シャルル
ベッドの上。
外した右足の、接合部に入り込んだ砂粒を此方で用意された柔らかい毛のブラシで払い。
そろそろ次の試合が始まる頃合いだろうか。
モニターへ目を向ける。
シャルル
「……おや、これは……楽しい試合になりそうですね。」
アレクシア
バルコニーで、こちらはモニターではなく直接中庭を見下ろしている。
シャルル
柔らかな布で金属を磨く。
此方に来てから、こんなにも上質な布を手に入れたことはない。
シャルル
「特に、そう……あの髪が二色の方がいいですね。」
アレクシア
「お前の言う『人』は、大概ろくでもないやつ、ということだろ」
シャルル
すっかり手入れを終えると、己の接合部に右足を合わせてガチンとはめ込む。
赤く光っていた小さなライトが黄色に点滅し、やがて緑に。
アレクシア
「金髪がキレてるな。開催を決めたのがわたしたちだと知られたらどうなるかな」
シャルル
立ち上がり、動くことを確かめてからバルコニーへ。
後方から中庭を見下ろす。
アレクシア
「ああいう手合いは、合理をすっ飛ばしてくる」
シャルル
「まあでも、ああやって感情を制御できない方は……大抵。」
シャルル
「それだけの『疵』があるのでしょうし。」
シャルル
「それが裏目に出れば、勝ち上がることもないでしょう。」
シャルル
「申し訳ありません。あまりにも……久々に。『いい顔』を見れたもので。」
アレクシア
「今に始まったことじゃない。今更、それを嫌だと思っちゃいない」
シャルル
「アレクシア、面白いことになりそうですよ。」
アレクシア
「わたしたちはそもそも、さほどコインも持ってきていないしな」
シャルル
「集める気が合ったとして、あれだけ……集めるのは大変でしょうね。」
アレクシア
「救世主、というのは不毛だな……本当に、つまらん」
シャルル
「アナタの望みは…………帰りたい、ですよね。」
アレクシア
一瞬、かすかに目を細め、帰るべきで、と言いかけたのが見えただろうか。
シャルル
「確認したかったので。コインの枚数が同じという事は、皆必死でしょうから。」
シャルル
「向かってくる願いを全部、全力で、潰さないといけません。」
アレクシア
「責任は取る。少なくとも、お前が死んでわたしが生きることはない」
シャルル
「あはは、そんなこと言わないでくださいよ。」
シャルル
「生きられるなら生きた方がいい。死んだ方が楽だとか、死ねば正義だとか、死で償うとか……」
シャルル
「ばかばかしいでしょう。ここには、私とアナタしかいないのに。」
アレクシア
「……まあ、……お前はそう言うだろうなという気もするが」
シャルル
「………………死んでほしく、ないので。」
シャルル
「……いえ。やめましょう。私が……死ななければいい話ですし。」
アレクシア
「命を賭けてまでわたしの従者でいる必要もないだろ、お前」
シャルル
「アナタだって私も後を追いますと言ったら、やめろと言うでしょう。」
シャルル
歓声で送り出されるはずだった出場者は、動揺と、静けさの中去っていく。
シャルル
バルコニーから顔をのぞかせている他の救世主たち。
観客席から見下ろす参加者以外の者たち。
やがてそれらも、もぬけの殻となった中庭からモニターへと興味を移すだろう。
シャルル
「私は……あんな無様な姿は晒しません。『エルレンマイヤー卿』の名を汚すことはできませんから。」
アレクシア
「……卿の称号なぞ、今となったらどうだっていいが」
アレクシア
「……無様な主に成り下がらんようには努力しよう」
シャルル
「あはは……まったく、弱気じゃないですか。」
シャルル
「なら、何も悩む必要はありませんでしたね。」
アレクシア
「わたしは今更悩まない。言ったろ。責任は取る」
アレクシア
「16人集めて14人死ぬゲームを起動したのはわたしだ」
シャルル
「静かですね。堕落の国(ここ)は、静かすぎる。」
シャルル
後方の。室内のモニターからは少し遠いながらも救世主の、ヒトの声が聞こえてくる。
悪趣味だ、と思う。
シャルル
「帰りたいですねぇ。別に、こちらでの生活が不満というわけではないのですけれど。」
シャルル
かたかたん。と金属の指がバルコニーの手すりを奏でる。
アレクシア
「……お前なんでついてきたんだ、本当に?」
アレクシア
「知らんやつと裁判を共闘するのは骨折りだ」
シャルル
「アナタを一人で行かせるような、薄情な従者になった覚えはありませんが?」
シャルル
「私にも、アナタを『身内』に引き込んだ責任はありますからね。」
アレクシア
「それに、もう半年経つんだぞ。嫌なら抜けてる」
シャルル
バルコニーの手摺を撫でながら離れる。
そのままアレクシアの隣を抜けて室内へ。
モニターに視線を移す。
シャルル
たった半年。
堕落の国(ここ)に来てからどれくらいといったかな。年は幾つといったか。
『大事な事』以外を曖昧にするのは、あまり褒められたことではないとは思うのだが。
シャルル
「…………この試合、誰が死ぬと思います?」
シャルル
曖昧にしておいた方がいい事もあると、シャルルは知っている。
シャルル
顔はモニターを向けたまま、表情は見えない。
アレクシア
「さあな。どっちが残ってもいいように、見てはおくが……」
アレクシア
からっぽになった中庭を見下ろしたまま。
シャルル
モニターの画面が切り替わる。
先ほど話していた、髪が二色の救世主が映っている。
シャルル
「アナタの国では、人殺しは罪にならないのですか?」
シャルル
でも、そうだ。最後。最後だと、思った時。
シャルル
だからこそ、話しておかなければならないこともある。
アレクシア
帽子に隠れ、背後からでは、横顔すらも見えぬ表情。
シャルル
「彼の横柄な態度を。悪名(うわさ)を。殺した人数を。それから……あの性格を見るに、堕落の国(ここ)に来る以前にも余罪は多くありそうですが……まあ、それはさておき。」
シャルル
「ありとあらゆる罪を並べ立て『だから、アナタは悪くない』と言ったところで。アナタの心が癒されることはないのでしょう。」
シャルル
「そう。私はその『強さ』を大変好ましく思っています。」
シャルル
アレクシアの身体を間にするよう、両手を手摺にかけて。
腰を曲げ、頭の高さを同じくらいまで、落として。
覗き込もうとはせず、正面を見たままに。
シャルル
「強くなくても、いいんですよ。先ほども言いましたが……アナタの優しさは美徳です。それはこの堕落の国において…………何より希少で、美しいものですから。」
アレクシア
金属の腕。冷たい肌――ですらない外装。
しかしそこに感じてしまう、なにがしかの赦しの色。
アレクシア
「……だからといって、守ってくれとは言わんぞ」
アレクシア
「強かろうが弱かろうが、それは、今この瞬間には変わらん」
アレクシア
ゆるやかに紡がれる言葉。強くも、弱くもない。
ごく普通の。
アレクシア
「……わたしは良い『アレクシア』でいたい」
シャルル
あの人には言わない。
こんなことは言えない。
彼女は本当に強い人だから。
変な気の使い方をしようものなら、『気が違ったか?』とでも宣われよう。
シャルル
「いいんですよ。勝手に、守りますから。」
シャルル
守るなんて大それたことが、できっこない。
俺はあの人ほど強くない。
堕落の国(ここ)で得た力だって僅かだ、でも……
アレクシア
「よく言う。お前、最初にわたしを引っ張り込んだときは、わりとわたしを盾にする気だっただろ」
アレクシア
茶化すように言って、帽子のつばを上げる。
アレクシア
「でも、今は、まあ……お前がそれでいいと言うなら」
アレクシア
「そうしてもいいさ、わたしのベルジール殿」
シャルル
姿勢を戻し肩を掴んで、アレクシアをこちら側に向き直らせる。
シャルル
顎を右手の人差し指で上げさせて、帽子の鍔が少し曲がるくらい顔を近づけ
シャルル
「そうですね…………強がりで、意地っ張りで、一生懸命で。」
アレクシア
「観戦だ。勝つ気なら見ておくに決まってる」
シャルル
「はは……やはり『お茶会』も見た方がいいですよね。」
シャルル
もっとも、話している間にいろいろあったようだ。
シャルル
モニターの方から聞こえてくる鈍い打撃音が示唆する光景は、あまり見せたくない気がした。
シャルル
動きがない、というにはいささか激しい行為が行われていたようだが。
シャルル
「開幕で一人死んでいますからね……。先ほどまで機嫌の悪かった方も落ち着かれたようですし。」
シャルル
「……失礼いたしました。食事中にする話ではありませんでしたね。」
アレクシア
「まあ、暴力は、頭に血が上ってるときには……有効だからな」
アレクシア
目の前の男の沸点は見かけより低い。
カップを持ち上げて一口。
アレクシア
「味方を殴って落ち着いて、問題が出ないものかね」
シャルル
「……それは、殴られる方によるんじゃないですか?」
アレクシア
あれだけ殴られてもか。
言おうとして、やめ。
アレクシア
「……あれだけ六ペンスを持っていたからには、あそこはそれで問題が出ない、というだけか」
シャルル
「あれだけ続くと殴る方も結構痛いと思いますし……。」
シャルル
「彼が、バランスをとっているのかもしれませんね。」
アレクシア
画面の向こうで整っていく茶会の様相。
文字通りの『お茶会』が始まる。
アレクシア
「片側だけで取るのは苦労すると思うが」
シャルル
「探り合いになるよりはいいと思いますよ。お互いに気を使うと、案外うまくいかないものです。」
シャルル
「歪んだ皿を重ねるより、片方を中に入れた方が安定すると言いますし。」
アレクシア
「……ちなみにお前、わたしに気を遣ってるか?」
シャルル
「まあ…………使っていないといえば嘘になりますが。」
アレクシア
互いに。
普段からこれほど近く生活しているわけではない。
アレクシア
だからといって、アレクシアはシャルルに多くを求めない。
少なくとも、そのつもりでいる。
シャルル
「もっと甘えてくださってもいいんですよ。」
アレクシア
「お前、どうしてそうわたしを甘やかしたがるんだ」
シャルル
「それはまあ、嬉しいですし。頼っていただけるのは」
シャルル
「身体を動かしていた方が落ち着くんですよね。」
アレクシア
「お前が最初にわたしに声をかけたあたりでは」
アレクシア
「頼れ、なんて言われるとは思っていなかったな……」
シャルル
「こんなに頑張り屋さんだとは思いませんでしたし。」
シャルル
「あの頃のアレクシアは、とても……なんというか、ええと……」
アレクシア
「わたしのようなのが一人でやっていくのなら」
シャルル
「……今は。こうして話して下さることが嬉しいですし。」
シャルル
「なんだかんだ、私も柔らかくなりましたよね。年ですかね。」
アレクシア
「……確かに丸くなったような気もするが」
シャルル
「あはは……性格なんてそうそう変わるもんじゃありませんよ。」
シャルル
「聖者みたいな私、気持ち悪くないですか?」
シャルル
「おお、汝迷えるヒトよ。安らかなる眠りを望むか……?」
シャルル
話す間に、右手には引き抜いた銃。
銃口を自分のこめかみにあてている。
シャルル
「死は安らかなる眠りなり……なんてね。」
シャルル
「いや、でも面白かったかもしれませんね……聖職者。」
アレクシア
「この世界の救世主なんぞ、一山いくらだろうが……」
シャルル
「それっぽければ、結構通用するものです。」
アレクシア
「弱い、というのは……有効なときもある」
シャルル
「出会い頭に銃を撃ちそうには見えないでしょう?」
シャルル
「眼鏡も結構便利なんですよね。危険でもありますが。」
アレクシア
「お前がそうやって装ってるのは知っている」
アレクシア
「……それで、わたしたちが助けられているのも」
シャルル
「いやぁ、本当に……立っててくださるだけでもよかったんですよ。本当は。」
アレクシア
「……扱いやすいのがよかったなら、別に」
アレクシア
「……お前がわたしに何を期待しているのか、正直、よくわからない」
アレクシア
「そもそも向いていたかな、それは……」
シャルル
「向いていなければ、そう『する』予定でしたよ。」
シャルル
「でも、そうですね。アナタは旗というより……」
シャルル
「星とか……そういうものに感じますよ、今は。」
シャルル
「ご存じかわかりませんが、星ってずっと燃えているそうで。」
シャルル
「ただ光っているだけに見えるのに……光るためにとても、頑張っているらしいですよ。」
シャルル
「私の世界では、時間の目安にしたり、方角の確認に使用したり、合図に使ったりするんですよ。」
アレクシア
テーブルの下で、硬い足につま先で蹴りを入れる。
アレクシア
「息切れするほど笑っておいてそれが通ると思うか、お前」
シャルル
「真面目な顔で囁いた方がよかったですか?」
シャルル
「アレクシア、アナタが……あまりに、純真なので。」
シャルル
「仕返しに困らせてくれてもいいですよ?」
シャルル
「それはそれ、腕の見せ所というやつでしょう。」
アレクシア
「悪いが、嫌がらせの腕でお前に敵うとは思えんな」
シャルル
「おや、今のがそうだとばれてしまいましたか。」
シャルル
「そんな顔をなさらないでください。私のお星さま。」
アレクシア
「……わかったわかった、お前はさしずめわたしの夜空だよ」
アレクシア
あからさまにからかわれている。
いや、そもシャルルは結構な頻度でアレクシアで遊んでいる気がするが。
シャルル
カップの紅茶は空になっている。
立ち上がって、ポットを手に取り。
シャルル
「そうだ、アレクシア。アナタの金色の髪ですが……」
シャルル
「私、初めて見たんですよ。『本物』は。とても綺麗ですね。」
シャルル
「私のいた場所ではそうですね。内地に行けばいるんでしょうけれど……金は綺麗ですから。」
シャルル
「ええ。たぶんこっちでも生まれはすると思うのですが……気に入られると、我々のような者でも内地に連れていかれるんですよ。」
シャルル
「内地というのは、ええと……そうですね。」
シャルル
「安全で、危険のない、進んだ文明ってやつですかね。」
アレクシア
安全で、危険のない、進んだ文明。
連れて行かれる。
言葉を裏返して、呑み込む。
シャルル
「そうですね。あるいは、気に入られそうだな、と思われると。私はそうではなかったわけですが。」
シャルル
「それはまあ……いろいろですよ。実際に見たわけではありませんが。小間使い、観賞用、夜伽……子供に買い与える方もいると聞きますし。」
アレクシア
「今、そこでなくて、ここにいて、少し安心していると言ったら、……」
シャルル
モニターから聞こえてくる言葉。
ああ、そういうのもあるよな、と。
懐かしく思ったりして。
シャルル
「7歳まで兵士の訓練を受け、地方の成り上がりに買われました。年が9を越えた頃別の店に売られ、そこから何度か転売を。」
シャルル
「……14の頃に、此処に来る前の主人に買われ。兵士になりました。」
シャルル
「生活としては……そうですね。今の方が幸せなのかもしれません。」
アレクシア
「幸せだから、ここにいたい、というわけでもないんだろう」
シャルル
「最後に買ってくれた人は、私を『商品』ではなく『兵士』として扱ってくださいましたので。」
シャルル
「あの人に報いず、消えたままというのはどうにも。」
アレクシア
「わたしに、それが……わかるとは、言えないが」
シャルル
「ふふ……余計な話でしたね。申し訳ありません。」
アレクシア
「……お前が忘れてほしいと言うなら、忘れるが」
シャルル
「これは……まあ。私にとっては当たり前のことで気にすることではないのですが。」
シャルル
「アレクシアには、少々刺激が強かったかもしれませんね。」
アレクシア
シャルルが帰りたいというのなら、アレクシアはそれを妨げないだろう。
アレクシアが何をどう思おうと、関係はない。
アレクシア
幸せ。苦痛。辛さ。
何もかも、他人には決められない。
アレクシアには。
アレクシア
「別に……お前が礼を言う必要はないだろ」
シャルル
「ここに来て、世界が一つでないことを知って。」
シャルル
「何も感じなかったわけではありません。それを……」
シャルル
「アナタが、抱きしめてくれたような気がしたので。」
アレクシア
「そんなに大したことはしてない。できない」
アレクシア
「崩れていくものを救えたりはしないし、救われるやつは勝手に救われる」
シャルル
「ひとかけらの果実は水を穢し、砂粒はただ底に沈むのみ。」
シャルル
「やはり変わりましたね、私も。悪い気分ではありませんが。」
シャルル
「世界って、たくさんあるんですね。こうして、普通は届かないところに……。」
アレクシア
そして、だから。見えなかったはずのものが見える。
自分がかつてどこにいて、どう生きていたのか。
離れて初めて、それが。
シャルル
「……ご存じですか?太陽も、星のひとつらしいですよ。」
シャルル
「ふふ……お茶、たぶん冷めてしまいましたね。」
アレクシア
ここに来て。
シャルルが淹れる茶を飲みながら、ただ、自分の始めた儀式を見ている。
アレクシア
ともにいるのは最後だ。どういう結果にせよ。
アレクシア
「わたしはそんなに、遠くにはいないよ」
シャルル
「あの…………抱きしめてもいいですか?」
シャルル
「そんな顔をされたら、冗談だと言いにくいじゃないですか。」
シャルル
アレクシアの後ろにまわると、一度椅子の背もたれに手をかけて。
シャルル
それから、後ろから、立ったまま。
腰を曲げるように椅子ごと抱きしめて。
シャルル
帽子の下の柔らかな金の髪に頬を触れさせた。
アレクシア
一瞬。驚いたように指先が跳ねた。
だが、拒否はしない。
自分を抱きしめる腕に触れる。
アレクシア
「わたしを甘やかしたがるわりに、意外と甘えただな、……わりと」
シャルル
「んふふ……そりゃ私も男ですし。これでもね。」
シャルル
口では言いながらも、そうした雰囲気ではもちろんなく。
くすくすと笑って。
シャルル
「こうしたら、確かめられるじゃないですか。」
シャルル
目を閉じる。
深く深く淀んだ海の中をさまよう。
まぜこぜの記憶。
真実と嘘。
優しい言葉と暴力と。打撃音。
苦悩と失望。光と暗闇。
愛と猟奇。
優しい幻肢痛と、まぎれもない、本物の髪の感触。
シャルル
外に出ることもなければ、室内でできる事にも限りはある。
もっとも、備えはあればあるほどいいわけで。
シャルル
広い作業用のテーブルを出してもらっている。
並んでいるのは各種様々な武器だ。
銃器、刃物、いくつかの爆発物。
そして当日用の手足。
シャルル
「相手が、使い方を知らない方だといいのですが。」
アレクシア
「……撃って初めて驚かれるのと、脅しが効くのはどっちがいいかね」
シャルル
「こっちは知らない方がありがたいですね。」
アレクシア
「銃はある程度細かい機構が組めないと作れんからな」
シャルル
「威嚇射撃もただじゃないですからねぇ。」
シャルル
「コインが多ければ、私の力で無尽蔵に出せたりするんでしょうか……少し興味が出てきました。」
アレクシア
「まあ……そうできたらかなり便利ではあったろうが」
シャルル
「売るのもそうですが、装填しなくていい……とかだとだいぶ戦闘も楽になりますね。少し物足りないかもしれませんが。」
シャルル
「相手に火をふかれたりすると大変ですしね。」
シャルル
「見た目ではよくかわからない方もいます。」
アレクシア
「まあな。お互い様と言えばそうだろうが」
アレクシア
アレクシアの視線はモニターを見ている。
シャルル
「それはでも、あの方の実力あってこそですよ。」
シャルル
「武器が改良されるのは、誰にでも使えるように。便利にするためでもありますから。」
アレクシア
「確かに、わたしにあれを扱えと言われても困るな……」
シャルル
「技量によっては、切れ味の悪いナイフの方が、鋭いナイフより効果的な事もある。」
アレクシア
爪。胸元。耳。
見ている者にも痛みを想起させる嬲り方。
アレクシア
気づいたように、つかの間目を閉じてから。
シャルル
「あまり、ええと……慣れていらっしゃらない、ですよね。」
アレクシア
詫びる。
自分が甘いことはわかっている。
シャルル
「まあ……私は、そうですね。こういう事も、ありましたし、しましたし。もし、万が一するときは……」
アレクシア
そうしてくれ、とは言わない。
だが、大丈夫だとも言わない。
アレクシア
アレクシアは甘い。
おそらく、この場においては甘すぎる。
それを自覚はしている。
シャルル
「アレクシア。無理はしなくていいですからね。」
シャルル
「無理をするのと、全力を出すのは違います。」
アレクシア
今更。
なんとなく、といったふうにこぼれていく言葉。
シャルル
「戦況を変えようと前に出てきた兵士の足を撃ち、助けに出てきた仲間を殺す。」
シャルル
「足を撃たれた兵士は、何をしても餌にしかなりません。」
シャルル
「人質に取られ、がむしゃらに逃れようとして。」
シャルル
「もちろん…………そうはならないかもしれない。うまくいくかもしれない。」
シャルル
「しかしこれが、『全力』と『無謀』のボーダーです。」
シャルル
「無理をする前に、考えましょう。それによって、どのようなメリットデメリットが発生するか。もしくは、回避案はあるのか。」
シャルル
「成功率をあげる手立てはないか……これが、全力です。」
アレクシア
「……わたしはたぶん、お前の言っていることがわかる」
シャルル
「そうでないなら、無理をする必要はない。」
シャルル
「……だから、余計な『無理』は必要ないんですよ。」
シャルル
「しかし……やはり、彼らに性行為は有効そうですね。」
シャルル
「他の方はどうかわかりませんが、有効な手段をとれるというのは強い。」
シャルル
「私にはあまり有効でないと思いますので、ご心配なく。」
アレクシア
視線が瞼で切れる。
目を閉じて、帽子を深くかぶり直す。
意識して、呼吸を整えている様子。
アレクシア
帽子のつばの下から、きり、と寄った眉。
シャルルを見る。
アレクシア
ますます眉間に皺が寄る。
視線がモニターへ移る。
アレクシア
「お前、……笑うなと言ってるだろ……」
苦々しい声。
シャルル
「でもそうですね、私……この通りなので。するなら口ですることになりますけれど。」
アレクシア
「今、わたしは今までで一番お前に引いてる」
アレクシア
「……………………」
額を押さえてうつむいた。
アレクシア
「……そんなに切り替えられるくらいなら困らん」
シャルル
もう片方の手を、アレクシアの顎に添えて上を向かせ。
シャルル
「おやおや……黙れと言ったじゃないですか。」
シャルル
傷つけるようにではないが、逃がさないように。
シャルル
顔を近づける。
冷たい指先が顎をなぞる。
アレクシア
ひやりとした感触。
掴まれた手を引こうとする。
シャルル
離さない。慣れている。
少し力を入れれば、僅かに痛むだろう。
シャルル
口を塞ぐ。唇で。
眼鏡が、帽子の鍔が少し邪魔をする。
アレクシア
続けて文句を言おうとした。
遮られて硬直する。
シャルル
軽く口を開いて、唇を舐める。
それ以上をしようとして……
シャルル
顎に添えていた手を放して、ひとさし指を立て
アレクシア
掴まれていない方の指先が、卓上で無意識に震えている。
理由は定かでない。アレクシア自身にも。
シャルル
先ほどよりも、落ち着いた。
真面目な顔で。
シャルル
「…………からかっているわけじゃ、ありませんよ。」
シャルル
「そこに、どんな気持ちがあろうと。どんな意図があろうと。相手がそう思えば、それは暴力なんです。」
アレクシア
深く息を吸い込み。
細く、細く、ゆっくりと吐き出す。
アレクシア
「わたしは大概のことを許してやるつもりがあるが」
アレクシア
「…………どうしていいかわからんことを」
シャルル
「アナタが暴力だと思ったなら、暴力で返してくれていい。」
シャルル
「傷つけようと思っているわけでもない。」
アレクシア
ひとつずつ除外されていく。
何か、追い詰められるような心地がする。
アレクシア
なら。なんだっていう。
わかっているような気がしたが、問わずにいられない。
アレクシア
ぴたりと止まり。手首を己に引き寄せる。
シャルル
余計な手は出さない。
ただ、その顔を見ている。じっと。
静かに。
アレクシア
すう、と吸い込み。
それから、はあ、と吐く。
アレクシア
お前は、なんだというのか。
続く言葉はない。
シャルル
はた目から見れば、それは明らかにも見えるが。
シャルル
「戦い慣れしているペアは明らかにむこうですね。しかし……あちらもなかなか度胸がある。」
シャルル
「死を前にすると、わりと何でもできるものですよ。」
シャルル
「特に、それが……大事な者の死ならば。」
シャルル
「いや……あの二人、昨日であったばかりですが……ふふ。」
シャルル
「彼女はいいカードを引いたかもしれません。」
アレクシア
「あれと一緒で同じことが起きれば、まあ崩壊して終わりだろ」
アレクシア
「観客から引っ張り込まれた方も、……思いのほか、見えてきているらしい」
アレクシア
「場数で勝ちきれるものでもない、というのはわかっているんだが」
アレクシア
「……嫌だな。裁判中にはろくに対応できん」
シャルル
「しかし、直接殴りに来ない……そういう戦い方をしてきたんでしょうか。」
アレクシア
「近接ができなくはないだろう、たぶん?」
シャルル
「わからないんでしょうね……おそらく、外で出会っていたら勝負にもならない。」
アレクシア
「彼が、いくらかなりと支えにもなっているようだ」
シャルル
「…………何があるか、わからないものですね。」
アレクシア
「変に先入観のない相手のほうが、疵を塞いでくれることもある」
シャルル
「私は、アナタでなければ。嫌ですけれどね。」
シャルル
「此処での戦闘は……経験だけでは勝てないという事。」
シャルル
コインが多かった時と比べ、動きだけでない。戦闘中の思考力や、判断にまで影響が出ている。
シャルル
「個人が強いほど、連携が取れないのかもしれません。」
アレクシア
「……それに、あちらはかなり六ペンスを抱えていたからな。落差も激しかろうよ」
アレクシア
「わたしはまあ、……元からほとんど素人だが」
アレクシア
自己評価は低い。
シャルル。あるいは商会の誰かしらの援護がなければ、アレクシアは立ち回れない。
シャルル
シャルルにとって、この世界にやってくる救世主のほとんどは戦闘経験において『格下』だ。
それは、仲間たちも同じ。
だからこそ。これまでチームを編成しまとまっての行動、戦術、などを仲間たちに指導さえしてきた。
シャルル
だから、今回の『相手がわからない』『手練ればかり』という状況はイレギュラーだ。
アレクシア
「一緒に戦えないやつとこんなところには来ない」
アレクシア
「……そうか」
やや、困ったような声。
シャルル
「まあ……今回は私も本気を出しますよ。装備もそろえてきましたし。」
アレクシア
炎の中に突っ込んでいく少女を見ながら。
アレクシア
「いまさら振り返ることもできんからな」
アレクシア
内心で自分を測る。
自分はどこまで前を向いていられるだろうか。
シャルル
火が消えてゆく。
この、近距離、反撃のタイミングで。
それは恐らく……戦闘不能。
シャルル
「ここから逆転するのは厳しいでしょう。」
シャルル
「負けだとおもったら、勝ち筋は見えなくなりますからね。」
シャルル
こうして長い時間、自分自身の事を話す機会はなかった。
シャルル
どんな景色が好きですか?
どんな音が?
どんな人が?
どんな声が?
どんな。どんな。
アレクシア
ふと、中庭のさまからはまるで遠いことを尋ねられて。
思わず、シャルルへ目を向ける。
アレクシア
「機械工の親父どもがね……装飾の部分を作ってくれて」
アレクシア
「年は忘れたが、わたしがまともに立ち回れるようになった頃だな」
アレクシア
歯車。それから、金属の翼。
アレクシアの世界で、一番必要なものと。
空を飛ぶ、その憧れ。
アレクシア
「服にブローチとしてつけるのにはでかくて」
アレクシア
「あの親父どもは、服飾品のサイズ感をわかってなかったものだから」
アレクシア
「大型の機材を使うところも当然あるが」
アレクシア
「わたしがちまちまとやり取りしていたのは、そういう、町の親父どもだったな」
アレクシア
「そういう腕のやつらが潰れるのは惜しいだろ」
アレクシア
「だから、まあ、……まあ、わたしが何かしら、してやれていたのならいいんだが」
アレクシア
「……今はそうもいかなくなってしまったし」
シャルル
「なるほど……帰らなければならない、ですね。」
シャルル
「しかし、そんな有能な人材でも……生活に不安が?」
アレクシア
「そういうところに回ってくるのは一点物の作成が多くて……これはあの工房、あれはこちらの工房」
シャルル
なるほど。
アレクシアの世界では、このレベルの技術者が少なくないのだろう。
シャルルの世界では設計者はいれど、加工や組立に人間の手は入らない。
シャルル
「それを、アレクシアが取り仕切っていたわけですね。」
シャルル
「ふふ、こちらの世界でうまくやれていたのも納得です。」
アレクシア
「……それなりに上手くやる、というのは」
アレクシア
「だいたいどこでも、誰でも、一度やり方がわかればさほど変わらないさ」
アレクシア
だが、時にしくじる。
何によってかはわからない。それでも、しくじるときはある。
シャルル
「本来は、一番安定して戦える状態です。」
シャルル
「双方が平常心で戦えていれば、勝ちは彼らにもたらされたでしょう。」
シャルル
「激情は、向こうの。彼らに力をもたらしたようですね。」
アレクシア
「上手く、というのは……上振れも避けるということだからな」
シャルル
それは、生きたいという単純な欲求にかなうのか。
アレクシア
生きたい。
それは、『上手くやる』とはまったく違う望みだ。
シャルル
「ずっと。痛い思いをすると、人は命乞いではなく……死を乞うようになるんですよ。」
シャルル
「早く楽になりたい。早く終わりにしてくれと。」
アレクシア
わかる、と言い切るのにはためらいがあった。
シャルル
「心の痛みも、同じなのかもしれませんね。」
アレクシア
壊れてしまえば、もう苦しくはない。
そうかもしれない。
アレクシア
時折。
何もかも壊してしまいたいと思う時が、アレクシアにもある。
己の手のひらを、わずかに思った。
シャルル
仲間が動かなくなったとき、びくりと跳ねる肩を。
シャルル
「傷を治す手段があるのは、強みですね。」
アレクシア
「だな。お前の苦手な、魔法というんだろう」
シャルル
「そうですね。デメリットもなしに、傷が癒えるなんて……反則じゃないですか?」
シャルル
「おや、そうですか?銃は誰でも扱える武器ですよ。」
アレクシア
「普通この国で銃器は量産できないだろうが……」
シャルル
「それはまあ、そうですねぇ。できちゃうんですよね。」
アレクシア
「ただまあ、弾薬はある程度制限されるからな……」
シャルル
「そうなんですよねぇ。その場でなんか、銃も弾もぽーんって補充されればいいんですけど。」
シャルル
シャルルの疵の力は特殊だ。
『加工』という工程が必要になる。
それは、彼の武器に対するイメージによるものなのかもしれないし、『魔法のように』という概念がなかったかもしれない。
シャルル
あの炎のように、毒のように、癒しの力のように。
アレクシア
対して、アレクシアの心の疵は、堕落の国では比較的ポピュラーな顕れ方をする。
蒸気。熱と水。心に深く根ざしたもの。
それはアレクシアにとって魔法ではない。
技術と。そして日常。操るすべが、そしてその目的が、少し変わっただけ。
アレクシア
「……お前に無限の弾薬を持たせるのは」
シャルル
「でも、たぶん調子が狂うと思うんですよね。残弾の数を数えるの、癖になっているので。」
シャルル
「ああ、でも爆弾はいいですね。いくらあってもいいですし、持ち歩くリスクもない。」
シャルル
「急に出てこなくなったらと思うと、信用できないでしょうね。」
アレクシア
「確かに、それを信用しきれるかどうかというのはあるな」
アレクシア
「疵は……何がどう作用するかわからん」
シャルル
「やはり、信じられるのは銃だけですね。」
アレクシア
眼下で、狩人の一人がずたずたになっていく。
自らの毒に沈むようにもして。
アレクシア
あれも、きっと。
何か、疵があって。その痛みに、何かを信じている。
シャルル
「あの方に。『死んで』と言われるのは。」
アレクシア
そこに、自分の身を置いて考えてみれば。
当然のように、思うところがある。
シャルル
『特に、そう……あの髪が二色の方がいいですね。』
アレクシア
判決はまだ下らない。
だが、審判の時は宣告されている。
あの狩人は間に合わない。
シャルル
仲間を失った哀れな狩人は、絶望するだろうか。
この瞬間、何を考えているのだろうか。
シャルル
「生きた、その先が。見えなくなったら。」
シャルル
「生きれば、その先にまた……何か見つかるかもしれませんし。」
シャルル
「信じるも何も。死にたいと思ったことはありませんし、たぶんこれからもないと思いますよ。」
アレクシア
中庭で、小柄な人影が毒とともに溶け落ちていく。
たとえこの場を生き延びても、おそらくは、もう、どうにもならない。
シャルル
ダメな時はダメ。
彼女には死線の経験が少ない。
アレクシア
アレクシアも、自分がその答えを出せないことを知っている。
シャルル
「他人の死を、願う事はあると思いますか?」
アレクシア
「……わたしが起こした儀式は、……まあ、そういうことになるんだろう」
シャルル
「そうじゃありませんよ。逆転してはいけません。」
シャルル
「アナタは願いがあって。そのために、儀式が必要だった。」
シャルル
「必要ないならば、殺したいとは思わないのでしょう?」
アレクシア
言葉遊びのようにも思えた。
結果は何ひとつ変わらない。
アレクシア
「……お前に押し付けるつもりはないぞ」
シャルル
亡者化だ。何度か見ているが……こんなに異質なのは初めてかもしれない。
シャルル
強く、激しい感情で、多くのコインを集めた人でも。
シャルル
「憐れまれ、愛され、同情される権利は。」
シャルル
別に、自分はそうして欲しいとは思わないのだけれど。
シャルル
崩れてあふれ出した感情があんなにも、求めているというのに。
アレクシア
「……わたしは、……それを撥ねつける者を」
アレクシア
「それは矜持かもしれんし、ただの意地かもしれんが」
アレクシア
「わたしは、わたしの勝手で、彼らに手を伸べたかった」
シャルル
「…………不器用、というんでしょうね。」
シャルル
違うかもしれないけれど、シャルルには他に言い方がない。
アレクシア
「誰かの望みを、他人が勝手にどうこうはできない」
アレクシア
「それを受け入れるも拒否するも、自由で」
シャルル
一人を生かすことができれば、一人でも多くの兵士を殺せる。
アレクシア
黙ったまま。
それが、メイドの剣によって突き刺されていくのを見ている。
アレクシア
憐れむべきだろうか。
それを望まなかったものを。
アレクシア
憐れまずにいるべきだろうか。
そう思った。
アレクシア
けれどアレクシアは、そのさまを哀れに思う。
死んだもの。打ち捨てられたもの。
シャルル
「たまには、ミルクティーにしましょうか。」
シャルル
しばらくすれば、あたたかなミルクティーがカップに注がれるだろう。