シャルル
今日もまた新たな救世主が入場する。
異質な雰囲気を纏った男女の二人組に、不真面目そうな二人組。
それを、見下ろしている。
シャルル
「ええ、まあ。此方に来てからはあまり見かけませんでしたから。」
アレクシア
「……それはそうだな。そりゃあ、まあ……」
アレクシア
「わたしたちの取引相手にはならんからな、ああいうのは」
シャルル
「あの手の人間は早死にする……というのもありますが。ここにきているという事は、結構な場数を踏んでいるのでしょうね。」
アレクシア
「だろうな。強さそれ自体とふるまいは、まあ、関係がないといえば、ない」
アレクシア
「コインを捨てるに躊躇も見られないしな」
シャルル
「命乞いをするタイプにも見えませんし……しかし。」
シャルル
「相手も、油断するような方々ではないようです。」
アレクシア
「なんだろうな。……あれはあれで、派手好きのようだが」
アレクシア
「パフォーマンスは効果的な相手とそうでない相手がいる」
アレクシア
「……あっちはさほどだな。噛み合ってない」
シャルル
「どう出るか……どちらにしても、初戦で当たらなくてよかったかもしれません。」
アレクシア
「……得体のしれた相手もおらんだろうよ」
アレクシア
「わかってる。やりづらいことは確かだな」
肩をすくめる。
シャルル
「どこまで何をするかはわかりませんが、確かに……女性に有効な手段ではありますからね。」
アレクシア
「呼び出せるなら、基本的には呼び出したほうが有利だからな」
アレクシア
「茶会のさなかに本格的な殺し合いにはならんだろうが……」
シャルル
視線が画面に向く。
好きでないといえば嘘になる。
『女』というよりは『被害者』に。
シャルル
しかし、アレクシアは少なくとも見たいとは思わないだろう。
アレクシア
「……不利になるかもしれんぞ」
硬い声。
シャルル
「もし、あの方々と当たって……アレクシアに手を出そうものなら。」
シャルル
「あ、でも裁判前に殺すとまずいですね……手足くらいにしておきましょうか。」
アレクシア
それでも、何か、疲れたように椅子の背に身を預ける。
シャルル
「此処で死んでくれるのが一番いいのですけれど。」
アレクシア
「戦意が喪失するタイプじゃないといいがね」
シャルル
「そういえば、恋人や想い人はいらしたんですか?」
シャルル
「帰る場所に、待っている人はいらっしゃるのかなと。」
アレクシア
「……そういう意味で待ってるやつはいない」
アレクシア
「何かあっても、……まあ、操を立てるような相手はいないからな」
シャルル
半年。そのような仕草もなかった。
見せなかったのは正解だろう。
シャルル
「我々の相手は、どのような方でしょう。あまり、戦いにくい相手でないといいんですが。」
アレクシア
「先日ずいぶんな物音がしてたようだが」
シャルル
「せめて話ができる相手だとよいのですが。」
シャルル
視線をアレクシアへと。
じっと、見る。
自分ならどうするか、何をするか。
シャルル
大事に大事に。大事にしているのに。
横から手を出されてはたまらない。
シャルル
「お茶会中、おてて繋いでおきましょうか。」
アレクシア
「それで呼び出しを拒めるわけじゃないだろ」
シャルル
「少なくとも、消えたことはわかりますから。」
シャルル
「…………アナタが、あんな事になったらと思うと。」
シャルル
「…………キレますね。今ちょっと考えてみたんですが、絶対に殺してやるという強い殺意がわきました。」
アレクシア
「……正直、わたしはわたしをさほど高く見積もってはいない」
アレクシア
「怖いという感情と、だから困る、というのが……」
アレクシア
「こう、上手く、接続できない気がする」
シャルル
呼びかけて、ベッドに腰かけたまま手を差し出す。
アレクシア
そちらを見る。どことなく疲れたしぐさ。
アレクシア
何度か、瞬く。
何を考えているのか、測りかねた。
シャルル
立ち上がり、右手でアレクシアの左手首を掴む。
シャルル
ぐいと強く引くと、乱暴にベッドに放った。
シャルル
左手でアレクシアの右手を掴み、金の髪が広がる頭の上あたりに押し付ける。
一般的に、押し倒すという行動。
シャルル
右膝をベッドに乗せて、動きを抑制する。
首は締まるほどではなく、さりとて簡単には外されないようしっかりと拘束している。
アレクシア
首は締まっていないのに、息が詰まった。
ただ黙り。
呼ぶ声を聞く。
シャルル
「……ダメじゃないですか、嫌ならいやって言わないと。」
アレクシア
「……むしろお前、わたしを相手にしたいのか?」
シャルル
「そうですか、嫌じゃありませんでしたか。」
アレクシア
「嫌も、嫌じゃないも、あるか。わたしは……」
アレクシア
「そうなったら、選べるわけじゃないだろうが」
シャルル
顔が近い。
長く柔らかい髪がはらと降りて、金と混ざる。
シャルル
ぐ、と頭が下りてくる。
そのままアレクシアの頭の左側、左の首筋に口付ける。
耳を髪が掠める。呼吸が近い。
シャルル
「私じゃなかったら…………できますか?」
シャルル
「顔に唾を吐き、蹴とばして、噛みついて。」
アレクシア
損なわれるのが自分だけなら。
それは、どうだろう。
わからない。
シャルル
右足をベッドから降ろし、髪を梳いて後方にもっていく。
シャルル
「今、アナタに嫌われてしまっても仕方がないな、と思っています。」
シャルル
「もちろん、こんな……乱暴はしませんけどね。」
アレクシア
ブーツのつま先が生身の部分に蹴りを入れた。
シャルル
そうして暫く、一息ついて。
気まずい、という言葉は持ち合わせていないらしい。
シャルル
時間を見て、立ち上がる。
そろそろ頃合いだろう。
お茶会の時間は限られている。
シャルル
立ち上がりモニターの電源を入れると、咲の姿が映し出される。
アレクシア
こちらも雑なしぐさでベッドを下りる。
落ちた帽子を拾い上げて、再び椅子に。
アレクシア
消える前、一瞬ついたモニターは見えなかった。
シャルル
「まあ、その……見れないことは、ないと思いますが。ご覧になりますか?」
シャルル
「そうかもしれませんね、女性の方が映っておりましたので。ただ……」
アレクシア
「……つけとけ。見ていない時間が長すぎると本当に不利になりかねん」
シャルル
スイッチをオンにすると、丁度切り替わったらしい。
シャルル
「(ああ、いいところを見逃したなぁ。)」
アレクシア
その表情をちらと見て、処置なし、とばかりにモニターに目を戻す。
シャルル
「…………この様子ではどうなったのか。少なくとも、二人とも暴力的であるという事はわかりましたが。」
アレクシア
「腕が飛んでるからな。どうやったらああなるんだあれは」
アレクシア
「あの負傷で逃げられたのも、不思議といえば不思議だが」
アレクシア
「あそこまでいくと、大概は決着までなだれ込む」
シャルル
「肩がえぐれてましたから、引きちぎったか、咬みちぎったか、引き裂いたか……。刃物ではないと思いますよ。」
シャルル
「油断なりませんね。しかし……腕をどうにかしたのは彼女でしょうね。思っていたより落ち着いています。」
アレクシア
「……わたしももう少し神経が太くなりたい」
アレクシア
「お前、ここに来てから性格の悪さに磨きがかかってないか」
シャルル
「しかし……こうして、何日もずっと同じ部屋で過ごすのは初めてですね。」
シャルル
「アレクシアは、窮屈ではありませんでしたか?」
シャルル
「わくわくしますね……と、言いたいところですが。」
アレクシア
「ここで、わたしは頼りないかもしれないが」
シャルル
「まさか、こんな……魔法のような移動がまかり通るとは。」
シャルル
「いろいろ考えてきたつもりではありましたが……アナタを。」
アレクシア
「もう少し自分のことを考えていてもいいぞ」
シャルル
モニターに移される光景。
異常だが、どこか懐かしい。
シャルル
「アナタが存在することも、私にとっては重要な事ですので。」
アレクシア
「……わたしがお前の助けになってやれないかもしれんのが」
シャルル
「アナタが傷つかないことが、一番なんですけれどね。」
シャルル
「短い付き合いだったら、こうはなっていなかったと思うのですが。」
アレクシア
「わたしはお前のことなんてきらいだって言ったばかりだろ」
シャルル
「こう見えて情はあるんですよ。今も昔も裏切ったことは、一度もないですし。」
アレクシア
半年。
この男が、アレクシアをどう取り扱ってきたか。
思い出せば思い出すほど、どことなく苦くなっていく表情。
アレクシア
だからこそ。
裏切られても許すと言った。
アレクシア
「……帰った先で、そういうことを言ってろ」
シャルル
「帰った先にそう言える人が……残っているといいのですけれどね。」
アレクシア
「だから帰れ。そのためにわざわざついてきたんだろう」
シャルル
「私はアナタが思っている以上に、用心深く、疑りやで、臆病なんですよ。」
シャルル
「部屋で長期間二人きりなんて、本来耐えきれない。」
シャルル
「そうではないんです。そうではないと、感じています。」
シャルル
「……本心ですよ。傷つけたくないというのも、緊張するというのも。」
アレクシア
何かを言ったほうが良い気も、何も言わないほうがいい気もした。
アレクシア
言えば、何かを縛ってしまうような。
言わなければ、勝手に何かを決められてしまいそうな。
アレクシア
だが、結局、何も言わない。
……言えない。
シャルル
「怖いですよ。もちろん、知人を失った経験がないわけではありません。」
シャルル
「多くの人にとって、私は落ち着いた男、あるいは気の違った異常者に見えるでしょう。異常であることは自覚しています。それでも……」
シャルル
「できないことも、怖いこともあるんですよ。」
アレクシア
「勝つために来たんだろう。……後戻りはできないし、しない」
アレクシア
己の手を包んだ、冷たい義手に。
もう片方の手で、触れる。
アレクシア
「……傷ついても。最後に立っていればそれで、わたしたちの勝ちだ」
アレクシア
「わたしのことばかりにかかずらわって、足元をすくわれるなよ」
シャルル
手を放して、ダンスでもするようにアレクシアの腰を掴んで。
シャルル
使うのは手足だけではなかろうが、その身体は軽い。
アレクシア
いまさらそれを拒むでもなく。
ふ、と首筋に腕を回した。
シャルル
首筋に触れる感触は、直接でなくとも『手』で触れた時とは違う。
シャルル
「とても強い人でした。強く、冷たい、鋼のような。」
シャルル
「戻ったら、アナタにはもう会えないと思うと。」
アレクシア
する、と。後ろ髪を撫でる。
シャルルには見えない場所で、目を閉じる。
シャルル
地に足を下ろして、それでも離れはせずに、手を後ろに回す。
アレクシア
その硬い腕を感じて。
柔らかい背に、そっと力を込める。
シャルル
愉快、かつ不快そうな声。
そういう風に聞こえた。
するりと腕を背から離し、顔をあげる。
シャルル
仲間同士でのトラブルだろうか。
仲は良好に見えたが、おそらくは先ほど何かあったのだろう。
腕がちぎれるほどの何かが。
アレクシア
するりと顔がモニターを向く。
顔をしかめる。
シャルル
「殺して黙らせるわけにもいきませんし。」
アレクシア
「あの様子で裁判に入るのも、それはそれで自殺行為に見えるが」
シャルル
「連携がとれなければ、そうですね……特に。」
シャルル
「彼等が生きたいと考えているかも、曖昧ですし。」
アレクシア
「……まあ、コインを捨てるときの様子からしても」
アレクシア
「執着が強い、というわけではないだろうな……」
シャルル
「しかし、押さえつけられている方。あの方からは、絶望や敗北感を感じません。彼がうまくやればあるいは……あの暴力性をもって勝ち上がることは十分にあり得ます。」
シャルル
「そうなってしまったら、どうしようもないでしょうねぇ。」
アレクシア
モニターの向こうの光景。
愉しそうな表情を見ながら、強く眉が寄っている。
アレクシア
「……つけておけ。情報を減らしたくない」
シャルル
「アレクシアは、ああいった人間と関わったことはありますか?」
アレクシア
どこかためらいがちな否定。
あったほうが良かったような、気もしている。
シャルル
「ああいった輩は薬に侵されている場合も多く、話は通じませんし脅しても無駄。聞き分けは躾のなっていない犬以下ですし、言葉の真否もあいまいで……」
シャルル
「ぶっちゃけ、殺すのが早いっていうレベルですね。」
シャルル
「なんで殺さないといけないかわかります?」
シャルル
「殺さないと、他の人が死ぬからですよ。」
アレクシア
まさに。
画面の向こうで行われているのは、そういうことだろう。
シャルル
「この世界は便利ですよね。相手の弱みを握り、裁判で勝てば文字通り好きにできる。」
アレクシア
しかし、肯定の言葉が漏れるわけでもない。
シャルル
「…………こちらでは、いい仲間に恵まれました。」
シャルル
「多くの救世主が堕落の国(ここ)を逃れたいと言います。きっと……素敵な場所から来たんでしょうね。」
アレクシア
アレクシアはきっと、シャルルの言う『素敵な場所』にいた。
それを咎められたような気持ちになる。
なってしまう。
シャルル
「アレクシア。アナタはこんな世界の事も、彼や私のような男のことも、知らなくてよかった。」
シャルル
「出来ることなら、見せたくありませんでしたよ。」
シャルル
「でも……私はアナタと、彼らに会えて、知ることができて幸せです。」
アレクシア
「……お前からしたら、たぶん、わたしは苦労を知らないお嬢ちゃんなんだろう」
アレクシア
「お前に同情はしてない。するべきではないと思う」
アレクシア
「……わたしは、何もしてやれないから」
シャルル
「輝くことしかできない太陽を、役立たずだと思いますか?」
アレクシア
「わたしは、わたしのできることをしている……少なくともそのつもりでいる」
シャルル
「此処で私が信じられるのは自分と、アナタだけです。それはアナタが便利だからでも、とびきり強いからでも、計算高いからでもない。」
シャルル
「……ええ、わかっています。何かしたい、しなければならない。できないと思うことは、もどかしいですね。でも、私は……」
シャルル
「そういう頑張りやさんなところに救われているんですよ。」
アレクシア
「それでもそういうことを言えるか、お前」
シャルル
「まあ……その結果というのは、今の私ですからね。」
アレクシア
逸らしていた視線が、その笑みをちらりと見。
それから再び逸らされる。
アレクシア
言葉を探す様子。
けれど、見つからない。
シャルル
「此処にきてすぐ。運よく街の近くだったので、事情を知ることができて……上手くやれると思っていました。実際上手くいきました。」
シャルル
「『最後の一人になる』なんてシステム的に破綻していると思いましたし、その結果商会を立てたわけなのですが。」
シャルル
「それでも、なんというのでしょうか……こう、ずっと物足りなさを感じていたんです。」
シャルル
「それを変えてくれた。アレクシアが来てから、私も。彼らも。」
シャルル
「それは、アナタの『成果』にはなりませんか?」
アレクシア
胸の奥がじくじくと痛む。
わからない。本当にわからなかった。
アレクシアは、何事かを、自分でなければならなかったと思ったことがない。思えない。
時にそう思えたような気がしても、かならず同じ場所に立ち戻ってしまう。
アレクシア
それが求められた答えのような気がして。
シャルル
不完全な世の中に、絶対に必要なものなんてない。
画面の向こうで行われている行為はまさに『なくてもいい』けど『あったほうがいい』と『考えられた』もので。
シャルル
今ここで行っている問答もその一つだと思った。
知ってどうなる?それが本物だと確認する術もない。
シャルル
彼女ではなく私が、確認するためのプロセス。
シャルル
あと少しだけ。
今少しだけ。
太陽を。光を。
シャルル
「アナタは強い。私が仕えるに、値する方です。ずっと。」
シャルル
壊れてしまわないように。
大事に。大事に。
アレクシア
一瞬、何かを詫びようとした。
けれど、何を詫びればいいのかをはっきりと掴みかねて、だから。
ただ小さく、拳を握る。
アレクシア
逃した視線の先、画面の向こうで嬲られているのが、きっとあの男でなくとも良かったように。
結果が真逆の方向を向いていても、それでも。
アレクシア
「……やっぱりお前は、もう少し、自分のことの方を考えてろ」
アレクシア
「……お前、さっきの今でよくそういうことを言えるな」
シャルル
考えている。
考えているさ、自分の事ばかり。
そう、自分の事ばかりだ。
シャルル
「…………何でもありませんよ。アレクシア。」
シャルル
どちらも奇襲を行えるような状態ではない。
シャルル
シャルルの手足は見かけよりは軽いが骨より重い。
必然的に寝る時はうつ伏せか仰向け。
そして、直ぐには動けない仰向けをシャルルは好まない。
シャルル
寝返りを打って、つけっぱなしのモニターに目を向けた。
アレクシア
足を組んだまま、モニターを見ていた視線をふと移す。
シャルル
深い眠りに落ちていたらしい、眠たげな顔。
アレクシア
一週間と少し。
同じ部屋で寝起きして、寝起きの顔も見慣れてきたと言えば、そうかもしれない。
アレクシア
別段、自分の寝起きを見られたくない、というわけではない。
だが、なんとなく。
なんとなく、目が覚める。
シャルル
髪をひとまとめにして暫く、ぼんやりとして。
アレクシア
「……眠いなら、たまにはわたしがやってもいいが」
アレクシア
帽子はテーブルに置き、杖は立て掛けて、その後ろ姿は、いつもよりどこか緩んだ空気をしている。
アレクシア
やがて湯の沸く音がする。
かすかに、陶器の触れ合う音と。
シャルル
現在、室内にはメイド以外入ってこれない。
シャルル
しかし……少し、気が緩みすぎかもしれない。
アレクシア
溜息。
テーブルの上にカップがふたつ並ぶ。
シャルル
足は刃物のついていない、普段使いのもの。
シャルル
「この部屋の中は外よりもよほど、安全でしょう。」
アレクシア
ポットからカップへ。
優しく湯気が立つ。
アレクシア
注ぎ終われば、なんということもない顔で席につく。
帽子はそのまま。
シャルル
椅子に座る。
昨日よりも踵分だけ背が低い。
シャルル
「主人の入れた紅茶とは、寝起きから贅沢ですね。」
アレクシア
「別に……お前がわたしの身の回りを構う必要はそんなにないだろ」
シャルル
「アレクシアには、立派に務めを果たしていただいておりますから……」
アレクシア
ふとついた息に、手元のカップで湯気が揺れる。
アレクシア
「わたしは商会の顔かもしれないが、それだけだろ」
シャルル
「でも、アナタはいろいろと……頑張ってくださいました。」
シャルル
「それだけなら、こんなところ一緒に来るものですか。」
アレクシア
「そんなことでついて来なくても、よかったんだぞ」
アレクシア
シャルルはおそらく、この世界でもそれなりに、それなり以上に、やっていけるだろう。
それはわかっていて。
アレクシア
頑張った。わからない。できることはした。
そうする以外には、アレクシアには何もない。
シャルル
「私も帰りたいですし。まあ、それをおいてもですね……」
シャルル
「どこの誰とも知れぬ方や、実力のない方……力はあっても協調性のない方なんかとはこれませんでしょう。」
シャルル
カップの温かさは、唇に触れるまで分からない。
脆い陶器は持つのに気をつかう。
シャルル
「商会の方も落ち着いて、私抜きでも回るようにはなりましたし……」
アレクシア
「やはり、お前は残してくるべきだったかと思わなくはない」
アレクシア
「……いや、本当にもう遅い。言っても仕方がない」
シャルル
「いたんですよ。我々が出る際、一緒に来たいという者も。詳細は話さず置いてきましたが。」
シャルル
「アナタには私以外を選ぶ権利もあり、私にも譲る相手はいました。」
シャルル
「だから、別に使命感や付き合いで来たわけじゃありません。」
アレクシア
「付き合いで来ようとしていたら絶対につれては来なかった」
シャルル
「ふふ、そんなに変わらないと思いますよ。」
アレクシア
「救世主として、六ペンスにまつわる力はそうかもしれん」
シャルル
「でも、こちらに来てからはそう変わらないですよ。」
シャルル
「魔法……でしたっけ。ああいうのは苦手ですし。」
アレクシア
10ヶ月ほど前。
アレクシアは、そこで死ぬだろうなと思った。
アレクシア
堕落の国に来て三日で裁判に巻き込まれた。
たまたま隣にいた男が死んだから、それで終わった。
アレクシア
本当は今も、それだけなのかもしれないと思っている。
シャルル
一方、シャルルといえば戦闘は慣れたもの。
此方に到着してすぐ、運のいいことに面倒見のいい『先輩』に出会ったのだ。
もっとも。その『先輩』は愚かにも寝込みを襲うという過ちを犯したが為に帰らぬ人となったのだが。
アレクシア
「今になって訓練をしている時間はないな」
シャルル
「しかし、使えない……どころか、銃が何かも知らない方がそこそこいるのには驚きましたよ。おかげで脅しもききやしない。」
シャルル
普段から手放さない、拳銃、と呼ばれる手軽な武器を取り出す。
シャルル
「安全装置を外して、相手に向けて、両手で支えて引き金を引くだけです。」
シャルル
同じ型の拳銃を抜いて、見せながら説明する。
シャルル
「このタイプの弾は12発。自動装填ですので、連続で発砲できます。」
シャルル
銃を置いて立ち上がり、アレクシアの後方へ。
シャルル
後ろから覆いかぶさるように、機械の手を添えて。
シャルル
「腕は伸ばして、視線は真っすぐ。左手はここに添えて……」
アレクシア
一切逆らわず、その手に従う。
ごく真面目に。
シャルル
横にまわって、銃の先端付近の角のような突起に触れる。
シャルル
「これと、これが合わさるように真っすぐ。標的に向けます。」
アレクシア
言われたことを反芻するような数秒。
そして頷く。
シャルル
「あとは、引き金を引けば……ばーん。です。」
シャルル
「ただし、反動、それから音に注意しなければなりません。」
シャルル
「手元で爆発が起きるわけですからね。これは比較的軽いものですが。」
シャルル
「慣れないうちは、連射は避けた方がいいでしょう。」
シャルル
「それは差し上げますよ。同じのを持ってきていますし……裁判ではもう少し強力なのを使いますので。」
シャルル
「手入れもしてあります。安全装置を忘れずに。」
アレクシア
もう一度頷き、一度立ち上がる。
腰から吊り、右の太腿に固定してあるツールバッグを取り外す。
バッグを開き、常には工具を固定するための場所に、安全装置をかけた拳銃の銃身を固定した。蓋を閉じる。
それから、再びツールバッグを腿に巻き直し。
アレクシア
蓋を開け、引き抜いて、構える。
確かめるように。
アレクシア
その動作は淀みない。元来、器用ではある。
シャルル
「跳弾は怖いですが。……流石に怒られますかね。」
シャルル
「まあ、護身用とはいかないかもしれませんが。」
シャルル
いつでも殺せる。
これで至近距離から頭を打ち抜けば。
シャルル
この狭い部屋で、絶望したときは。
自分でも相手でも、一撃で殺すことができる。
シャルル
「試し打ち、できればよかったんですけれどね。……では。」
シャルル
もちろん予備の弾倉もあるのだが、交換はなれていないと焦る。
それに、弾は限られていた方が上手に使えるものだ。
シャルル
「設計図、描いておけばよかったですね。」
アレクシア
12発。
向ける相手の顔はまだ知らない。
知らない。
シャルル
「頭を打ち抜けば、苦しいのは一瞬ですから。」
アレクシア
命の数を数えるのは、好きではない。
だが、数えられないこともない。
アレクシア
こちらのものをあちらへ。
あちらのものをこちらへ。
アレクシア
何事か、切り替えるように。
置いたままだった帽子をかぶる。
シャルル
テーブルのカップを持ち上げて、口に運ぶ。
アレクシア
「食事は軽く。……お前の茶が飲みたい」
シャルル
自分の銃をホルスターに戻して湯を沸かしに向かう。
お茶を入れるのも慣れたものだ。
アレクシア
シャルルの背を、見るともなく見。
そして再び、モニターに目を戻した。
シャルル
お茶をカップに注いで、ポットはそのままにおいて、ソーサーごと差し出す。
シャルル
「安全な場所で、殺し合いを見て……楽しんでいるのでしょうか。」
アレクシア
アレクシアとて。
そう遠くないうちに、あそこで戦う。
シャルル
裁判が始まる。
血と暴力で満たされた茶会を経て。
シャルル
「……なるほど。面白い動きをしますね。」
アレクシア
「ゴリ押しなら派手好きのほうに分がありそうだが」
シャルル
「あちらは分が悪いですね。パートナーとの相性もありますが。」
アレクシア
「あれのあとに並んで戦えるだけ十分だと思わなくもないが……」
シャルル
「そこに立っているということは、死ぬつもりはないという事ですし。」
アレクシア
深々と刺さる。
あれは内臓まで入ったとわかる。
アレクシア
「恨み骨髄という顔だな……無理もないが」
シャルル
「強いですねぇ……戦い慣れているというべきか。」
アレクシア
「戦意が喪失するタイプ、ではなかったようだ」
アレクシア
「他人には、本当にはわからないからな……」
シャルル
「わかりませんよ、まだ。戦意は失っていない。」
アレクシア
「外ではなかなか見ないからな、あれは」
アレクシア
「……そもそもこの国であれだけ負傷すると、それだけで死にかねん」
アレクシア
基本的に、この国での治療は心もとない。
シャルル
「儀式……本当に。普段通りでは何ともならない。」
シャルル
「…………怪我はしたくないものですね。」
シャルル
「人部分が半分以下になってしまいます。」
アレクシア
「恐ろしいことを言うのはやめろ、馬鹿者」
シャルル
「此処じゃ交換するのも一苦労ですしね。」
アレクシア
「お前の胴に関してはわたしはどうしようもないぞ」
アレクシア
「わたしに整備の手伝い以上を期待するなと常々そう言ってるだろ」
アレクシア
「……お前の手足が、普通のものよりかなり無理を利かせられるのはわかっているが」
アレクシア
「……痛まないから良いというわけで、は、」
アレクシア
「黒髪の方は、真っ向からの殴り合いに向くようにも見えんしな……」
シャルル
「…………もう少しやると思ったんですが、過大評価でしたかねぇ。」
アレクシア
「茶会の始めと終わりで、救世主の戦力はかなり上下するからな……」
シャルル
「……制止がないということは、まだ死んではいないのでしょう。」
アレクシア
そうした姿を、アレクシアも、見たことがないわけではない。
裁判はそういう場だ。
シャルル
恐怖を、迷いを増幅させるとわかっているだろうに。
アレクシア
「良きにつけ悪しきにつけ、やりたいことを通すには力がいる……」
アレクシア
「歯車をひとつ外せば、すべてが動かなくなるように」
シャルル
機械の拳が握りこまれる。
無意識に動かしてしまうのは、生身のそれと変わらない。
ただ、力加減ができないだけだ。
シャルル
口を開こうとして、しかしできずに視線を中庭へと向けている。
アレクシア
特に先を促さない。
こちらも、中庭を見下ろしたまま。
シャルル
「期待、しますよ。して……しまっていますね。」
シャルル
「はぁ…………他人ごとじゃねーな……。」
アレクシア
その溜息に、ちら、とだけ視線を上げる。
シャルル
考える。あそこにいるのが彼女なら、どうする。自分なら。
シャルル
「近づこうとした時点で、撃ってますね。」
シャルル
「死なないって言いましたし、少なくとも……自死はないかと。」
シャルル
「怖いと思ってしまいました。アナタが、あそこにいることを。」
アレクシア
手摺の上、組まれた腕。そこに乗った頭。
そこにふと手を乗せる。
シャルル
歓声を、拍手を。
捧げられる気持ちではなかった。
アレクシア
答えずに、ただ、静かに。
勝敗の決した中庭の、その血溜まりの中で。
もう一人が、やはり死んでいくのを見ている。
アレクシア
そして、メイドの悲鳴。
儀式の、その一組が終わる。
アレクシアの横顔は、どこか透明だ。
アレクシア
答える声は、いつもの通り。
シャルルの傍らを、先んじて室内に戻っていく。
シャルル
中庭に背を向けアレクシアに続く。
すぐに、次のお茶会の準備が行われるだろう。
シャルル
それが……
二人で始めた、儀式なのだから。