シャルル
ベッドの上。
外した右足の、接合部に入り込んだ砂粒を此方で用意された柔らかい毛のブラシで払い。
そろそろ次の試合が始まる頃合いだろうか。
モニターへ目を向ける。
シャルル
「……おや、これは……楽しい試合になりそうですね。」
シャルル
「どちらも腕に自信がありそうだ。」
アレクシア
「楽しいか?」
アレクシア
「まあ、お前はそうか」
シャルル
「それはまあ、そうですね。」
アレクシア
バルコニーで、こちらはモニターではなく直接中庭を見下ろしている。
シャルル
柔らかな布で金属を磨く。
此方に来てから、こんなにも上質な布を手に入れたことはない。
シャルル
「特に、そう……あの髪が二色の方がいいですね。」
シャルル
「人の顔をしています。」
アレクシア
「お前の言う『人』は、大概ろくでもないやつ、ということだろ」
シャルル
「人聞きが悪いですね。」
シャルル
すっかり手入れを終えると、己の接合部に右足を合わせてガチンとはめ込む。
赤く光っていた小さなライトが黄色に点滅し、やがて緑に。
シャルル
「気に入った、という意味ですよ?」
アレクシア
「おやおや……左様で」
アレクシア
「金髪がキレてるな。開催を決めたのがわたしたちだと知られたらどうなるかな」
シャルル
立ち上がり、動くことを確かめてからバルコニーへ。
後方から中庭を見下ろす。
シャルル
「そりゃあ……」
シャルル
「裁判じゃないですか?」
アレクシア
「どちらにせよ、それはそうさ」
アレクシア
「茶会のほうが問題だな」
アレクシア
「ああいう手合いは、合理をすっ飛ばしてくる」
シャルル
「言ってる間にも、ですね。」
シャルル
「まあでも、ああやって感情を制御できない方は……大抵。」
シャルル
「それだけの『疵』があるのでしょうし。」
シャルル
「それが裏目に出れば、勝ち上がることもないでしょう。」
シャルル
「…………おや。」
シャルル
にんまりと、唇の端が上がる。
アレクシア
「おやおや……」
シャルル
少し身を乗り出して。
シャルル
「怖いですねぇ。」
アレクシア
「声が笑ってるぞ」
シャルル
「それはまあ……」
シャルル
にこにこしている。
シャルル
「んふふ……」
アレクシア
「悪趣味」
アレクシア
「もう少し隠せ、せめて」
シャルル
「申し訳ありません。あまりにも……久々に。『いい顔』を見れたもので。」
シャルル
口元に右手をあてる。
アレクシア
「お前な……いや、いい」
アレクシア
「今に始まったことじゃない。今更、それを嫌だと思っちゃいない」
シャルル
「おや……おやおや。」
シャルル
「アレクシア、面白いことになりそうですよ。」
アレクシア
「これはなかなか」
シャルル
「楽しみになってまいりました。」
アレクシア
「わたしたちはそもそも、さほどコインも持ってきていないしな」
アレクシア
「身軽でないやつは大変だな」
シャルル
「集める気が合ったとして、あれだけ……集めるのは大変でしょうね。」
シャルル
「しかし、あの数を集めても……」
アレクシア
「救世主、というのは不毛だな……本当に、つまらん」
シャルル
「…………。」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「ん」
シャルル
「アナタの望みは…………帰りたい、ですよね。」
アレクシア
「わたしは……」
アレクシア
一瞬、かすかに目を細め、帰るべきで、と言いかけたのが見えただろうか。
アレクシア
「いや、帰りたいな。それで?」
シャルル
「確認したかったので。コインの枚数が同じという事は、皆必死でしょうから。」
シャルル
「向かってくる願いを全部、全力で、潰さないといけません。」
シャルル
「……アナタは、優しいので。」
シャルル
隣に顔を向ける。
アレクシア
「わかってるさ」
アレクシア
「わたしはヌルいと言いたいんだろ」
アレクシア
わずかに、眉を寄せる。
シャルル
「優しさは美徳ですよ。」
アレクシア
「弱みでもある」
アレクシア
「……自覚はあるぞ、さすがに」
シャルル
「ふふ……そう。そうですか。」
シャルル
「でも、私は……いいと思いますよ。」
シャルル
「……アナタらしくて。」
アレクシア
舌打ち。
シャルル
バルコニーに手を乗せて、腰を曲げる。
シャルル
「頑張りましょう。一緒に。」
アレクシア
「……頑張るさ」
アレクシア
「お前を死地に連れてきた」
アレクシア
「責任は取る。少なくとも、お前が死んでわたしが生きることはない」
シャルル
「あはは、そんなこと言わないでくださいよ。」
シャルル
「生きられるなら生きた方がいい。死んだ方が楽だとか、死ねば正義だとか、死で償うとか……」
シャルル
「ばかばかしいでしょう。ここには、私とアナタしかいないのに。」
アレクシア
「……馬鹿馬鹿しいか」
アレクシア
「……まあ、……お前はそう言うだろうなという気もするが」
シャルル
「…………。」
シャルル
「………………死んでほしく、ないので。」
アレクシア
目を瞬く。
アレクシア
「……は?」
シャルル
「……いえ。やめましょう。私が……死ななければいい話ですし。」
アレクシア
「お前……」
アレクシア
「お前な。普通に驚くだろうが」
アレクシア
「別に」
アレクシア
「命を賭けてまでわたしの従者でいる必要もないだろ、お前」
シャルル
「アナタだって私も後を追いますと言ったら、やめろと言うでしょう。」
アレクシア
「普通に嫌だな」
アレクシア
「……なんというか」
アレクシア
「引く」
シャルル
「泣いちゃいますよ。」
アレクシア
「笑ってるだろうが」
シャルル
「んふふふ。」
シャルル
歓声で送り出されるはずだった出場者は、動揺と、静けさの中去っていく。
シャルル
バルコニーから顔をのぞかせている他の救世主たち。
観客席から見下ろす参加者以外の者たち。
やがてそれらも、もぬけの殻となった中庭からモニターへと興味を移すだろう。
シャルル
誰もいなくなった中庭を見下ろす。
シャルル
「…………一蓮托生。」
シャルル
「私は……あんな無様な姿は晒しません。『エルレンマイヤー卿』の名を汚すことはできませんから。」
アレクシア
「……卿の称号なぞ、今となったらどうだっていいが」
アレクシア
「お前がそう言うのなら」
アレクシア
「……無様な主に成り下がらんようには努力しよう」
シャルル
「あはは……まったく、弱気じゃないですか。」
シャルル
向き直る。
シャルル
「優勝するのでしょう?」
アレクシア
「する」
シャルル
「なら、何も悩む必要はありませんでしたね。」
アレクシア
「馬鹿」
アレクシア
溜息。
アレクシア
「わたしは今更悩まない。言ったろ。責任は取る」
アレクシア
「16人集めて14人死ぬゲームを起動したのはわたしだ」
アレクシア
「迷っていられるか」
シャルル
目を閉じて。開いて。また中庭を見る。
シャルル
遠くを見る。
シャルル
「静かですね。堕落の国(ここ)は、静かすぎる。」
アレクシア
「だから、お前は帰りたいんだろ」
アレクシア
お前も、ではなく。
シャルル
後方の。室内のモニターからは少し遠いながらも救世主の、ヒトの声が聞こえてくる。
悪趣味だ、と思う。
シャルル
「帰りたいですねぇ。別に、こちらでの生活が不満というわけではないのですけれど。」
シャルル
かたかたん。と金属の指がバルコニーの手すりを奏でる。
シャルル
「ないのですけれど、ね。」
アレクシア
「……お前なんでついてきたんだ、本当に?」
アレクシア
小さく笑った。
アレクシア
「まあいいが」
アレクシア
「知らんやつと裁判を共闘するのは骨折りだ」
シャルル
「アナタを一人で行かせるような、薄情な従者になった覚えはありませんが?」
シャルル
「帰りたいというのも本当ですし。」
シャルル
「私にも、アナタを『身内』に引き込んだ責任はありますからね。」
アレクシア
「それこそ今更」
アレクシア
「乗ったのはわたしだ」
アレクシア
「それに、もう半年経つんだぞ。嫌なら抜けてる」
シャルル
バルコニーの手摺を撫でながら離れる。
そのままアレクシアの隣を抜けて室内へ。
モニターに視線を移す。
シャルル
たった半年。
堕落の国(ここ)に来てからどれくらいといったかな。年は幾つといったか。
『大事な事』以外を曖昧にするのは、あまり褒められたことではないとは思うのだが。
シャルル
「…………この試合、誰が死ぬと思います?」
シャルル
曖昧にしておいた方がいい事もあると、シャルルは知っている。
シャルル
顔はモニターを向けたまま、表情は見えない。
アレクシア
「さあな。どっちが残ってもいいように、見てはおくが……」
アレクシア
からっぽになった中庭を見下ろしたまま。
アレクシア
「賭ける気にはならんな」
シャルル
「さようですか。」
シャルル
モニターの画面が切り替わる。
先ほど話していた、髪が二色の救世主が映っている。
シャルル
「アナタの国では、人殺しは罪にならないのですか?」
アレクシア
「わりと重い罪だぞ」
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………アレクシア。」
アレクシア
中庭を見下ろしたまま、答えない。
シャルル
振り返る。
シャルル
曖昧にしてきたじゃないか。
シャルル
でも、そうだ。最後。最後だと、思った時。
シャルル
そこに隙間は生まれる。
シャルル
彼女は自分とは違う。
シャルル
だからこそ、話しておかなければならないこともある。
シャルル
「ヨハン。」
シャルル
足を踏み出す。
シャルル
近づいていく。
アレクシア
「………………」
シャルル
後ろに立つ。
長身の男の気配がある。
シャルル
「アナタは何も、悪くない。」
アレクシア
「……シャルル」
アレクシア
「いいんだ」
アレクシア
「わたしは甘いが」
アレクシア
「それと付き合っていく覚悟はある」
アレクシア
帽子に隠れ、背後からでは、横顔すらも見えぬ表情。
シャルル
「彼の横柄な態度を。悪名(うわさ)を。殺した人数を。それから……あの性格を見るに、堕落の国(ここ)に来る以前にも余罪は多くありそうですが……まあ、それはさておき。」
シャルル
「ありとあらゆる罪を並べ立て『だから、アナタは悪くない』と言ったところで。アナタの心が癒されることはないのでしょう。」
シャルル
「そう。私はその『強さ』を大変好ましく思っています。」
シャルル
「しかし……」
シャルル
アレクシアの身体を間にするよう、両手を手摺にかけて。
腰を曲げ、頭の高さを同じくらいまで、落として。
覗き込もうとはせず、正面を見たままに。
シャルル
「強くなくても、いいんですよ。先ほども言いましたが……アナタの優しさは美徳です。それはこの堕落の国において…………何より希少で、美しいものですから。」
アレクシア
金属の腕。冷たい肌――ですらない外装。
しかしそこに感じてしまう、なにがしかの赦しの色。
アレクシア
深く息を吸い、吐く。
アレクシア
「……だからといって、守ってくれとは言わんぞ」
アレクシア
「わたしは、お前の主人だ」
アレクシア
「強かろうが弱かろうが、それは、今この瞬間には変わらん」
アレクシア
ゆるやかに紡がれる言葉。強くも、弱くもない。 ごく普通の。
アレクシア
「……わたしは良い『アレクシア』でいたい」
アレクシア
ただそう言う。
シャルル
「はいはい。」
シャルル
あの人には言わない。
こんなことは言えない。
彼女は本当に強い人だから。
変な気の使い方をしようものなら、『気が違ったか?』とでも宣われよう。
シャルル
「いいんですよ。勝手に、守りますから。」
シャルル
守るなんて大それたことが、できっこない。
俺はあの人ほど強くない。
堕落の国(ここ)で得た力だって僅かだ、でも……
シャルル
館(ここ)でなら
シャルル
どの部屋の救世主も力は互角。
シャルル
「盾にでもなんでも、なりますからね。」
シャルル
それは物理的に、だけではなく。
アレクシア
「よく言う。お前、最初にわたしを引っ張り込んだときは、わりとわたしを盾にする気だっただろ」
アレクシア
茶化すように言って、帽子のつばを上げる。
アレクシア
「でも、今は、まあ……お前がそれでいいと言うなら」
アレクシア
「そうしてもいいさ、わたしのベルジール殿」
シャルル
姿勢を戻し肩を掴んで、アレクシアをこちら側に向き直らせる。
シャルル
顎を右手の人差し指で上げさせて、帽子の鍔が少し曲がるくらい顔を近づけ
シャルル
額に口づけた。
シャルル
親愛のキス。
アレクシア
「……おいおい」
アレクシア
「馬鹿」
アレクシア
「……馬鹿者」
シャルル
「親愛、ですが?」
アレクシア
「お前なあ……」
シャルル
「唇がよろしかったですか?」
アレクシア
「阿呆」
アレクシア
「今のわたしがいい女に見えるか?」
アレクシア
帽子を外して溜息をひとつ。
シャルル
「そうですね…………強がりで、意地っ張りで、一生懸命で。」
シャルル
「可愛い女(ひと)ですね。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「左様で……」
アレクシア
軽くシャルルの頭に帽子を被せる。
アレクシア
立ち上がる。
シャルル
「……アレクシア?」
アレクシア
「観戦だ。勝つ気なら見ておくに決まってる」
シャルル
帽子を両手で頭から下ろす。
シャルル
「はは……やはり『お茶会』も見た方がいいですよね。」
シャルル
もっとも、話している間にいろいろあったようだ。
シャルル
「先に、少しお休みになっては?」
シャルル
モニターの方から聞こえてくる鈍い打撃音が示唆する光景は、あまり見せたくない気がした。

シャルル
動きがない、というにはいささか激しい行為が行われていたようだが。
シャルル
落ち着いて暫く。
シャルル
軽食の皿とカップが置かれたテーブル。
シャルル
「『お茶会』でしょうか。」
アレクシア
「平和裏に行くかな」
アレクシア
「いや……平和というのも変だが」
シャルル
「開幕で一人死んでいますからね……。先ほどまで機嫌の悪かった方も落ち着かれたようですし。」
シャルル
「……失礼いたしました。食事中にする話ではありませんでしたね。」
アレクシア
「いい、気にするな」
アレクシア
「まあ、暴力は、頭に血が上ってるときには……有効だからな」
シャルル
「そうですねぇ……ふふ。」
シャルル
「冷静になる為にも、そうですね。」
アレクシア
目の前の男の沸点は見かけより低い。
カップを持ち上げて一口。
アレクシア
「味方を殴って落ち着いて、問題が出ないものかね」
シャルル
「……それは、殴られる方によるんじゃないですか?」
シャルル
「殴られて落ち着く場合もありますし。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
あれだけ殴られてもか。
言おうとして、やめ。
アレクシア
「……あれだけ六ペンスを持っていたからには、あそこはそれで問題が出ない、というだけか」
シャルル
「あれだけ続くと殴る方も結構痛いと思いますし……。」
シャルル
画面を見る。
シャルル
「彼が、バランスをとっているのかもしれませんね。」
アレクシア
「バランス、ね」
アレクシア
画面の向こうで整っていく茶会の様相。
文字通りの『お茶会』が始まる。
アレクシア
「……バランスか」
アレクシア
「片側だけで取るのは苦労すると思うが」
シャルル
「探り合いになるよりはいいと思いますよ。お互いに気を使うと、案外うまくいかないものです。」
シャルル
サンドイッチをつまんで口に運ぶ。
シャルル
「歪んだ皿を重ねるより、片方を中に入れた方が安定すると言いますし。」
アレクシア
「……ちなみにお前、わたしに気を遣ってるか?」
シャルル
「ふふ……どう思います?」
アレクシア
「……聞いたわたしが間違っているな」
アレクシア
「別にいい」
アレクシア
「無理をしてるのでなければ」
シャルル
「まあ…………使っていないといえば嘘になりますが。」
シャルル
「気にするほどではないと思いますよ。」
アレクシア
「…………そうか」
アレクシア
互いに。
普段からこれほど近く生活しているわけではない。
アレクシア
アレクシアが主人で、シャルルが従者。
アレクシア
だからといって、アレクシアはシャルルに多くを求めない。
少なくとも、そのつもりでいる。
シャルル
「むしろ、アレクシアこそ……」
シャルル
「もっと甘えてくださってもいいんですよ。」
アレクシア
「お前、どうしてそうわたしを甘やかしたがるんだ」
アレクシア
「理解に苦しむ」
シャルル
モニターから聞こえてくる声。
シャルル
「それはまあ、嬉しいですし。頼っていただけるのは」
シャルル
「身体を動かしていた方が落ち着くんですよね。」
アレクシア
「お前が最初にわたしに声をかけたあたりでは」
アレクシア
サラダをつつく。
アレクシア
「頼れ、なんて言われるとは思っていなかったな……」
シャルル
「あはは……それは……あー…………」
シャルル
「こんなに頑張り屋さんだとは思いませんでしたし。」
シャルル
「あの頃のアレクシアは、とても……なんというか、ええと……」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「わかってる」
アレクシア
「功利主義者のクソ女に見えただろ」
シャルル
「ふふ……強そうでしたからね。」
アレクシア
「そう見えていてくれないと困る」
アレクシア
「わたしのようなのが一人でやっていくのなら」
アレクシア
「舐められた時点で終わりだ」
シャルル
「……今は。こうして話して下さることが嬉しいですし。」
シャルル
「なんだかんだ、私も柔らかくなりましたよね。年ですかね。」
アレクシア
「お前は」
アレクシア
「……確かに丸くなったような気もするが」
アレクシア
「性格の悪さは変わってない」
シャルル
「あはは……性格なんてそうそう変わるもんじゃありませんよ。」
シャルル
「聖者みたいな私、気持ち悪くないですか?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「手を組みたくない」
シャルル
「おお、汝迷えるヒトよ。安らかなる眠りを望むか……?」
シャルル
話す間に、右手には引き抜いた銃。
銃口を自分のこめかみにあてている。
シャルル
「死は安らかなる眠りなり……なんてね。」
アレクシア
「馬鹿者」
アレクシア
「かなり気色が悪い」
シャルル
「あははははっ。」
シャルル
少しくだけた笑い。
シャルル
くるりと銃を回してホルスターへ。
シャルル
「いや、でも面白かったかもしれませんね……聖職者。」
アレクシア
「外面は良いからなお前」
シャルル
「『救世主』ですし。」
アレクシア
「この世界の救世主なんぞ、一山いくらだろうが……」
シャルル
「丸いところ光りますし。」
シャルル
袖をあげて関節部分を少し上げる。
シャルル
正常を示す緑色。
アレクシア
「それは重要か?」
シャルル
「んふふふ。」
シャルル
「使いようですよ。何でも。」
シャルル
「ほら……。」
シャルル
画面を示す。
シャルル
「言葉も、武器も、暴力も、身体も。」
シャルル
「好意や、敵意なんかの振る舞いも。」
シャルル
「それっぽければ、結構通用するものです。」
アレクシア
「……確かにな」
アレクシア
「…………」
アレクシア
茶会の様子を眺めつつ、ひとつ、息。
アレクシア
「少女でいるというのも」
アレクシア
「弱い、というのは……有効なときもある」
アレクシア
「場合によっては」
アレクシア
今はどうだか知らないが。
シャルル
「…………。」
シャルル
「私もほら。」
シャルル
「出会い頭に銃を撃ちそうには見えないでしょう?」
シャルル
「見えます?」
アレクシア
「……まあ、見えづらいな」
シャルル
「眼鏡も結構便利なんですよね。危険でもありますが。」
アレクシア
「お前がそうやって装ってるのは知っている」
アレクシア
「……それで、わたしたちが助けられているのも」
アレクシア
「知ってるさ」
シャルル
「ふふ…………。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
サラダをつついていたフォークを置く。
アレクシア
「わたしは、役に立ってるか」
シャルル
「もちろんですよ。」
シャルル
カップを手に取って、口元へ。
シャルル
「期待以上に。」
アレクシア
「わたしはどうも……苦手だからな」
アレクシア
「……いろいろと」
アレクシア
同じくカップを取り上げて。
シャルル
「いやぁ、本当に……立っててくださるだけでもよかったんですよ。本当は。」
シャルル
「それが……こんな。ふふふ。」
アレクシア
「お前な」
アレクシア
「……扱いやすいのがよかったなら、別に」
アレクシア
「早いうちに切ってもよかったんだぞ」
シャルル
「とんでもない。」
シャルル
「言いましたでしょう、期待以上だと。」
アレクシア
長く溜息をつき。
アレクシア
「……お前がわたしに何を期待しているのか、正直、よくわからない」
アレクシア
「わからないから、なんというか」
アレクシア
「褒められている気がしない」
シャルル
「…………旗。」
シャルル
「ですかねぇ。」
アレクシア
「なるほどな」
アレクシア
アレクシアは、ゆっくりと紅茶を啜る。
アレクシア
「そもそも向いていたかな、それは……」
シャルル
「向いていなければ、そう『する』予定でしたよ。」
アレクシア
「……あまり聞きたくないな」
シャルル
「でも、そうですね。アナタは旗というより……」
シャルル
「星とか……そういうものに感じますよ、今は。」
アレクシア
「大袈裟だ」
シャルル
「ご存じかわかりませんが、星ってずっと燃えているそうで。」
シャルル
「ただ光っているだけに見えるのに……光るためにとても、頑張っているらしいですよ。」
アレクシア
「……わたしがそう見えるのか」
アレクシア
微妙に。困ったような顔。
シャルル
にこり、微笑んで。
アレクシア
目を逸らす。
シャルル
「私の世界では、時間の目安にしたり、方角の確認に使用したり、合図に使ったりするんですよ。」
アレクシア
「……わたしのところでも、そうだな」
シャルル
「アレクシア。私のお星さま。」
シャルル
にこにこしている。
アレクシア
眉間を揉んだ。
シャルル
「…………ふふ。」
シャルル
「崇めましょうか?」
アレクシア
「やめろ」
アレクシア
「本当にやめろ」
シャルル
「夜空に輝く麗しき乙女。」
シャルル
「ふふふふ。」
アレクシア
テーブルの下で、硬い足につま先で蹴りを入れる。
シャルル
「あっははは。」
アレクシア
「笑うな」
アレクシア
「お前」
アレクシア
舌打ち。
シャルル
「すみ……すみません。……はぁ」
シャルル
「本心なんですけどねぇ。」
アレクシア
「息切れするほど笑っておいてそれが通ると思うか、お前」
シャルル
「真面目な顔で囁いた方がよかったですか?」
アレクシア
「最悪」
シャルル
「ふふふふふ。」
アレクシア
「お前、たまに……そういう……」
アレクシア
「なんなんだ」
シャルル
「アレクシア、アナタが……あまりに、純真なので。」
シャルル
「ふふふ……つい。」
シャルル
「困らせたくなってしまいまして。」
アレクシア
「純真……」
アレクシア
苦々しい顔でモニターを睨む。
シャルル
「仕返しに困らせてくれてもいいですよ?」
アレクシア
「…………嫌だ」
アレクシア
「お前、どうせ困らないだろう」
シャルル
「それはそれ、腕の見せ所というやつでしょう。」
アレクシア
「悪いが、嫌がらせの腕でお前に敵うとは思えんな」
シャルル
「おや、今のがそうだとばれてしまいましたか。」
アレクシア
深い溜息。
アレクシア
かなり深い。
シャルル
「そんな顔をなさらないでください。私のお星さま。」
アレクシア
「……わかったわかった、お前はさしずめわたしの夜空だよ」
シャルル
「うふふ。それは光栄です。」
アレクシア
「……本当に、まったく……」
アレクシア
あからさまにからかわれている。
いや、そもシャルルは結構な頻度でアレクシアで遊んでいる気がするが。
シャルル
カップの紅茶は空になっている。
立ち上がって、ポットを手に取り。
シャルル
「そうだ、アレクシア。アナタの金色の髪ですが……」
シャルル
「私、初めて見たんですよ。『本物』は。とても綺麗ですね。」
シャルル
湯を沸かしに行きながら。
アレクシア
「……そんなに珍しい色か?」
シャルル
「私のいた場所ではそうですね。内地に行けばいるんでしょうけれど……金は綺麗ですから。」
アレクシア
「内地」
アレクシア
「……人種的な問題か?」
シャルル
「ええ。たぶんこっちでも生まれはすると思うのですが……気に入られると、我々のような者でも内地に連れていかれるんですよ。」
シャルル
「内地というのは、ええと……そうですね。」
シャルル
「安全で、危険のない、進んだ文明ってやつですかね。」
アレクシア
安全で、危険のない、進んだ文明。
連れて行かれる。
言葉を裏返して、呑み込む。
アレクシア
「気に入られると、か」
シャルル
「そうですね。あるいは、気に入られそうだな、と思われると。私はそうではなかったわけですが。」
アレクシア
「安全で、危険のない、進んだ文明で」
アレクシア
「連れて行かれた者は、どうなる」
シャルル
「それはまあ……いろいろですよ。実際に見たわけではありませんが。小間使い、観賞用、夜伽……子供に買い与える方もいると聞きますし。」
アレクシア
要するに、と思う。
息をつく。
アレクシア
「……」 言葉を探す沈黙。
シャルル
お茶をいれてテーブルに戻る。
アレクシア
「……お前が」
アレクシア
「今、そこでなくて、ここにいて、少し安心していると言ったら、……」
アレクシア
「……わたしは、情がないと思うか?」
シャルル
モニターから聞こえてくる言葉。
ああ、そういうのもあるよな、と。
懐かしく思ったりして。
シャルル
「ふふ……」
シャルル
「とんでもない。」
シャルル
「7歳まで兵士の訓練を受け、地方の成り上がりに買われました。年が9を越えた頃別の店に売られ、そこから何度か転売を。」
シャルル
「……14の頃に、此処に来る前の主人に買われ。兵士になりました。」
アレクシア
ただ聞いている。
シャルル
「生活としては……そうですね。今の方が幸せなのかもしれません。」
アレクシア
シャルルの方は見ずに。
アレクシア
「幸せだから、ここにいたい、というわけでもないんだろう」
アレクシア
「辛く苦しい道を歩いていくことは」
アレクシア
「誇りにもなりうる」
シャルル
「最後に買ってくれた人は、私を『商品』ではなく『兵士』として扱ってくださいましたので。」
シャルル
「あの人に報いず、消えたままというのはどうにも。」
アレクシア
「うん」
アレクシア
「わたしに、それが……わかるとは、言えないが」
アレクシア
「わからないとも、言わない」
シャルル
「ふふ……余計な話でしたね。申し訳ありません。」
アレクシア
「いや」
アレクシア
「……お前が忘れてほしいと言うなら、忘れるが」
アレクシア
「そうでないなら、」
アレクシア
「……いいよ」
シャルル
「これは……まあ。私にとっては当たり前のことで気にすることではないのですが。」
シャルル
「アレクシアには、少々刺激が強かったかもしれませんね。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
真面目な顔を、している。
アレクシア
シャルルが帰りたいというのなら、アレクシアはそれを妨げないだろう。
アレクシアが何をどう思おうと、関係はない。
アレクシア
幸せ。苦痛。辛さ。
何もかも、他人には決められない。
アレクシアには。
シャルル
「ありがとう。」
アレクシア
「……何がだ?」
シャルル
「全部ですよ。」
アレクシア
「なんのことだかわからないが」
アレクシア
「別に……お前が礼を言う必要はないだろ」
シャルル
「ふふふ。」
シャルル
「ここに来て、世界が一つでないことを知って。」
シャルル
「何も感じなかったわけではありません。それを……」
シャルル
「アナタが、抱きしめてくれたような気がしたので。」
アレクシア
「……左様で」
アレクシア
ふと笑う。
アレクシア
「わたしは、まあ」
アレクシア
「そんなに大したことはしてない。できない」
アレクシア
「崩れていくものを救えたりはしないし、救われるやつは勝手に救われる」
アレクシア
「そういうものだ」
シャルル
「ひとかけらの果実は水を穢し、砂粒はただ底に沈むのみ。」
シャルル
「やはり変わりましたね、私も。悪い気分ではありませんが。」
シャルル
「世界って、たくさんあるんですね。こうして、普通は届かないところに……。」
アレクシア
「……そうだな」
アレクシア
そして、だから。見えなかったはずのものが見える。
自分がかつてどこにいて、どう生きていたのか。
離れて初めて、それが。
アレクシア
大切なものの大切さも、より、鮮明に。
シャルル
「…………。」
シャルル
「……アレクシア。」
アレクシア
「ん?」
シャルル
「……ご存じですか?太陽も、星のひとつらしいですよ。」
シャルル
「ふふ……お茶、たぶん冷めてしまいましたね。」
シャルル
「入れなおしてきます。」
アレクシア
「……太陽、ねえ……」
アレクシア
ここに来て。
シャルルが淹れる茶を飲みながら、ただ、自分の始めた儀式を見ている。
アレクシア
ともにいるのは最後だ。どういう結果にせよ。
アレクシア
「なあ、シャルル」
シャルル
「ん?」
アレクシア
「わたしはそんなに、遠くにはいないよ」
シャルル
手を止める。
アレクシア
「ここにいる」
シャルル
「…………。」
シャルル
ポットを、テーブルに置いて。
シャルル
少し、間があって。
シャルル
「…………ふふ。」
シャルル
やさしく、笑って。
シャルル
「あの…………抱きしめてもいいですか?」
シャルル
誤魔化すように。
アレクシア
その、常とは違う笑顔に目を瞬いて。
アレクシア
わずかに、首を傾げる。
シャルル
「そんな顔をされたら、冗談だと言いにくいじゃないですか。」
シャルル
アレクシアの後ろにまわると、一度椅子の背もたれに手をかけて。
シャルル
それから、後ろから、立ったまま。
腰を曲げるように椅子ごと抱きしめて。
シャルル
帽子の下の柔らかな金の髪に頬を触れさせた。
アレクシア
一瞬。驚いたように指先が跳ねた。
だが、拒否はしない。
自分を抱きしめる腕に触れる。
アレクシア
「お前」
アレクシア
「わたしを甘やかしたがるわりに、意外と甘えただな、……わりと」
シャルル
「んふふ……そりゃ私も男ですし。これでもね。」
シャルル
口では言いながらも、そうした雰囲気ではもちろんなく。
くすくすと笑って。
シャルル
からかう風に。
シャルル
「こうしたら、確かめられるじゃないですか。」
シャルル
ここにいることを。確かにいることを。
アレクシア
小さく笑う。
アレクシア
「本当に、仕方のないやつ」
シャルル
目を閉じる。
深く深く淀んだ海の中をさまよう。
まぜこぜの記憶。
真実と嘘。
優しい言葉と暴力と。打撃音。
苦悩と失望。光と暗闇。
愛と猟奇。
優しい幻肢痛と、まぎれもない、本物の髪の感触。
シャルル
「やっぱり……綺麗ですね。金の髪。」
アレクシア
「そうか」
アレクシア
「ありがとう」
シャルル
聞きなれた暴力の中に、光を感じていた。

シャルル
適度に時間が過ぎて、また暫く。
シャルル
外に出ることもなければ、室内でできる事にも限りはある。
もっとも、備えはあればあるほどいいわけで。
シャルル
広い作業用のテーブルを出してもらっている。
並んでいるのは各種様々な武器だ。
銃器、刃物、いくつかの爆発物。
そして当日用の手足。
シャルル
「相手が、使い方を知らない方だといいのですが。」
アレクシア
「……撃って初めて驚かれるのと、脅しが効くのはどっちがいいかね」
シャルル
「こっちは知っててほしいですが……」
シャルル
銃を示す。
シャルル
「こっちは知らない方がありがたいですね。」
シャルル
手製の爆弾だ。
シャルル
「まあ、大抵逆なんですけれど。」
アレクシア
「だろうな」
アレクシア
「銃はある程度細かい機構が組めないと作れんからな」
シャルル
「威嚇射撃もただじゃないですからねぇ。」
アレクシア
「弾薬費はな……」
シャルル
「コインが多ければ、私の力で無尽蔵に出せたりするんでしょうか……少し興味が出てきました。」
アレクシア
「今更だろうよ」
アレクシア
「まあ……そうできたらかなり便利ではあったろうが」
シャルル
「売るのもそうですが、装填しなくていい……とかだとだいぶ戦闘も楽になりますね。少し物足りないかもしれませんが。」
アレクシア
「物足りないかどうかは知らんが」
アレクシア
「弾薬は持ち運ぶにも限度があるしな」
シャルル
「相手に火をふかれたりすると大変ですしね。」
シャルル
「見た目ではよくかわからない方もいます。」
アレクシア
「まあな。お互い様と言えばそうだろうが」
アレクシア
アレクシアの視線はモニターを見ている。
アレクシア
「……杭、というのは、原始的だが」
アレクシア
「大概どこでも脅しが効く」
シャルル
「ふふ…………」
シャルル
モニターに目を向ける
シャルル
「それはでも、あの方の実力あってこそですよ。」
シャルル
「武器が改良されるのは、誰にでも使えるように。便利にするためでもありますから。」
アレクシア
「確かに、わたしにあれを扱えと言われても困るな……」
シャルル
「技量によっては、切れ味の悪いナイフの方が、鋭いナイフより効果的な事もある。」
シャルル
「いい趣味してますね。」
アレクシア
爪。胸元。耳。
見ている者にも痛みを想起させる嬲り方。
アレクシア
「……本当にな」
アレクシア
かすかに顔を顰めて。
シャルル
「私なら……」
シャルル
「もう少し『耳』を使いますが。」
シャルル
「物静かな方のようですね。」
シャルル
くすりと笑う。
アレクシア
「……」
アレクシア
指先がかすかに机を叩く。
無意識に。
シャルル
「……失礼。」
アレクシア
気づいたように、つかの間目を閉じてから。
アレクシア
「いや」
アレクシア
「悪い」
シャルル
「あまり、ええと……慣れていらっしゃらない、ですよね。」
アレクシア
無言。
シャルル
「あはは……」
アレクシア
「……悪い」
アレクシア
詫びる。 自分が甘いことはわかっている。
シャルル
「いえ、余計な事を言いました。」
シャルル
「まあ……私は、そうですね。こういう事も、ありましたし、しましたし。もし、万が一するときは……」
シャルル
「アナタの見えない場所でしますね。」
アレクシア
「……いや」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
そうしてくれ、とは言わない。
だが、大丈夫だとも言わない。
アレクシア
アレクシアは甘い。
おそらく、この場においては甘すぎる。
それを自覚はしている。
アレクシア
それを、どこか歯痒くも、思っている。
シャルル
「見えるところでしてもいいですよ?」
シャルル
くすくすと笑う。
アレクシア
「必要なら」
短く言う。
シャルル
「…………。」
シャルル
「アレクシア。無理はしなくていいですからね。」
シャルル
「無理をするのと、全力を出すのは違います。」
アレクシア
「…………」 ただ、黙っている。
シャルル
「…………。」
シャルル
「ああ…………。」
シャルル
画面を見ている。
シャルル
「そういう、方々なんですね。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「無理は」
アレクシア
「……無理ではないとは言わんが」
アレクシア
「するべきときにはするべきだと」
アレクシア
「……わたしは」
アレクシア
今更。
なんとなく、といったふうにこぼれていく言葉。
シャルル
「例えば。」
シャルル
「戦況を変えようと前に出てきた兵士の足を撃ち、助けに出てきた仲間を殺す。」
シャルル
「足を撃たれた兵士は、何をしても餌にしかなりません。」
シャルル
「例えば。」
シャルル
「人質に取られ、がむしゃらに逃れようとして。」
シャルル
「反動で放たれた弾が他の誰かを殺す。」
シャルル
「もちろん…………そうはならないかもしれない。うまくいくかもしれない。」
シャルル
「しかしこれが、『全力』と『無謀』のボーダーです。」
シャルル
「無理をする前に、考えましょう。それによって、どのようなメリットデメリットが発生するか。もしくは、回避案はあるのか。」
シャルル
「成功率をあげる手立てはないか……これが、全力です。」
アレクシア
長く深く息をつく。
アレクシア
「……わたしはたぶん、お前の言っていることがわかる」
アレクシア
「おそらく、勘定はできるが」
アレクシア
「………………」
アレクシア
途中で、言わずに閉じる。
シャルル
「無理をするなら全力で。」
シャルル
「そうでないなら、無理をする必要はない。」
シャルル
「……だから、余計な『無理』は必要ないんですよ。」
シャルル
「しかし……やはり、彼らに性行為は有効そうですね。」
シャルル
「他の方はどうかわかりませんが、有効な手段をとれるというのは強い。」
シャルル
「…………。」
シャルル
アレクシアを見る。
アレクシア
見返す。
シャルル
「私にはあまり有効でないと思いますので、ご心配なく。」
アレクシア
視線が瞼で切れる。
目を閉じて、帽子を深くかぶり直す。
意識して、呼吸を整えている様子。
シャルル
「……やはり。」
シャルル
「したこと、ないですよね。」
アレクシア
「……」
アレクシア
帽子のつばの下から、きり、と寄った眉。
シャルルを見る。
アレクシア
「……まあな」
シャルル
「消しましょうか?」
アレクシア
ますます眉間に皺が寄る。
視線がモニターへ移る。
シャルル
「ふふ……。」
アレクシア
「……笑うな。腹立たしい」
シャルル
「しておきます?」
アレクシア
「は?」
シャルル
「んふふ。」
アレクシア
「お前、……笑うなと言ってるだろ……」
苦々しい声。
シャルル
「すみません。ふふふ……」
シャルル
「今の顔、かわいらしかったですよ。」
アレクシア
「いい加減殴るぞ」
シャルル
「あははは。」
シャルル
「でもそうですね、私……この通りなので。するなら口ですることになりますけれど。」
シャルル
「よろしいですか?」
アレクシア
かなり引いた顔をする。
シャルル
「そんな顔しないでくださいよ。」
シャルル
「んふふふ。」
シャルル
とても楽しそうだ。
アレクシア
「お前」
アレクシア
「今、わたしは今までで一番お前に引いてる」
シャルル
「あっちよりですか?」
シャルル
画面を示す。
アレクシア
「……………………」 額を押さえてうつむいた。
シャルル
「あはは……」
シャルル
「でも、ほら。」
シャルル
「ちょっと、慣れました?」
アレクシア
「馬鹿者」
アレクシア
「…………………………」
アレクシア
「……」
アレクシア
憂鬱な溜息。
アレクシア
「……そんなに切り替えられるくらいなら困らん」
シャルル
「…………じゃあやっぱりちょっとして」
アレクシア
「お前、少し黙れ」
シャルル
「はーい。」
シャルル
いい返事だ。調子のいい返事。
アレクシア
「お前」
アレクシア
「……お前」
アレクシア
何事か言いかけて、溜息で遮る。
アレクシア
「……頭が痛くなってきた」
アレクシア
こめかみを押さえた。
シャルル
その手を。
シャルル
手首を。
シャルル
さっと握って、自分の方へ引く。
シャルル
もう片方の手を、アレクシアの顎に添えて上を向かせ。
シャルル
「…………。」
シャルル
じっと見つめる。
アレクシア
目を見開く。一瞬息を忘れた。
アレクシア
「……おい」
アレクシア
「なん、」
アレクシア
「……」
アレクシア
「……黙るな」
シャルル
「おやおや……黙れと言ったじゃないですか。」
シャルル
手首を握る力は、少し強い。
シャルル
傷つけるようにではないが、逃がさないように。
アレクシア
「……冗談が過ぎるぞ」
シャルル
「冗談じゃなかったらどうします?」
アレクシア
詰まる。
シャルル
顔を近づける。
冷たい指先が顎をなぞる。
アレクシア
ひやりとした感触。
掴まれた手を引こうとする。
シャルル
離さない。慣れている。
少し力を入れれば、僅かに痛むだろう。
アレクシア
「……離、せ」
シャルル
「嫌です。」
シャルル
笑顔だ。
シャルル
いつもと変わらない。
シャルル
指先で顎を掴む。
いつもより強引だ。
アレクシア
「お前っ、遊んでるだろ」
シャルル
口を塞ぐ。唇で。
眼鏡が、帽子の鍔が少し邪魔をする。
アレクシア
続けて文句を言おうとした。
遮られて硬直する。
シャルル
軽く口を開いて、唇を舐める。
それ以上をしようとして……
シャルル
考え直し、顔を放す。
アレクシア
一瞬。舌の感触に肩が跳ね。
アレクシア
「……し、」
アレクシア
「信じらんない」
アレクシア
「お前」
シャルル
手は離さない。
シャルル
顎に添えていた手を放して、ひとさし指を立て
シャルル
アレクシアの唇にあてる。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
黙る。
シャルル
「もしかして、キスも初めてでした?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「ば、」
アレクシア
「……」
アレクシア
掴まれていない方の指先が、卓上で無意識に震えている。
理由は定かでない。アレクシア自身にも。
シャルル
「…………。」
シャルル
「あー……ええと…………」
シャルル
少し目を閉じて。開いて。
シャルル
先ほどよりも、落ち着いた。
真面目な顔で。
シャルル
笑顔がないと、少し目つきが悪い。
シャルル
「…………からかっているわけじゃ、ありませんよ。」
アレクシア
「……からかっ、て、なかったら」
アレクシア
「いいと思ってる、のか、お前」
シャルル
「いいえ。これは……暴力です。」
シャルル
「私がアナタにしたことは、暴力。」
シャルル
「そこに、どんな気持ちがあろうと。どんな意図があろうと。相手がそう思えば、それは暴力なんです。」
シャルル
「…………いいわけがない。」
アレクシア
深く息を吸い込み。
細く、細く、ゆっくりと吐き出す。
アレクシア
「……お前な……」
アレクシア
「あのな」
アレクシア
「わたしは大概のことを許してやるつもりがあるが」
アレクシア
「…………どうしていいかわからんことを」
アレクシア
「するなよ……」
シャルル
「わからないんですか?」
アレクシア
「ひっぱたかれたいのか」
シャルル
「いいですよ。」
シャルル
「アナタが暴力だと思ったなら、暴力で返してくれていい。」
シャルル
「そう……それができる。」
シャルル
「でも、この手は放しません。」
アレクシア
「なん、」
アレクシア
「で」
シャルル
「聞いたら、答えると思う?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
目が逸らせずにいる。
シャルル
「嫌いだからじゃありません。」
シャルル
「からかってもいません。」
シャルル
「傷つけようと思っているわけでもない。」
アレクシア
ひとつずつ除外されていく。
何か、追い詰められるような心地がする。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
かすかに呻く。
シャルル
「苛立ってもないし。」
シャルル
「性欲からでもない。」
シャルル
「……最後だからでも、ない。」
アレクシア
「ならっ、……」
アレクシア
なら。なんだっていう。
わかっているような気がしたが、問わずにいられない。
シャルル
掴んでいた手を離す。
シャルル
「……言ってほしいんですか?」
アレクシア
ぴたりと止まり。手首を己に引き寄せる。
シャルル
余計な手は出さない。
ただ、その顔を見ている。じっと。
静かに。
アレクシア
「…………………………」
アレクシア
すう、と吸い込み。
それから、はあ、と吐く。
アレクシア
「……言わんでいい」
シャルル
「……そうですか。」
シャルル
にこりと、微笑む。
アレクシア
「……ほんっ……とうに……」
アレクシア
「お前は……」
アレクシア
お前は、なんだというのか。
続く言葉はない。
シャルル
「嫌いですか?」
アレクシア
「きらいだよ、馬鹿」
アレクシア
呆れのような声で。
シャルル
「私は…………。」
シャルル
「好きですよ。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「ばか」
シャルル
「困るとすぐそれだ。」
シャルル
「ふふふ。」
アレクシア
「お前が。困らせてるんだが?」
シャルル
「っはははは。」

シャルル
やがて、裁判の時が来る。
シャルル
傷ついたものと、傷つけられたもの。
シャルル
はた目から見れば、それは明らかにも見えるが。
シャルル
救世主の疵とは、目に見えないものだ。
シャルル
はたして、どちらが有利なのか。
シャルル
どちらが、勝ち進むか。
アレクシア
震える少女を見て、目を細める。
シャルル
「戦い慣れしているペアは明らかにむこうですね。しかし……あちらもなかなか度胸がある。」
アレクシア
「……もっと小心だと思ったがな」
シャルル
「死を前にすると、わりと何でもできるものですよ。」
シャルル
「特に、それが……大事な者の死ならば。」
シャルル
「いや……あの二人、昨日であったばかりですが……ふふ。」
シャルル
「彼女はいいカードを引いたかもしれません。」
アレクシア
「死んだ金髪よりは……そうかもな」
アレクシア
「あれと一緒で同じことが起きれば、まあ崩壊して終わりだろ」
シャルル
「もう、後がないはずです。」
シャルル
「自分の命は惜しいでしょう。」
アレクシア
「観客から引っ張り込まれた方も、……思いのほか、見えてきているらしい」
シャルル
「やはり、わからないですね……」
シャルル
「裁判というものは。」
アレクシア
「場数で勝ちきれるものでもない、というのはわかっているんだが」
アレクシア
「どうしてもな……」
シャルル
「毒か…………。」
シャルル
声のトーンが落ちる。
アレクシア
「……嫌だな。裁判中にはろくに対応できん」
シャルル
「うん……。」
シャルル
「しかし、直接殴りに来ない……そういう戦い方をしてきたんでしょうか。」
アレクシア
「杭のほうが前衛、……かもしらんが」
アレクシア
「近接ができなくはないだろう、たぶん?」
シャルル
「どちらも、近づきたくないですねぇ。」
アレクシア
「ん……」
シャルル
「しかし…………」
シャルル
「此処での戦いだからこそ。」
シャルル
「わからないんでしょうね……おそらく、外で出会っていたら勝負にもならない。」
アレクシア
「……殺し慣れてるだろうからな」
シャルル
「…………。」
シャルル
マキナを見ている。
シャルル
ぼろぼろだ。
シャルル
心が、切り裂かれている。
シャルル
壊れてしまっている。
アレクシア
とめどない涙。
引きつった頬。
アレクシア
翻弄されている、そのさまに。
シャルル
「強いですね。」
シャルル
「折られても、崩れない。」
アレクシア
「……ああ」
アレクシア
「彼が、いくらかなりと支えにもなっているようだ」
シャルル
「…………何があるか、わからないものですね。」
アレクシア
「そうだな……」
アレクシア
「変に先入観のない相手のほうが、疵を塞いでくれることもある」
シャルル
「…………。」
シャルル
「私は、アナタでなければ。嫌ですけれどね。」
アレクシア
「……」
アレクシア
「よく言う」
アレクシア
少し笑った。

シャルル
戦況は崩れない。
……と、思われたが。
シャルル
「…………動きそうですね。」
アレクシア
「だな」
シャルル
緊張。気が張り詰める。
アレクシア
「……客席からの彼か」
シャルル
「此処での戦闘は……経験だけでは勝てないという事。」
シャルル
それは、自分にも言える事。
シャルル
コインが多かった時と比べ、動きだけでない。戦闘中の思考力や、判断にまで影響が出ている。
シャルル
「個人が強いほど、連携が取れないのかもしれません。」
アレクシア
「……それに、あちらはかなり六ペンスを抱えていたからな。落差も激しかろうよ」
シャルル
「怖いですねぇ。」
アレクシア
「……だな」
アレクシア
「わたしはまあ、……元からほとんど素人だが」
シャルル
「随分と戦えていると思いますよ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
自己評価は低い。
シャルル。あるいは商会の誰かしらの援護がなければ、アレクシアは立ち回れない。
シャルル
シャルルにとって、この世界にやってくる救世主のほとんどは戦闘経験において『格下』だ。
それは、仲間たちも同じ。
だからこそ。これまでチームを編成しまとまっての行動、戦術、などを仲間たちに指導さえしてきた。
シャルル
だから、今回の『相手がわからない』『手練ればかり』という状況はイレギュラーだ。
シャルル
それでも
シャルル
「おや、私の援護では戦えませんか?」
アレクシア
「いや、それはない」
アレクシア
はっきりと言う。
アレクシア
「一緒に戦えないやつとこんなところには来ない」
シャルル
「そうでしょう?」
アレクシア
ひとつ、瞬き。
アレクシア
「……そうか」
やや、困ったような声。
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「なら、いいが」
シャルル
「んふふ。」
シャルル
「まあ……今回は私も本気を出しますよ。装備もそろえてきましたし。」
シャルル
「アナタは……前を見てくれればいい。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
炎の中に突っ込んでいく少女を見ながら。
アレクシア
「……よかろう」
アレクシア
「いまさら振り返ることもできんからな」
アレクシア
きりりと鋭い視線。
アレクシア
内心で自分を測る。
自分はどこまで前を向いていられるだろうか。
シャルル
「大丈夫ですよ。」
シャルル
「最後まで一緒ですから。」
アレクシア
短く、息。
アレクシア
「大丈夫か」
アレクシア
「心強い言葉だ」
アレクシア
かすかに笑う。
シャルル
火が消えてゆく。
この、近距離、反撃のタイミングで。
それは恐らく……戦闘不能。
シャルル
「…………倒れましたか。」
アレクシア
「……残ってるのが毒使いか」
アレクシア
「厳しいな」
シャルル
「ええ。これまでの動きを見ても。」
シャルル
「ここから逆転するのは厳しいでしょう。」
アレクシア
「……諦めはしないようだが」
アレクシア
「いや……まあ、当然か」
シャルル
「はい。」
シャルル
「負けだとおもったら、勝ち筋は見えなくなりますからね。」
アレクシア
頷く。
シャルル
話をすることは大事だ。
シャルル
これまで、必要なことは話してきたが
シャルル
こうして長い時間、自分自身の事を話す機会はなかった。
シャルル
それは、必要でもあり。
シャルル
必要なくなるからでもあった。
シャルル
「アレクシアは……。」
シャルル
どんな景色が好きですか?
どんな音が?
どんな人が?
どんな声が?
どんな。どんな。
シャルル
「どうして、帽子を?」
シャルル
いま必要ない話は、必要ない。
アレクシア
「……帽子?」
アレクシア
ふと、中庭のさまからはまるで遠いことを尋ねられて。
思わず、シャルルへ目を向ける。
シャルル
「随分と大事にされていますので。」
アレクシア
「ああ、まあ……」
アレクシア
「これ自体は大したものじゃないが」
アレクシア
「機械工の親父どもがね……装飾の部分を作ってくれて」
アレクシア
「いつだったかな……」
アレクシア
「年は忘れたが、わたしがまともに立ち回れるようになった頃だな」
アレクシア
歯車。それから、金属の翼。
アレクシアの世界で、一番必要なものと。
空を飛ぶ、その憧れ。
アレクシア
「服にブローチとしてつけるのにはでかくて」
アレクシア
「……だからかな」
アレクシア
「あの親父どもは、服飾品のサイズ感をわかってなかったものだから」
アレクシア
懐かしむような微笑。
シャルル
「ふふ。」
シャルル
「大事なものなんですね。」
シャルル
「お似合いですよ。とても。」
アレクシア
少しだけ声を立てて笑う。
アレクシア
「それだけは素直に受け取っておく」
シャルル
「機械工……ということは、手作業で?」
アレクシア
「基本的にはな」
アレクシア
「大型の機材を使うところも当然あるが」
アレクシア
「わたしがちまちまとやり取りしていたのは、そういう、町の親父どもだったな」
シャルル
「それは……」
シャルル
近づいてよく見る。
シャルル
「見事なものですね。」
シャルル
「手作業で、ここまで精巧に……」
シャルル
「歪んでも、間隔がおかしくもない。」
アレクシア
「そういう腕のやつらが潰れるのは惜しいだろ」
アレクシア
「だから、まあ、……まあ、わたしが何かしら、してやれていたのならいいんだが」
アレクシア
「……今はそうもいかなくなってしまったし」
シャルル
「なるほど……帰らなければならない、ですね。」
シャルル
「しかし、そんな有能な人材でも……生活に不安が?」
アレクシア
「まあな」
アレクシア
「そういうところに回ってくるのは一点物の作成が多くて……これはあの工房、あれはこちらの工房」
アレクシア
「だから安定しない」
シャルル
なるほど。
アレクシアの世界では、このレベルの技術者が少なくないのだろう。
シャルルの世界では設計者はいれど、加工や組立に人間の手は入らない。
シャルル
「それを、アレクシアが取り仕切っていたわけですね。」
シャルル
「ふふ、こちらの世界でうまくやれていたのも納得です。」
アレクシア
「……それなりに上手くやる、というのは」
アレクシア
「だいたいどこでも、誰でも、一度やり方がわかればさほど変わらないさ」
アレクシア
再び中庭に目を落とす。
アレクシア
だが、時にしくじる。
何によってかはわからない。それでも、しくじるときはある。
シャルル
「平常心。」
シャルル
「本来は、一番安定して戦える状態です。」
シャルル
「双方が平常心で戦えていれば、勝ちは彼らにもたらされたでしょう。」
シャルル
「しかし……心の力は。」
シャルル
「激情は、向こうの。彼らに力をもたらしたようですね。」
アレクシア
「……の、ようだな」
アレクシア
「上手く、というのは……上振れも避けるということだからな」
シャルル
「…………。」
シャルル
一人きりの狩人を見守る。
シャルル
かなえたい願いがあるんだろう。
シャルル
それは、生きたいという単純な欲求にかなうのか。
アレクシア
生きたい。
それは、『上手くやる』とはまったく違う望みだ。
シャルル
「痛いのは、嫌ですもんね。」
アレクシア
「……だろうな、普通は」
シャルル
「ずっと。痛い思いをすると、人は命乞いではなく……死を乞うようになるんですよ。」
シャルル
「早く楽になりたい。早く終わりにしてくれと。」
アレクシア
「…………わかる、気はする」
アレクシア
わかる、と言い切るのにはためらいがあった。
シャルル
「それは、もしかすると……。」
シャルル
「心の痛みも、同じなのかもしれませんね。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
壊れてしまえば、もう苦しくはない。
そうかもしれない。
アレクシア
時折。
何もかも壊してしまいたいと思う時が、アレクシアにもある。
己の手のひらを、わずかに思った。
シャルル
心を、抉るのは。
シャルル
最高に……心が躍る。
シャルル
人が苦しむさまは娯楽だ。
シャルル
恐怖。絶望。混乱。諦観。
シャルル
シャルルはそれを娯楽と呼ぶ。
シャルル
仲間が動かなくなったとき、びくりと跳ねる肩を。
シャルル
次は自分であると、感じた時の冷や汗を。
シャルル
怯え切った目を。
シャルル
だから……前線から退かない。
シャルル
酒と肉と女くらいしか娯楽がない場所で。
シャルル
それは何よりも贅沢な趣味であった。
シャルル
「んふふふ。」
シャルル
戦況が動けば、心も削れる。
シャルル
削れた心は、脆く、弱く。
シャルル
その本来の形を浮き上がらせる。
シャルル
「傷を治す手段があるのは、強みですね。」
アレクシア
「だな。お前の苦手な、魔法というんだろう」
アレクシア
「本当に、理屈のわからないものだ」
シャルル
「似たようなことは……いや。」
シャルル
「そうですね。デメリットもなしに、傷が癒えるなんて……反則じゃないですか?」
アレクシア
「お前も大概だと思うが」
シャルル
「おや、そうですか?銃は誰でも扱える武器ですよ。」
アレクシア
「普通この国で銃器は量産できないだろうが……」
シャルル
「ああ。」
シャルル
「それはまあ、そうですねぇ。できちゃうんですよね。」
アレクシア
「ただまあ、弾薬はある程度制限されるからな……」
アレクシア
携帯できる量であるとか。
シャルル
「そうなんですよねぇ。その場でなんか、銃も弾もぽーんって補充されればいいんですけど。」
シャルル
シャルルの疵の力は特殊だ。
『加工』という工程が必要になる。
それは、彼の武器に対するイメージによるものなのかもしれないし、『魔法のように』という概念がなかったかもしれない。
シャルル
あの炎のように、毒のように、癒しの力のように。
シャルル
その場で使えればどんなに楽か。
シャルル
「まあ……でも。」
シャルル
「このくらい制限がないと。」
シャルル
楽しくなくなっちゃいますからね。
シャルル
というのは飲み込んだ。
アレクシア
対して、アレクシアの心の疵は、堕落の国では比較的ポピュラーな顕れ方をする。
蒸気。熱と水。心に深く根ざしたもの。
それはアレクシアにとって魔法ではない。
技術と。そして日常。操るすべが、そしてその目的が、少し変わっただけ。
アレクシア
「……お前に無限の弾薬を持たせるのは」
アレクシア
「かなりやばいな」
アレクシア
「そういう気がする」
シャルル
「んふふふふ。」
シャルル
「でも、たぶん調子が狂うと思うんですよね。残弾の数を数えるの、癖になっているので。」
シャルル
「ああ、でも爆弾はいいですね。いくらあってもいいですし、持ち歩くリスクもない。」
シャルル
「でもやはり……」
シャルル
「急に出てこなくなったらと思うと、信用できないでしょうね。」
アレクシア
「確かに、それを信用しきれるかどうかというのはあるな」
アレクシア
「疵は……何がどう作用するかわからん」
シャルル
「やはり、信じられるのは銃だけですね。」
アレクシア
眼下で、狩人の一人がずたずたになっていく。
自らの毒に沈むようにもして。
アレクシア
あれも、きっと。
何か、疵があって。その痛みに、何かを信じている。
シャルル
「あの方に。『死んで』と言われるのは。」
シャルル
「どんな気持ちでしょうね。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
そこに、自分の身を置いて考えてみれば。
当然のように、思うところがある。
アレクシア
「……わからん」
アレクシア
だが、言葉にはしない。
シャルル
『人の顔をしています』
シャルル
最初に、そう言った。
シャルル
『特に、そう……あの髪が二色の方がいいですね。』
シャルル
やはり、間違っていなかった。
アレクシア
判決はまだ下らない。
だが、審判の時は宣告されている。
あの狩人は間に合わない。
シャルル
仲間を失った哀れな狩人は、絶望するだろうか。
この瞬間、何を考えているのだろうか。
アレクシア
「……終わりが見えてしまったとき」
アレクシア
「…………死を願わずにいられるかな」
アレクシア
誰が、とは言わずに。
シャルル
「…………。」
シャルル
「生きた、その先が。見えなくなったら。」
シャルル
「生きるも死ぬも、同じですからね。」
シャルル
「でも…………。」
シャルル
「死んだらそこで終わりですが。」
シャルル
「生きれば、その先にまた……何か見つかるかもしれませんし。」
アレクシア
「……お前はそれを、信じられるか?」
シャルル
「私ですか?」
シャルル
「私は、そうですね……」
シャルル
生きていても、死んでいても。
シャルル
その先になにがあっても、なくても
シャルル
「信じるも何も。死にたいと思ったことはありませんし、たぶんこれからもないと思いますよ。」
アレクシア
「そうか」
アレクシア
「ならいい」
アレクシア
中庭で、小柄な人影が毒とともに溶け落ちていく。
たとえこの場を生き延びても、おそらくは、もう、どうにもならない。
シャルル
アナタは?とは聞かない。
シャルル
ここで、どんな答えを聞いても。
シャルル
ダメな時はダメ。
彼女には死線の経験が少ない。
アレクシア
アレクシアも、自分がその答えを出せないことを知っている。
シャルル
だから、逆に。
シャルル
「アナタは。」
シャルル
「他人の死を、願う事はあると思いますか?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「願いたくはないな。できうるなら」
アレクシア
「だが」
アレクシア
「……わたしが起こした儀式は、……まあ、そういうことになるんだろう」
シャルル
「そうじゃありませんよ。逆転してはいけません。」
シャルル
「アナタは願いがあって。そのために、儀式が必要だった。」
シャルル
「必要ないならば、殺したいとは思わないのでしょう?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
言葉遊びのようにも思えた。
結果は何ひとつ変わらない。
アレクシア
「……思っては、いないな」
アレクシア
甘えかもしれないが。
シャルル
「必要な死です。」
シャルル
「でも……殺意なら。」
シャルル
「ここに。ありますからね。」
シャルル
自分の胸に機械の手をあてる。
アレクシア
審判が下りる。
アレクシア
敗者が決まり、勝者が決まる。
アレクシア
「わたしは」
アレクシア
「……お前に押し付けるつもりはないぞ」
シャルル
「では、褒美とでも思ってください。」
アレクシア
「何?」
シャルル
「殺すの、嫌いじゃないので。」
アレクシア
一瞬詰まり、それから息をついて。
アレクシア
「……お前は」
アレクシア
「そうだな」
シャルル
「ふふ。」
シャルル
そうして、広場を見下ろす。
シャルル
亡者化だ。何度か見ているが……こんなに異質なのは初めてかもしれない。
シャルル
「子供。」
シャルル
もう一人も、様子がおかしい。
アレクシア
じっと。 そのさまを見ている。
シャルル
「…………。」
シャルル
声がこだまする。
シャルル
ああ、あんなに。
シャルル
強く、激しい感情で、多くのコインを集めた人でも。
シャルル
殺した人間の数を、気にするのだな。
シャルル
「…………ないんでしょうか。」
アレクシア
「……何がだ?」
シャルル
「憐れまれ、愛され、同情される権利は。」
シャルル
別に、自分はそうして欲しいとは思わないのだけれど。
シャルル
あまりにも、哀れだと、そう思う。
シャルル
崩れてあふれ出した感情があんなにも、求めているというのに。
シャルル
『そんな最期を迎えて良い筈がない!』
シャルル
別に、いいと思いますけれど。
アレクシア
「……わたしは、……それを撥ねつける者を」
アレクシア
「それをいらないと言う者を」
アレクシア
「知っている」
アレクシア
「それは矜持かもしれんし、ただの意地かもしれんが」
アレクシア
「彼らがそう言うのと同じほど」
アレクシア
「わたしは、わたしの勝手で、彼らに手を伸べたかった」
アレクシア
「そういうものじゃないのか」
シャルル
「…………不器用、というんでしょうね。」
シャルル
違うかもしれないけれど、シャルルには他に言い方がない。
シャルル
「欲しいものがあって。」
シャルル
「それが、手に届くところにあって。」
シャルル
「それなのに。」
アレクシア
「誰かの望みを、他人が勝手にどうこうはできない」
アレクシア
「だから、ただ、互いに勝手に望む」
アレクシア
「それを受け入れるも拒否するも、自由で」
アレクシア
「……時には、そこに断絶がある」
アレクシア
「埋まらない時がある」
アレクシア
「………………」
シャルル
「おかしくなっちゃいましたねぇ。」
シャルル
少し、残念だ。
シャルル
「でも…………まだ、生きている。」
アレクシア
「……もう終わりだよ」
シャルル
「ええ。」
シャルル
「…………。」
アレクシア
一人が尽きる。かたちを失って。
シャルル
正しい選択だ。兵士としては。
シャルル
一人を生かすことができれば、一人でも多くの兵士を殺せる。
シャルル
2人死ぬよりは。
シャルル
しかし、ここは儀式の地。
シャルル
「…………なるほど。」
シャルル
「んっふふ。」
アレクシア
異形の泣き声がする。
アレクシア
赤子のように。
シャルル
「確かに……」
シャルル
「愛らしいとはいいがたいですね。」
アレクシア
黙ったまま。
それが、メイドの剣によって突き刺されていくのを見ている。
アレクシア
憐れむべきだろうか。
それを望まなかったものを。
シャルル
見届ける。その最後を。
シャルル
きっと彼等には、幸福があった。
シャルル
勝ち残った二人にも。
シャルル
だから。
シャルル
「天国、でしたっけ。」
シャルル
「死んだら行くところ。」
シャルル
「彼らがそうかはわかりませんが……」
シャルル
「どちらも、ここでは。」
シャルル
「行きつく先は、一緒ですね。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
憐れまずにいるべきだろうか。
そう思った。
アレクシア
けれどアレクシアは、そのさまを哀れに思う。
死んだもの。打ち捨てられたもの。
アレクシア
「終わったな」
シャルル
「ええ。」
シャルル
「お休みになりますか?」
アレクシア
「……そうだな」
アレクシア
言って、ふと帽子を外す。
アレクシア
「その前に」
アレクシア
「茶を淹れてくれ」
シャルル
「畏まりました、私のアレクシア。」
シャルル
「ああ。」
シャルル
「たまには、ミルクティーにしましょうか。」
アレクシア
「……頼む、わたしのベルジール殿」
シャルル
主を中に促してから、戸を閉める。
シャルル
しばらくすれば、あたたかなミルクティーがカップに注がれるだろう。
シャルル
よく眠れるように。