレクシア
「かなり」
アレクシア
「本当に仕方のないやつだな、と思っているぞ、わたしは」
シャルル
「嫌いじゃないでしょう?」
アレクシア
溜息。
シャルル
「嫌いって言われたら泣いちゃいますが。」
アレクシア
「勝手に泣け」
シャルル
「あはははは。」
アレクシア
眼下に繰り広げられる攻防に、目を細めながら。
アレクシア
「お前な」
アレクシア
「わたしで遊ぶなよ」
シャルル
「可愛いですよ、アレクシア。」
アレクシア
「だから、そういうのを」
アレクシア
「やめろと言ってる」
シャルル
「んふふ。」
シャルル
「嘘はついていないんですけれどねぇ。本当に泣いた方がいいですか?」
シャルル
「3秒……いや、6秒ほどいただければ。」
シャルル
「泣きますが。」
アレクシア
「その宣言をしてから泣いたら」
アレクシア
「殴るからな」
シャルル
「それは、嘘つきになってもご遠慮願いたいですね。」
シャルル
「特に腹は。」
シャルル
「痛いの苦手なので。」
アレクシア
「……左様で……」
シャルル
「はい。弱点を公表したのでお許しくださいね。」
アレクシア
「何を今更」
シャルル
「…………。」
シャルル
「話しましたっけ。手足を切った理由を。」
アレクシア
「……いや」
シャルル
「痛いのがいやだったからですよ。」
アレクシア
「……………………」
シャルル
「んふふ。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
その笑みに、息をつく。 ひどく複雑な目をした。
シャルル
「足を撃たれたら痛みで走れなくなりますし、腕を撃たれたら痛みで銃を握れません。」
シャルル
「それは、死に繋がります。」
シャルル
「だから、痛みを感じないように……切ったんですよ。」
シャルル
手を握ったり開いたりする。
シャルル
「最初からこれなら、痛くないでしょう?」
アレクシア
「……、」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
言われていることは、わかる。理屈としては。
ただ、何かが。
アレクシアの中で、追いついてこない。
シャルル
「腹を撃たれてもまあ、動けと思えば勝手に動きますし。」
シャルル
「別に、なくて困る人もいませんしね。」
アレクシア
困る、とは。言えない。アレクシアには。
軽々にそう言っていい場所にはいない、と、そう思う。
だが、やはり。
自分の中に取り残される何かを感じる。
シャルル
「別に絶対死にたくないというわけではないのですが……ほら、死ぬと戦力が減少しますし。少しでも死ににくい方が……」
アレクシア
「シャルル」
アレクシア
遮る。
シャルル
「はい。」
アレクシア
「お前が何を考えて、望んで、何をしてもいい」
アレクシア
「わたしは、それに口出しはできない」
アレクシア
「だが」
アレクシア
「お前が、自分を、ただ数としてだけ数えるのは」
アレクシア
「わたしは嫌だ」
シャルル
「ん…………。」
シャルル
すこし、驚いたように。
アレクシア
「わたしは、お前に何かを強いない」
アレクシア
「少なくとも、強いたくないと思っている」
アレクシア
「それでも、わたしがそう思っているということは」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「変えられない、わたしの中で」
シャルル
「……アレクシア。」
シャルル
違う。あの人とは。
声も、顔も、髪も、性格も、話し方も、年も、笑い方も。
だけど……
シャルル
「…………すみません。いえ。」
シャルル
「ありがとうございます。」
シャルル
にこりと笑って。
アレクシア
「礼はいらない」
アレクシア
「わたしがそう思っているだけだ」
アレクシア
「お前はそれをどう思ってもいい」
アレクシア
「余計な世話だと思っても」
シャルル
「嬉しいですよ。今……ああ、腕があったらよかったなぁって思っているところです。」
シャルル
冷たい手では、優しく触れることは出来ない。
シャルル
体温を感じることもできない。
シャルル
――……此処にいたいなぁ、と思えるのは、同じだ。
アレクシア
「調子の良いことを」
微かに笑う。
シャルル
「ふふ、本心ですよ。」
シャルル
でも、アレクシアが、彼女が見ているのは。
シャルル
俺が、見せているのは。差し出しているのは。
シャルル
隠しているのは、繕っているのは、引かれるのは。
シャルル
「『神様』も粘りますね。」
シャルル
誤魔化すように。ぼそりと。
アレクシア
過去は消えず。今も消えず。
アレクシアが言葉にしたのは、ただその結果。
アレクシア
アレクシアはさしたる信仰を持たない。
だから、仕事を、行いを、その結果を重んじる。
アレクシア
そこで用を果たすこと。アレクシアにとっての『価値』。
アレクシア
「……負ける気のない顔だな」
アレクシア
己は取り替えが聞く。そう思っている。
シャルルにとっての自分が、そうであることを知っている。
アレクシア
それでも。
アレクシア
『私に下さった時間は、ここに。』
アレクシア
告げられた言葉を思い出す。
同じことだと思う。
シャルル
「此処に……至るまでは力があったんでしょう。」
シャルル
「それこそ、指先一つで人を殺せるような。……しかし、堕落の国ではそうはいきません。」
シャルル
「『世界』が違う。」
アレクシア
「……ああ」
シャルル
世界が違う。
生きてきた世界が。
今いる世界が。
シャルル
「それを理解しなければ……」
シャルル
何事もうまくやれない。
勝てない。
生き残れない。
シャルル
「まあ、余裕でもいられるんでしょう。この状況でも。」
シャルル
「その『心』が相手を翻弄するのもまた、ここならではでしょうが。」
アレクシア
「まあ、曲がりなりにも神と崇められるからには」
アレクシア
「揺れないんだろう……少なくとも、普通の人間よりは」
シャルル
アレクシアを見る。
シャルル
「…………。」
シャルル
彼女が倒れた時、自分はどうなるだろうか。
シャルル
戦えるだろうか。冷静に。
シャルル
「私たちも。頑張りませんとね。」
アレクシア
「何を当然のことを」
アレクシア
「死にに来たわけじゃないと言ったろう」
シャルル
「ええ。帰りましょうね。」
アレクシア
「そうだな」
シャルル
一時、お互いを支えるための『代替品』。
アレクシア
ここでも。あそこでも。
アレクシアではなくてもよかった。
アレクシア
だが、今、ここにいるのはアレクシアで。
アレクシア
それが、いつだって心に刺さる。
アレクシア
もっと上手くやらなくてはならない。
そうでなければ価値がない。
シャルル
誰でもいいわけじゃなかった。
だけど、彼女の代わりが必要だった。
だから、上手くやった。俺は上手くやった。
シャルル
「エルレンマイヤー卿。」
アレクシア
「なんだ」
シャルル
「んふふ。」
シャルル
「アナタが今、一緒でよかったですよ。」
アレクシア
「そうか」
アレクシア
「ならいい」
アレクシア
アレクシアは。
アレクシアでなくてもできるであろうことを、望まれるまま果たすだろう。
アレクシア
かつてもそうであったように。
アレクシア
アレクシアが特別選ばれたことはきっとない。
同じ形の歯車があれば、それで事足りる。
アレクシア
今。
今だけ。
アレクシア
今、だけだ。
シャルル
直に決着がつくだろう。
何のことはない。
『神』は絶対でないという事が、あるいはアレが皆の言うところの『神』でないという事が証明されるだけ。
シャルル
しかし、まあ……
シャルル
この状況を覆し、たちどころに二人を葬って見せたなら。
それは、ちょっとだけ『神』ってやつを信じてやっても良くなるかもしれない。
シャルル
まあ、祈ることないんですけどね。
シャルル
「…………しかし。」
シャルル
「あんまり余裕だと、こう……」
シャルル
「あまり……いまいち興が乗らないというか。」
アレクシア
「……興が乗るも乗らないも」
アレクシア
「お前な」
アレクシア
「それだけあの女王たちが手に負えない可能性が高いということだぞ」
アレクシア
わかってるだろ、と。
シャルル
「攻め方が難しいですね。」
シャルル
「やはり、魔法というのは苦手です。」
アレクシア
「苦手で済めばいいが……」
アレクシア
狂乱の女王。
そのさまが、疵の深さを思わせる。
シャルル
「…………ふふ。」
シャルル
「怖いんですか?」
アレクシア
「そう聞かれて怖いと答えると思うか」
シャルル
「泣いちゃってもいいですよ。」
アレクシア
深々と溜息。
アレクシア
決着がつく、そのさまを見ながら。
アレクシア
「泣かない。お前のように嘘泣きもしない」
シャルル
「……いい子ですね。」
シャルル
「じゃあ、撫でてあげましょうか?」
アレクシア
「いらん」
すっぱりと。
シャルル
「それは残念。」
シャルル
まあ、撫でられないんですけど。
アレクシア
「残念だなんて思ってないだろうが?」
シャルル
「そんなことありませんよ。」
シャルル
「アナタの髪は、綺麗ですし。」
シャルル
「ちょっとくらい引っかかってもいいかなって思いました。」
アレクシア
「………………」
シャルル
「あはは。」
アレクシア
「……笑うな」
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………嫌ですね、気絶はしたくない。」
シャルル
「アナタがもし、心ない仕打ちを受けたらと思うと。」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「それは」
アレクシア
「……まあ」
アレクシア
「…………………………」
アレクシア
「どうしようも、ないな」
アレクシア
倒れてなお、鉄の靴を受け続ける白い“かみさま”を見ながら。
シャルル
「私は嬲りがいないでしょうしねぇ……相手の方にもよりますが。まあそもそも負ける話はするなって話でもあるんですが。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「……」
シャルル
「…………美しいと、大変ですね。」
アレクシア
「『価値』が高ければ、周囲は揉める」
アレクシア
「……それだけだな」
シャルル
「ふふ……」
シャルル
「私の美しいアレクシア。紅茶は如何ですか?」
シャルル
「…………。」
シャルル
「見届けた、後にでも。」
シャルル
決着はついた。
シャルル
だが、まだ……終わってはいない。
シャルル
目をそらさせたくとも、そらすことは……叶わないだろう。
アレクシア
軽く目を閉じて。開き。
再び中庭を見下ろして。
シャルル
顔を。
シャルル
潰すのか。それもそうか。
シャルル
死体は死体だ。
シャルル
こんな場所じゃ、悼む者もない。
シャルル
「…………表裏一体。」
シャルル
「趣味が悪いですねぇ。」
アレクシア
「……ああ」
短い首肯。
シャルル
「やはり……魔法なんて、嫌いです。」
アレクシア
「……ああ」
アレクシア
「……………………ああ」
シャルル
「…………紅茶をいれましょう。」
シャルル
「さあ。」
シャルル
腰に触れる。
シャルル
促すように。
アレクシア
「……うん」
アレクシア
その手に従う。
静かに。