シャルル
今日もまた新たな救世主が入場する。
異質な雰囲気を纏った男女の二人組に、不真面目そうな二人組。
それを、見下ろしている。
シャルル
「……少し懐かしい感じの方々ですね。」
アレクシア
「懐かしいか?」
シャルルを仰ぐ。
シャルル
「ええ、まあ。此方に来てからはあまり見かけませんでしたから。」
シャルル
視線の先にいるのは派手な髪の男だ。
シャルル
「ああいった輩は。」
アレクシア
「……それはそうだな。そりゃあ、まあ……」
アレクシア
「……いなくはなかろうが」
アレクシア
「わたしたちの取引相手にはならんからな、ああいうのは」
シャルル
「あの手の人間は早死にする……というのもありますが。ここにきているという事は、結構な場数を踏んでいるのでしょうね。」
アレクシア
「だろうな。強さそれ自体とふるまいは、まあ、関係がないといえば、ない」
アレクシア
「コインを捨てるに躊躇も見られないしな」
アレクシア
頬杖をつく。
アレクシア
「ああいうのは怖い」
シャルル
「ええ。そうですね。」
シャルル
微笑む。
シャルル
「命乞いをするタイプにも見えませんし……しかし。」
シャルル
「相手も、油断するような方々ではないようです。」
アレクシア
「なんだろうな。……あれはあれで、派手好きのようだが」
アレクシア
「パフォーマンスは効果的な相手とそうでない相手がいる」
アレクシア
「……あっちはさほどだな。噛み合ってない」
シャルル
「どう出るか……どちらにしても、初戦で当たらなくてよかったかもしれません。」
シャルル
「得体が知れない。」
アレクシア
「……得体のしれた相手もおらんだろうよ」
アレクシア
「見目と力に相関がないのが救世主だ」
シャルル
「それはそうですけれど。」
アレクシア
「わかってる。やりづらいことは確かだな」 肩をすくめる。
シャルル
「…………。」
シャルル
画面に視線を移す。
シャルル
「…………はぁ。」
シャルル
「当たらなくてよかったな……。」
アレクシア
「苦手なのか? ああいう手合は」
シャルル
「いえ。あの。」
シャルル
「アナタを、ああいう目には……。」
アレクシア
ぱち、と瞬き。
アレクシア
「……………………」
アレクシア
やや長く沈黙し。
アレクシア
「……そうか」
アレクシア
なんとも言えない顔をした。
シャルル
「見ないでおきますか?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
こめかみを押さえる。
アレクシア
「……いや……」
アレクシア
常より遥かに煮え切らない声。
シャルル
「見なくてもいいですよ。」
シャルル
「なんなら消しても……。」
アレクシア
目を閉じてこめかみを揉んでいる。
シャルル
「ふふ……。」
シャルル
「目隠しでもしましょうか?」
アレクシア
「お前。わたしで遊ぶな」
シャルル
「んふふふふ。」
シャルル
「まあ、しかし……」
シャルル
「どこまで何をするかはわかりませんが、確かに……女性に有効な手段ではありますからね。」
アレクシア
長く息をつく。
アレクシア
「それは、認める」
シャルル
「…………悪趣味ですけれど。」
シャルル
「厄介ですね、あの封筒のシステムは。」
シャルル
「うまく利用できれば、心強いですが。」
アレクシア
「呼び出せるなら、基本的には呼び出したほうが有利だからな」
アレクシア
「茶会のさなかに本格的な殺し合いにはならんだろうが……」
シャルル
「む……。」
シャルル
不穏な音が聞こえる。
シャルル
「……アレクシア。」
シャルル
「どうします?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
眉が寄る。が、言葉はない。
シャルル
視線が画面に向く。
好きでないといえば嘘になる。
『女』というよりは『被害者』に。
シャルル
興味はある。
シャルル
しかし、アレクシアは少なくとも見たいとは思わないだろう。
シャルル
「…………。」
シャルル
モニターに歩み寄り、スイッチをきった。
アレクシア
「……不利になるかもしれんぞ」
硬い声。
シャルル
「もし、あの方々と当たって……アレクシアに手を出そうものなら。」
シャルル
「頭吹っ飛ばしてやりますよ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「そうか」
シャルル
「あ、でも裁判前に殺すとまずいですね……手足くらいにしておきましょうか。」
シャルル
「ふふふ。」
アレクシア
「……血の気の多いことで」
アレクシア
それでも、何か、疲れたように椅子の背に身を預ける。
シャルル
「…………。」
シャルル
「させませんよ。」
シャルル
「此処で死んでくれるのが一番いいのですけれど。」
アレクシア
「……どうだろうな」
アレクシア
「戦意が喪失するタイプじゃないといいがね」
シャルル
「そういえば、恋人や想い人はいらしたんですか?」
アレクシア
「……なんだ急に……」
シャルル
「帰る場所に、待っている人はいらっしゃるのかなと。」
アレクシア
「……そういう意味で待ってるやつはいない」
シャルル
「そうですか。」
シャルル
静かな部屋。
シャルル
ベッドに腰かける。
シャルル
「…………よかったですね。」
アレクシア
「何かあっても、……まあ、操を立てるような相手はいないからな」
アレクシア
消えたモニターに、遠い目を向ける。
シャルル
半年。そのような仕草もなかった。
見せなかったのは正解だろう。
シャルル
「我々の相手は、どのような方でしょう。あまり、戦いにくい相手でないといいんですが。」
アレクシア
「隣室だろ」
アレクシア
「先日ずいぶんな物音がしてたようだが」
シャルル
「物騒ですねぇ。」
シャルル
「せめて話ができる相手だとよいのですが。」
アレクシア
「さほど期待はしてない」
シャルル
視線をアレクシアへと。
じっと、見る。
自分ならどうするか、何をするか。
シャルル
「…………。」
シャルル
敵ならどう動くだろうか。
シャルル
否応にも先ほどの様子が思い浮かぶ。
シャルル
「はぁ……」
シャルル
大事に大事に。大事にしているのに。
横から手を出されてはたまらない。
アレクシア
「どういう溜息だ、それは?」
シャルル
「いえ、別に。」
シャルル
「お茶会中、おてて繋いでおきましょうか。」
アレクシア
「お前な……」
アレクシア
「それで呼び出しを拒めるわけじゃないだろ」
シャルル
「少なくとも、消えたことはわかりますから。」
アレクシア
「それは……そうかもしれんが」
シャルル
「…………アナタが、あんな事になったらと思うと。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「ええと……。」
シャルル
考えている。何と話すべきか。
シャルル
「…………キレますね。今ちょっと考えてみたんですが、絶対に殺してやるという強い殺意がわきました。」
アレクシア
「……お前、なんというか、……」
アレクシア
「いや」
アレクシア
「いい」
アレクシア
「まあ……いい」
アレクシア
濁した。
シャルル
「怖くなりました?」
アレクシア
「嫌気は差すな」
アレクシア
「……正直、わたしはわたしをさほど高く見積もってはいない」
アレクシア
「怖いという感情と、だから困る、というのが……」
アレクシア
「こう、上手く、接続できない気がする」
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
呼びかけて、ベッドに腰かけたまま手を差し出す。
アレクシア
そちらを見る。どことなく疲れたしぐさ。
シャルル
「おや、つれませんね。」
アレクシア
一瞬、虚を突かれた顔。
アレクシア
「は?」
シャルル
「こちらに来ませんか?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
何度か、瞬く。
何を考えているのか、測りかねた。
シャルル
「お嫌ですか。」
アレクシア
「……いや、というか」
アレクシア
珍しく。戸惑いが顔に出ている。
アレクシア
「……お前、今、何考えてる?」
シャルル
「何だと思います?」
アレクシア
「知るか」
シャルル
立ち上がり、右手でアレクシアの左手首を掴む。
シャルル
ぐいと強く引くと、乱暴にベッドに放った。
アレクシア
帽子が落ちる。
シャルル
離れた右手を伸ばし、細く白い首を掴む。
シャルル
柔らかなベッドに押し付ける。
アレクシア
「お、まえ、」
アレクシア
言いかけて黙る。言葉を見失う。
シャルル
左手でアレクシアの右手を掴み、金の髪が広がる頭の上あたりに押し付ける。
一般的に、押し倒すという行動。
シャルル
手慣れている。
シャルル
その顔は普段通りだ。
アレクシア
普段通りだから。
だから、困る。
シャルル
右膝をベッドに乗せて、動きを抑制する。
首は締まるほどではなく、さりとて簡単には外されないようしっかりと拘束している。
シャルル
「…………アレクシア。」
シャルル
顔を近づける。
アレクシア
首は締まっていないのに、息が詰まった。
ただ黙り。
呼ぶ声を聞く。
シャルル
「…………。」
シャルル
「……ダメじゃないですか、嫌ならいやって言わないと。」
アレクシア
「…………」
シャルル
「嫌じゃないんですか?」
アレクシア
「……むしろお前、わたしを相手にしたいのか?」
シャルル
「予行演習のつもりだったんですが」
シャルル
「そうですか、嫌じゃありませんでしたか。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
しばし、無言。
それから。
アレクシア
「嫌も、嫌じゃないも、あるか。わたしは……」
アレクシア
「そうなったら、選べるわけじゃないだろうが」
シャルル
「私が本気だったらどうするんです?」
シャルル
顔が近い。
長く柔らかい髪がはらと降りて、金と混ざる。
アレクシア
「よりどうしようもないな」
アレクシア
「……どうしようもない」
アレクシア
視線が逃げる。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
答えない。
シャルル
ぐ、と頭が下りてくる。
そのままアレクシアの頭の左側、左の首筋に口付ける。
耳を髪が掠める。呼吸が近い。
シャルル
「蹴とばして、怒ってもいいんですよ。」
シャルル
右手は首から、肩までを撫でる。
シャルル
慣れている。
アレクシア
「お前」
アレクシア
「……っ、」
アレクシア
「わたしに、どうしろって、言うんだ」
シャルル
「私じゃなかったら…………できますか?」
シャルル
耳元に、ささやく。
シャルル
「顔に唾を吐き、蹴とばして、噛みついて。」
シャルル
「アナタ自身を…………守れますか?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「わ、か……」
アレクシア
「……ない」
アレクシア
ぐ、と歯を噛みしめる。
アレクシア
「わたし、」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
損なわれるのが自分だけなら。
それは、どうだろう。
わからない。
シャルル
「…………。」
シャルル
身体を起こす。
シャルル
「……怖がらせて、しまいましたね。」
シャルル
右足をベッドから降ろし、髪を梳いて後方にもっていく。
シャルル
そして、隣に腰かける。
シャルル
ベッドが重さの分だけ沈む。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「……何」
シャルル
「私は…………」
シャルル
手を伸ばす。
金の髪に触れようと。
シャルル
「今、アナタに嫌われてしまっても仕方がないな、と思っています。」
シャルル
「嫌いになりました?」
アレクシア
「…………きらいだ、お前なんて」
アレクシア
拗ねたような声。
シャルル
「うふふ。」
アレクシア
「……そういうところがきらいだ!」
シャルル
「どうもありがとうございます。」
アレクシア
低く呻き。
起き上がる。
アレクシア
「本当にお前は」
アレクシア
「悪趣味」
アレクシア
「最低」
アレクシア
「馬鹿」
シャルル
「んふふふふ……。」
シャルル
「ところで…………」
シャルル
「……私は、結構本気でしたよ。」
シャルル
にこり、と笑って。
シャルル
「もちろん、こんな……乱暴はしませんけどね。」
アレクシア
ブーツのつま先が生身の部分に蹴りを入れた。

シャルル
そうして暫く、一息ついて。
気まずい、という言葉は持ち合わせていないらしい。
シャルル
時間を見て、立ち上がる。
そろそろ頃合いだろう。
お茶会の時間は限られている。
シャルル
立ち上がりモニターの電源を入れると、咲の姿が映し出される。
シャルル
「…………。」
シャルル
一度消した。
アレクシア
こちらも雑なしぐさでベッドを下りる。
落ちた帽子を拾い上げて、再び椅子に。
アレクシア
消える前、一瞬ついたモニターは見えなかった。
シャルル
「まあ、その……見れないことは、ないと思いますが。ご覧になりますか?」
アレクシア
「……まだ見ないほうがいいか?」
アレクシア
若干のなげやりさを滲ませる。
シャルル
「そうかもしれませんね、女性の方が映っておりましたので。ただ……」
シャルル
「まあ、見れないことはないかと。」
アレクシア
「……つけとけ。見ていない時間が長すぎると本当に不利になりかねん」
シャルル
「かしこまりました。」
シャルル
スイッチをオンにすると、丁度切り替わったらしい。
シャルル
「おや、変わりましたね。」
アレクシア
画面に映る血の色。
アレクシア
「……茶会の最中とは思えん負傷だな」
シャルル
「(ああ、いいところを見逃したなぁ。)」
シャルル
にこにことしながら画面を眺める。
アレクシア
その表情をちらと見て、処置なし、とばかりにモニターに目を戻す。
シャルル
「…………この様子ではどうなったのか。少なくとも、二人とも暴力的であるという事はわかりましたが。」
アレクシア
「腕が飛んでるからな。どうやったらああなるんだあれは」
アレクシア
「あの負傷で逃げられたのも、不思議といえば不思議だが」
アレクシア
「あそこまでいくと、大概は決着までなだれ込む」
シャルル
「肩がえぐれてましたから、引きちぎったか、咬みちぎったか、引き裂いたか……。刃物ではないと思いますよ。」
シャルル
と、話している間に召喚される女性。
アレクシア
一瞬詰まり、それから溜息をつく。
アレクシア
「頭痛のするようなシステムだな」
シャルル
「油断なりませんね。しかし……腕をどうにかしたのは彼女でしょうね。思っていたより落ち着いています。」
アレクシア
「…………」 憂鬱な顔。
アレクシア
再び溜息。
アレクシア
コートを羽織った女を見ながら、頬杖。
アレクシア
「……わたしももう少し神経が太くなりたい」
シャルル
「お手本になりますよ」
シャルル
「ふふ……」
アレクシア
ちっ、と舌打ちした。
アレクシア
「お前、ここに来てから性格の悪さに磨きがかかってないか」
シャルル
「それはまあ……楽しいですからね。」
シャルル
「しかし……こうして、何日もずっと同じ部屋で過ごすのは初めてですね。」
アレクシア
「……そうだな」
アレクシア
だから?という顔。
シャルル
「アレクシアは、窮屈ではありませんでしたか?」
アレクシア
「……マナーとして気は遣うが」
アレクシア
「お前も似たようなものだろ」
シャルル
「ふふ。どうでしょうね。」
アレクシア
じとりとした視線。
シャルル
「元来凶暴なもので」
アレクシア
「外面の良いことだ」
シャルル
「よーくご存じでしょう?」
アレクシア
「存じておりますとも、ベルジール殿」
シャルル
「アナタは偉いですね。」
アレクシア
「唐突だな」
シャルル
「…………。」
シャルル
「緊張しますか?」
アレクシア
「……何に対して」
シャルル
「1回戦。」
アレクシア
「……しないとは言わん」
アレクシア
「お前は」
シャルル
「わくわくしますね……と、言いたいところですが。」
シャルル
「…………少し。」
アレクシア
「珍しい」
アレクシア
「……珍しいな」
アレクシア
「……まあ、……」
アレクシア
「ここで、わたしは頼りないかもしれないが」
シャルル
「いえ、あの……」
シャルル
「状況があまりにも特殊で。」
シャルル
「まさか、こんな……魔法のような移動がまかり通るとは。」
シャルル
「いろいろ考えてきたつもりではありましたが……アナタを。」
シャルル
「ちゃんと、お守りできるかどうか。」
アレクシア
「……お前」
アレクシア
「もう少し自分のことを考えていてもいいぞ」
シャルル
モニターに移される光景。
異常だが、どこか懐かしい。
シャルル
「考えてますよ。」
シャルル
「ただ、今は。」
シャルル
「アナタが存在することも、私にとっては重要な事ですので。」
アレクシア
「……わたしはむしろ、」
アレクシア
「……わたしがお前の助けになってやれないかもしれんのが」
アレクシア
「………………」
アレクシア
軽く、右の指先が、左手の甲をなぞる。
シャルル
「アナタが傷つかないことが、一番なんですけれどね。」
シャルル
アレクシアの右手に触れる。
シャルル
ゆるく包むようにして。
シャルル
「もう少し……」
シャルル
「短い付き合いだったら、こうはなっていなかったと思うのですが。」
シャルル
「手遅れですねぇ。」
アレクシア
「たかだか半年だろうが」
シャルル
「恋は一瞬ですから。」
シャルル
にこにこと笑っている。
シャルル
手を引いて、モニターに背を向けさせ。
アレクシア
「薄ら寒いことを……」
アレクシア
強くは逆らわずに、その手に従い。
アレクシア
「わたしはお前のことなんてきらいだって言ったばかりだろ」
シャルル
「んふふふ」
シャルル
「まあ、冗談はさておき。」
シャルル
「こう見えて情はあるんですよ。今も昔も裏切ったことは、一度もないですし。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
半年。
この男が、アレクシアをどう取り扱ってきたか。
思い出せば思い出すほど、どことなく苦くなっていく表情。
アレクシア
だからこそ。
裏切られても許すと言った。
アレクシア
アレクシアには、どうしようもない。
アレクシア
「……シャルル」
アレクシア
「本当に」
アレクシア
「……わたしに義理立てしすぎるなよ」
アレクシア
「……帰った先で、そういうことを言ってろ」
シャルル
「…………。」
シャルル
少しだけ、困ったような顔。
シャルル
「帰った先にそう言える人が……残っているといいのですけれどね。」
アレクシア
「……残ってるさ」
アレクシア
「だから帰れ。そのためにわざわざついてきたんだろう」
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
「私はアナタが思っている以上に、用心深く、疑りやで、臆病なんですよ。」
シャルル
「部屋で長期間二人きりなんて、本来耐えきれない。」
シャルル
「しかし、アナタといる時は……」
シャルル
「そうではないんです。そうではないと、感じています。」
シャルル
「……本心ですよ。傷つけたくないというのも、緊張するというのも。」
シャルル
あの人は強かったから。
シャルル
「怖いとさえ思います。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
何かを言ったほうが良い気も、何も言わないほうがいい気もした。
アレクシア
言えば、何かを縛ってしまうような。
言わなければ、勝手に何かを決められてしまいそうな。
アレクシア
だが、結局、何も言わない。
……言えない。
シャルル
包んだ手を握りこむ。
アレクシア
指先がかすかに跳ねる。
シャルル
「怖いですよ。もちろん、知人を失った経験がないわけではありません。」
シャルル
「多くの人にとって、私は落ち着いた男、あるいは気の違った異常者に見えるでしょう。異常であることは自覚しています。それでも……」
シャルル
「できないことも、怖いこともあるんですよ。」
アレクシア
「……お前は」
アレクシア
「いや……わたしは」
アレクシア
言い淀む。
アレクシア
「……わたし、は」
アレクシア
「……いや。わたしたち、だな」
アレクシア
「勝つために来たんだろう。……後戻りはできないし、しない」
アレクシア
己の手を包んだ、冷たい義手に。
もう片方の手で、触れる。
アレクシア
「……傷ついても。最後に立っていればそれで、わたしたちの勝ちだ」
アレクシア
「……それだけでいい」
シャルル
「…………アレクシア。」
シャルル
「優しい人ですね。」
アレクシア
「……別に」
アレクシア
「わたしにだって情はある」
アレクシア
「それだけだ」
シャルル
「どうか、無理をしないでくださいね。」
アレクシア
「……お前こそ」
アレクシア
「わたしのことばかりにかかずらわって、足元をすくわれるなよ」
シャルル
「はぁい。」
アレクシア
「……よろしい返事だ」
シャルル
抉り、抉られ。疵が疼く。
シャルル
「じゃあ。」
シャルル
「抱き上げてみてもいいですか?」
アレクシア
「なにが「じゃあ」なんだ……?」
シャルル
「あの、私これ触れていないので。」
シャルル
「触りたいなぁ」
シャルル
「と思って」
アレクシア
「……左様で……」
アレクシア
特に逆らいはしない。呆れたように。
シャルル
手を放して、ダンスでもするようにアレクシアの腰を掴んで。
アレクシア
そして、体重が自分のものでなくなる。
シャルル
ふわりと、持ち上げる。
シャルル
使うのは手足だけではなかろうが、その身体は軽い。
シャルル
そうして、引き寄せる。
アレクシア
いまさらそれを拒むでもなく。
ふ、と首筋に腕を回した。
シャルル
首筋に触れる感触は、直接でなくとも『手』で触れた時とは違う。
シャルル
「…………慕う女性が、いたんですよ。」
シャルル
独白のように。
シャルル
「とても強い人でした。強く、冷たい、鋼のような。」
シャルル
「美しい人でした。」
アレクシア
黙っている。
シャルル
「…………。」
シャルル
「帰りたい。でも……」
シャルル
「戻ったら、アナタにはもう会えないと思うと。」
シャルル
「…………いえ。」
シャルル
「まずは、勝ってからですね。」
アレクシア
する、と。後ろ髪を撫でる。
シャルルには見えない場所で、目を閉じる。
アレクシア
「勝ってからだな」
シャルル
地に足を下ろして、それでも離れはせずに、手を後ろに回す。
シャルル
引き寄せて抱きしめる。
シャルル
「勝ちましょう。」
アレクシア
その硬い腕を感じて。
柔らかい背に、そっと力を込める。
アレクシア
「当然だ」

シャルル
愉快、かつ不快そうな声。
そういう風に聞こえた。
するりと腕を背から離し、顔をあげる。
シャルル
仲間同士でのトラブルだろうか。
仲は良好に見えたが、おそらくは先ほど何かあったのだろう。
腕がちぎれるほどの何かが。
アレクシア
するりと顔がモニターを向く。
顔をしかめる。
シャルル
「大変ですねぇ、仲間割れは。」
シャルル
「殺して黙らせるわけにもいきませんし。」
アレクシア
「そうだな……」
アレクシア
「あの様子で裁判に入るのも、それはそれで自殺行為に見えるが」
シャルル
「連携がとれなければ、そうですね……特に。」
シャルル
「彼等が生きたいと考えているかも、曖昧ですし。」
アレクシア
「……まあ、コインを捨てるときの様子からしても」
アレクシア
「執着が強い、というわけではないだろうな……」
シャルル
「しかし、押さえつけられている方。あの方からは、絶望や敗北感を感じません。彼がうまくやればあるいは……あの暴力性をもって勝ち上がることは十分にあり得ます。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
そう言っている間にも、頬に飛ぶ拳。
アレクシア
「……途中で折れない保証はないが」
アレクシア
「……いや」
アレクシア
「どうだろうな……」
シャルル
「死んだ方がまし……」
シャルル
「そうなってしまったら、どうしようもないでしょうねぇ。」
シャルル
「私は『殺してくれ』のが好みですが。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
モニターの向こうの光景。
愉しそうな表情を見ながら、強く眉が寄っている。
シャルル
「…………消します?」
アレクシア
「いや」
アレクシア
「……つけておけ。情報を減らしたくない」
シャルル
「アレクシアは、ああいった人間と関わったことはありますか?」
アレクシア
「……、……いや」
アレクシア
どこかためらいがちな否定。
あったほうが良かったような、気もしている。
シャルル
「それは幸運でしたね。」
アレクシア
「……かもな」
アレクシア
答える声は硬く小さい。
シャルル
「ああいった輩は薬に侵されている場合も多く、話は通じませんし脅しても無駄。聞き分けは躾のなっていない犬以下ですし、言葉の真否もあいまいで……」
シャルル
「ぶっちゃけ、殺すのが早いっていうレベルですね。」
アレクシア
何も言わない。
シャルル
「なんで殺さないといけないかわかります?」
シャルル
答えは待たない。
シャルル
「殺さないと、他の人が死ぬからですよ。」
アレクシア
まさに。
画面の向こうで行われているのは、そういうことだろう。
シャルル
「でも……。」
シャルル
「生かすことだってできる。」
シャルル
口元には笑み。
アレクシア
「……何が言いたい」
シャルル
「この世界は便利ですよね。相手の弱みを握り、裁判で勝てば文字通り好きにできる。」
シャルル
「首輪ですよ。」
アレクシア
「お前は、ああいう輩を」
アレクシア
言いかけて、切る。
アレクシア
「………………」
アレクシア
しかし、肯定の言葉が漏れるわけでもない。
シャルル
「…………何回か。」
シャルル
「試したんですけどね。いろいろ」
シャルル
「うまくいきませんでしたよ。」
シャルル
「だから……ええ。」
シャルル
少し、目を伏せて。
シャルル
「…………こちらでは、いい仲間に恵まれました。」
アレクシア
「……そう、か」
アレクシア
「そうか」
アレクシア
こぼれるように繰り返す。
シャルル
「多くの救世主が堕落の国(ここ)を逃れたいと言います。きっと……素敵な場所から来たんでしょうね。」
アレクシア
シャルルを見上げる。
アレクシア
「…………」
アレクシア
なんとなく。傷ついたような心地。
アレクシア
アレクシアはきっと、シャルルの言う『素敵な場所』にいた。
それを咎められたような気持ちになる。
なってしまう。
シャルル
「アレクシア。アナタはこんな世界の事も、彼や私のような男のことも、知らなくてよかった。」
シャルル
「出来ることなら、見せたくありませんでしたよ。」
シャルル
くすりと笑って、その顔を見下ろす。
シャルル
「でも……私はアナタと、彼らに会えて、知ることができて幸せです。」
アレクシア
「……お前からしたら、たぶん、わたしは苦労を知らないお嬢ちゃんなんだろう」
アレクシア
「お前に同情はしてない。するべきではないと思う」
アレクシア
「ただ……」
アレクシア
ふと途切れる。
アレクシア
視線が逸れる。
アレクシア
「……わたしは、何もしてやれないから」
アレクシア
「それが、……」
シャルル
「んふふ」
シャルル
「アナタは……」
シャルル
「輝くことしかできない太陽を、役立たずだと思いますか?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「そんな御大層なものになれないから」
アレクシア
「わたしは、わたしのできることをしている……少なくともそのつもりでいる」
アレクシア
「そしてそれは、いつだって足りない」
アレクシア
「……元の世界でも、ここでも」
シャルル
「此処で私が信じられるのは自分と、アナタだけです。それはアナタが便利だからでも、とびきり強いからでも、計算高いからでもない。」
シャルル
「……ええ、わかっています。何かしたい、しなければならない。できないと思うことは、もどかしいですね。でも、私は……」
シャルル
「そういう頑張りやさんなところに救われているんですよ。」
アレクシア
「……努力は経費だ。結果じゃない」
アレクシア
「それは、お前も知ってるだろうが」
アレクシア
「それでもそういうことを言えるか、お前」
シャルル
「まあ……その結果というのは、今の私ですからね。」
アレクシア
「……お前」
シャルル
にこにこしている。
アレクシア
逸らしていた視線が、その笑みをちらりと見。
それから再び逸らされる。
アレクシア
言葉を探す様子。
けれど、見つからない。
シャルル
「此処にきてすぐ。運よく街の近くだったので、事情を知ることができて……上手くやれると思っていました。実際上手くいきました。」
シャルル
「『最後の一人になる』なんてシステム的に破綻していると思いましたし、その結果商会を立てたわけなのですが。」
シャルル
「それでも、なんというのでしょうか……こう、ずっと物足りなさを感じていたんです。」
シャルル
「アナタは…………」
シャルル
「それを変えてくれた。アレクシアが来てから、私も。彼らも。」
シャルル
「元気になりました。とてもね。」
シャルル
「それは、アナタの『成果』にはなりませんか?」
アレクシア
胸の奥がじくじくと痛む。
わからない。本当にわからなかった。
アレクシアは、何事かを、自分でなければならなかったと思ったことがない。思えない。
時にそう思えたような気がしても、かならず同じ場所に立ち戻ってしまう。
アレクシア
ただ。
アレクシア
「……そうかもしらんな」
アレクシア
それが求められた答えのような気がして。
シャルル
不完全な世の中に、絶対に必要なものなんてない。
画面の向こうで行われている行為はまさに『なくてもいい』けど『あったほうがいい』と『考えられた』もので。
シャルル
今ここで行っている問答もその一つだと思った。
知ってどうなる?それが本物だと確認する術もない。
シャルル
それは……
シャルル
彼女ではなく私が、確認するためのプロセス。
シャルル
あと少しだけ。
今少しだけ。
太陽を。光を。
シャルル
……感じさせてくれ。
シャルル
「アナタは強い。私が仕えるに、値する方です。ずっと。」
シャルル
脆くて、直ぐにでも壊してしまいそうで。
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
アナタはそう振舞える。
シャルル
でも……
シャルル
「それでも。」
シャルル
「甘えたいときは、甘えてくださいね。」
シャルル
壊れてしまわないように。
大事に。大事に。
シャルル
彼女はあの人とは違うのだから。
アレクシア
「……シャルル」
アレクシア
一瞬、何かを詫びようとした。
けれど、何を詫びればいいのかをはっきりと掴みかねて、だから。
ただ小さく、拳を握る。
アレクシア
わたしでなくてもいいのに。
アレクシア
逃した視線の先、画面の向こうで嬲られているのが、きっとあの男でなくとも良かったように。
結果が真逆の方向を向いていても、それでも。
アレクシア
「……やっぱりお前は、もう少し、自分のことの方を考えてろ」
シャルル
「甘えてほしいんですが。」
アレクシア
「……どうやって」
アレクシア
投げやりな声。
シャルル
「甘えたこと、ないんですか?」
アレクシア
「……………………」
シャルル
「仮眠でも取ります?」
アレクシア
「なんで」
シャルル
「添い寝とか……。」
アレクシア
「……お前、さっきの今でよくそういうことを言えるな」
シャルル
「いやぁ、せっかくですので。」
シャルル
「タイミングかなぁと。」
アレクシア
「……………………なんの」
シャルル
「なでなでして差し上げますよ?」
アレクシア
胡乱なものを見る目。
シャルル
「変なことはしませんってば。」
アレクシア
「……一人で寝てろ」
シャルル
「…………。」
シャルル
「そうですね。」
シャルル
「ふふ。」
アレクシア
「……何が面白いんだ、お前……」
シャルル
「いえ……なんでも。」
シャルル
少し目を伏せて、遠くを見るような目。
シャルル
考えている。
考えているさ、自分の事ばかり。
そう、自分の事ばかりだ。
シャルル
「…………何でもありませんよ。アレクシア。」
アレクシア
「……なら、そんな顔をするな」
アレクシア
「わたしがお前の頭を撫でるには」
アレクシア
「お前の図体はでかすぎる」
シャルル
「んふふふ。」
シャルル
口元に手をやって笑う。
シャルル
「優しいですねぇ、アナタは。」
アレクシア
「……お前よりはそうかもな」
アレクシア
かすかに笑った。

シャルル
疵の抉りあい。文字通り。
シャルル
そして舐めあい。
シャルル
どちらも奇襲を行えるような状態ではない。
シャルル
それぞれに仮眠をとるのはこちらも同じ。
シャルル
「…………。」
シャルル
シャルルの手足は見かけよりは軽いが骨より重い。
必然的に寝る時はうつ伏せか仰向け。
そして、直ぐには動けない仰向けをシャルルは好まない。
シャルル
顔をあげる。
シャルル
寝返りを打って、つけっぱなしのモニターに目を向けた。
アレクシア
「……おはよう」
アレクシア
足を組んだまま、モニターを見ていた視線をふと移す。
アレクシア
「まだ寝ていてもいいが」
アレクシア
「今、特に動きはない」
シャルル
「そう、ですか。」
シャルル
深い眠りに落ちていたらしい、眠たげな顔。
シャルル
身体を起こして眼鏡に手を伸ばす。
シャルル
「お早いお目覚めですね。」
アレクシア
「……かもな」
アレクシア
一週間と少し。
同じ部屋で寝起きして、寝起きの顔も見慣れてきたと言えば、そうかもしれない。
アレクシア
別段、自分の寝起きを見られたくない、というわけではない。
だが、なんとなく。
なんとなく、目が覚める。
シャルル
髪をひとまとめにして暫く、ぼんやりとして。
シャルル
「…………お茶でもいれましょうか?」
アレクシア
「……眠いなら、たまにはわたしがやってもいいが」
シャルル
「おや、いれていただけるのですか?」
アレクシア
「お前ほど上手くはないが」
アレクシア
立ち上がる。
アレクシア
帽子はテーブルに置き、杖は立て掛けて、その後ろ姿は、いつもよりどこか緩んだ空気をしている。
シャルル
「それは……楽しみですね。」
アレクシア
「期待はするなよ」
アレクシア
やがて湯の沸く音がする。
かすかに、陶器の触れ合う音と。
シャルル
現在、室内にはメイド以外入ってこれない。
シャルル
そういう『ルール』のはずだ。
シャルル
だから、今のうちに休んだ方がいい。
シャルル
しかし……少し、気が緩みすぎかもしれない。
アレクシア
「テーブルとそちらとどっちがいい」
シャルル
「行きますよ、テーブルまで。」
アレクシア
「そうか」
シャルル
「此方でもいいですが……お隣に?」
アレクシア
「寝ぼけてるのか」
シャルル
「んふふ、そうかもしれません。」
アレクシア
溜息。
テーブルの上にカップがふたつ並ぶ。
シャルル
足は刃物のついていない、普段使いのもの。
シャルル
ベッドを下りて、テーブルへと向かう。
シャルル
「……ゆっくりできるのはいいですね。」
シャルル
「この部屋の中は外よりもよほど、安全でしょう。」
アレクシア
「今だけは、な」
アレクシア
ポットからカップへ。
優しく湯気が立つ。
アレクシア
注ぎ終われば、なんということもない顔で席につく。
帽子はそのまま。
シャルル
椅子に座る。
昨日よりも踵分だけ背が低い。
シャルル
「主人の入れた紅茶とは、寝起きから贅沢ですね。」
アレクシア
「別に……お前がわたしの身の回りを構う必要はそんなにないだろ」
シャルル
カップを手に取り、口元へ。
シャルル
「美味しいですね。」
アレクシア
「それは重畳」
シャルル
「アレクシアには、立派に務めを果たしていただいておりますから……」
シャルル
「できる限りの事は、させてください。」
アレクシア
「……立派に、ね……」
アレクシア
ふとついた息に、手元のカップで湯気が揺れる。
アレクシア
「組織は頭だけで動かない」
アレクシア
「わたしは商会の顔かもしれないが、それだけだろ」
シャルル
「顔だけでもよかったんですよ、私は。」
シャルル
「でも、アナタはいろいろと……頑張ってくださいました。」
シャルル
「それだけなら、こんなところ一緒に来るものですか。」
アレクシア
「そんなことでついて来なくても、よかったんだぞ」
アレクシア
シャルルはおそらく、この世界でもそれなりに、それなり以上に、やっていけるだろう。
それはわかっていて。
アレクシア
頑張った。わからない。できることはした。
そうする以外には、アレクシアには何もない。
シャルル
「私も帰りたいですし。まあ、それをおいてもですね……」
シャルル
「どこの誰とも知れぬ方や、実力のない方……力はあっても協調性のない方なんかとはこれませんでしょう。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
かち、とカップを置く。
アレクシア
「……それは、そう、だろうが」
シャルル
「まあ……」
シャルル
「アナタとならば、と。」
アレクシア
「……お前は、本当に」
アレクシア
「そういうことばかり言う」
シャルル
「本心ですし。」
シャルル
カップの温かさは、唇に触れるまで分からない。
脆い陶器は持つのに気をつかう。
シャルル
「退屈しのぎにも、なりますしね。」
アレクシア
「刹那的なことを言うな」
シャルル
「商会の方も落ち着いて、私抜きでも回るようにはなりましたし……」
シャルル
「武器は何ともなりませんが。」
アレクシア
「……正直」
アレクシア
「やはり、お前は残してくるべきだったかと思わなくはない」
アレクシア
「いや……」
アレクシア
「もう遅いが」
シャルル
「おや、私ではご不満でしたか?」
アレクシア
「……そういうことじゃない」
アレクシア
「ただ……」
アレクシア
置いたカップの液面に目を落とし。
アレクシア
「……いや、本当にもう遅い。言っても仕方がない」
シャルル
「……言いませんでしたが。」
シャルル
「いたんですよ。我々が出る際、一緒に来たいという者も。詳細は話さず置いてきましたが。」
アレクシア
「…………」
シャルル
「アナタには私以外を選ぶ権利もあり、私にも譲る相手はいました。」
シャルル
「だから、別に使命感や付き合いで来たわけじゃありません。」
アレクシア
「それくらいはわたしにもわかる」
アレクシア
「付き合いで来ようとしていたら絶対につれては来なかった」
シャルル
「ではなぜ……」
シャルル
カップを置く。
シャルル
「そんな、寂しいことをいうんです?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「わたしは非力だ」
アレクシア
「お前はたぶん、そうではない」
アレクシア
「だからだ」
シャルル
「ふふ、そんなに変わらないと思いますよ。」
アレクシア
「救世主として、六ペンスにまつわる力はそうかもしれん」
アレクシア
「わかってるだろ」
シャルル
「まあ……場数で言ったらそうですね。」
シャルル
「14から戦場にいますし。」
シャルル
「でも、こちらに来てからはそう変わらないですよ。」
シャルル
「魔法……でしたっけ。ああいうのは苦手ですし。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
10ヶ月ほど前。
アレクシアは、そこで死ぬだろうなと思った。
アレクシア
堕落の国に来て三日で裁判に巻き込まれた。
たまたま隣にいた男が死んだから、それで終わった。
アレクシア
運が良かった。
ただそれだけ。
アレクシア
本当は今も、それだけなのかもしれないと思っている。
アレクシア
「……心の疵、か」
アレクシア
「わたしのようなのが戦えるのは」
アレクシア
「ありがたいと言えば、ありがたい」
シャルル
一方、シャルルといえば戦闘は慣れたもの。
此方に到着してすぐ、運のいいことに面倒見のいい『先輩』に出会ったのだ。
もっとも。その『先輩』は愚かにも寝込みを襲うという過ちを犯したが為に帰らぬ人となったのだが。
シャルル
「使いますか、銃。」
アレクシア
「今になって訓練をしている時間はないな」
アレクシア
「しておけばよかったかもしれん」
シャルル
「暴発したら危ないですしね。」
シャルル
「しかし、使えない……どころか、銃が何かも知らない方がそこそこいるのには驚きましたよ。おかげで脅しもききやしない。」
シャルル
「これだけでもどうです?」
シャルル
普段から手放さない、拳銃、と呼ばれる手軽な武器を取り出す。
シャルル
「安全装置を外して、相手に向けて、両手で支えて引き金を引くだけです。」
アレクシア
二秒黙り。
そして、受け取る。
アレクシア
「安全装置はどう外す」
シャルル
「此処を……こうですね。」
シャルル
同じ型の拳銃を抜いて、見せながら説明する。
アレクシア
それに倣う。
アレクシア
外し方、戻し方。
シャルル
「このタイプの弾は12発。自動装填ですので、連続で発砲できます。」
シャルル
「流石にここでは撃てませんが。」
シャルル
銃を置いて立ち上がり、アレクシアの後方へ。
シャルル
後ろから覆いかぶさるように、機械の手を添えて。
シャルル
「腕は伸ばして、視線は真っすぐ。左手はここに添えて……」
アレクシア
一切逆らわず、その手に従う。
ごく真面目に。
シャルル
横にまわって、銃の先端付近の角のような突起に触れる。
シャルル
「これと、これが合わさるように真っすぐ。標的に向けます。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
言われたことを反芻するような数秒。
そして頷く。
アレクシア
「わかった」
シャルル
「あとは、引き金を引けば……ばーん。です。」
シャルル
「ただし、反動、それから音に注意しなければなりません。」
シャルル
「手元で爆発が起きるわけですからね。これは比較的軽いものですが。」
アレクシア
「ああ」
アレクシア
短く答える。
シャルル
「慣れないうちは、連射は避けた方がいいでしょう。」
アレクシア
頷いた。
シャルル
「それは差し上げますよ。同じのを持ってきていますし……裁判ではもう少し強力なのを使いますので。」
シャルル
「手入れもしてあります。安全装置を忘れずに。」
アレクシア
もう一度頷き、一度立ち上がる。
腰から吊り、右の太腿に固定してあるツールバッグを取り外す。
バッグを開き、常には工具を固定するための場所に、安全装置をかけた拳銃の銃身を固定した。蓋を閉じる。
それから、再びツールバッグを腿に巻き直し。
アレクシア
一度。
アレクシア
蓋を開け、引き抜いて、構える。
確かめるように。
アレクシア
その動作は淀みない。元来、器用ではある。
シャルル
「んふふ。」
シャルル
「様になりますね。」
アレクシア
「……様だけではな」
シャルル
「撃ちます?」
アレクシア
「ここでか」
シャルル
「跳弾は怖いですが。……流石に怒られますかね。」
アレクシア
「怒られはしないだろうな」
アレクシア
「……ただ、まあ、今はいい」
アレクシア
「どうせ、練習になるほどは撃てない」
シャルル
「外しても、音はなりますから。」
シャルル
「まあ、護身用とはいかないかもしれませんが。」
アレクシア
「いや」
アレクシア
「……手段は多いほうが、いいだろう」
アレクシア
「音は、だいたいどんなものかわかる」
アレクシア
半年。近くにいたからだ。
シャルル
いつでも殺せる。
これで至近距離から頭を打ち抜けば。
シャルル
この狭い部屋で、絶望したときは。
自分でも相手でも、一撃で殺すことができる。
シャルル
「試し打ち、できればよかったんですけれどね。……では。」
シャルル
「12発です。」
シャルル
「忘れないでくださいね。」
アレクシア
「ああ」
アレクシア
「ものを数えるのは、苦手じゃない」
シャルル
もちろん予備の弾倉もあるのだが、交換はなれていないと焦る。
それに、弾は限られていた方が上手に使えるものだ。
シャルル
「設計図、描いておけばよかったですね。」
アレクシア
12発。
向ける相手の顔はまだ知らない。
知らない。
シャルル
叩く音。
叩く音。
暴力。
シャルル
「…………銃はいいですよ。」
シャルル
「頭を打ち抜けば、苦しいのは一瞬ですから。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
テーブルの上で紅茶が冷めていく。
アレクシア
命の数を数えるのは、好きではない。
だが、数えられないこともない。
アレクシア
こちらのものをあちらへ。
あちらのものをこちらへ。
アレクシア
そうしてきたのだから。
シャルル
「さて。」
シャルル
画面に目を向ける。
シャルル
「そろそろ、裁判の時間ですね。」
アレクシア
「……ああ」
アレクシア
何事か、切り替えるように。
置いたままだった帽子をかぶる。
シャルル
テーブルのカップを持ち上げて、口に運ぶ。
シャルル
中身を飲み干して。
シャルル
「お食事は如何します?お飲み物は?」
アレクシア
「食事は軽く。……お前の茶が飲みたい」
シャルル
「畏まりました。」
シャルル
自分の銃をホルスターに戻して湯を沸かしに向かう。
お茶を入れるのも慣れたものだ。
アレクシア
こちらも、銃をツールバッグへ。
アレクシア
シャルルの背を、見るともなく見。
そして再び、モニターに目を戻した。
シャルル
「直接ご覧になりますか?」
アレクシア
「……そうする」
アレクシア
まもなく真昼。
裁判が始まる。
シャルル
お茶をカップに注いで、ポットはそのままにおいて、ソーサーごと差し出す。
シャルル
「では、向かいましょうか。」
アレクシア
それを手に、バルコニーへ。
アレクシア
窓を開ければ、観客の沸く声。
シャルル
「盛り上がりそうですね。」
アレクシア
「だな。……派手好きもいることだし」
シャルル
「さて、どちらが勝つか……」
アレクシア
「言っておくが」
アレクシア
「賭けないからな」
シャルル
「わかってますよ。」
アレクシア
「ならばよろしい」
シャルル
「…………。」
シャルル
「見世物、ですねぇ。」
シャルル
「安全な場所で、殺し合いを見て……楽しんでいるのでしょうか。」
アレクシア
「……大半はそうだろうな」
シャルル
「悪趣味ですねぇ。」
アレクシア
「お前が言うか?」
シャルル
「自覚はありますから。」
アレクシア
「左様で……」
アレクシア
バルコニーの手摺にもたれかかる。
アレクシア
アレクシアとて。
そう遠くないうちに、あそこで戦う。
アレクシア
隣の男とともに。
シャルル
「…………アナタを。」
シャルル
「殺させはしませんよ。」
シャルル
広場を見下ろして。
アレクシア
ちら、とシャルルを見て。
アレクシア
「死ぬなよ」
シャルル
「ええ。仰せのままに。」
シャルル
アレクシアに、にこりと笑いかける。
アレクシア
「……頼むからな」
シャルル
「アナタもですよ、アレクシア。」

シャルル
裁判が始まる。
血と暴力で満たされた茶会を経て。
シャルル
「…………。」
シャルル
視線が子夏の動きを追う。
シャルル
「……なるほど。面白い動きをしますね。」
アレクシア
「器用だな」
アレクシア
「ゴリ押しなら派手好きのほうに分がありそうだが」
シャルル
「あちらは分が悪いですね。パートナーとの相性もありますが。」
アレクシア
「あれのあとに並んで戦えるだけ十分だと思わなくもないが……」
シャルル
「ええ。命がけですからね……つまり。」
シャルル
「そこに立っているということは、死ぬつもりはないという事ですし。」
アレクシア
「そうだな」
アレクシア
「死ぬ気のやつはいないだろうよ」
シャルル
「ああ……今のは深いですね。」
アレクシア
深々と刺さる。
あれは内臓まで入ったとわかる。
アレクシア
「恨み骨髄という顔だな……無理もないが」
シャルル
「強いですねぇ……戦い慣れているというべきか。」
シャルル
「普通は鈍るものですよ。」
アレクシア
「戦意が喪失するタイプ、ではなかったようだ」
シャルル
「最後のがきいたかもしれませんね。」
シャルル
「心に。」
アレクシア
「疵」
アレクシア
「他人には、本当にはわからないからな……」
アレクシア
ナイフの刺さったまま踏み込む姿。
シャルル
「…………いいですね。」
シャルル
口元には笑み。
シャルル
「わかりませんよ、まだ。戦意は失っていない。」
アレクシア
ここに至れば、顔を顰めたりはしない。
アレクシア
「お互い頭に血も上ってるようだしな」
シャルル
「酷いお茶会でしたからね。」
アレクシア
「外ではなかなか見ないからな、あれは」
アレクシア
「閉鎖空間で、あの封筒があって」
アレクシア
「……そもそもこの国であれだけ負傷すると、それだけで死にかねん」
アレクシア
基本的に、この国での治療は心もとない。
シャルル
「儀式……本当に。普段通りでは何ともならない。」
シャルル
「殺すのも、守るのも、逃げるのも。」
シャルル
「…………怪我はしたくないものですね。」
シャルル
「人部分が半分以下になってしまいます。」
アレクシア
「恐ろしいことを言うのはやめろ、馬鹿者」
シャルル
「んふふ。」
シャルル
「此処じゃ交換するのも一苦労ですしね。」
アレクシア
「お前の胴に関してはわたしはどうしようもないぞ」
アレクシア
「わたしに整備の手伝い以上を期待するなと常々そう言ってるだろ」
シャルル
「ええ。わかっておりますよ。」
シャルル
「守るための手足ですし。」
アレクシア
「……お前の手足が、普通のものよりかなり無理を利かせられるのはわかっているが」
アレクシア
「わたしは正直、それでも肝が冷える」
シャルル
「大丈夫ですよ。」
シャルル
「痛みもないですし。」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「……痛まないから良いというわけで、は、」
アレクシア
言いかけて。
アレクシア
「……速いな」
アレクシア
倒れていく一人。
シャルル
「長引けば不利ですからね。」
アレクシア
「黒髪の方は、真っ向からの殴り合いに向くようにも見えんしな……」
シャルル
「どこまで……あがくか。」
シャルル
「しかし……」
アレクシア
「……もつかな」
シャルル
男を見ている。小さくなっているような。
シャルル
「…………もう少しやると思ったんですが、過大評価でしたかねぇ。」
アレクシア
「……わからん」
アレクシア
「茶会の始めと終わりで、救世主の戦力はかなり上下するからな……」
シャルル
「……制止がないということは、まだ死んではいないのでしょう。」
シャルル
「彼は…………。」
アレクシア
遠目に。
うつむいた男のさま。
シャルル
「んふふふふ…………。」
シャルル
ああ、久しく見る。その顔だ。
シャルル
隣の兵士を撃ち殺された人間の顔。
アレクシア
そうした姿を、アレクシアも、見たことがないわけではない。
裁判はそういう場だ。
シャルル
「酷いことをしますねぇ。」
シャルル
こうして、わざわざ時間を取ることが。
シャルル
恐怖を、迷いを増幅させるとわかっているだろうに。
シャルル
「でも…………今回は。」
シャルル
「自業自得のような気もしますが。」
アレクシア
「……自業自得、な」
アレクシア
「さほど好きな言葉じゃないな」
アレクシア
「まあ、言いたいことはわかるが」
シャルル
「『パンを奪ったら胃袋を隠せ』。」
シャルル
「隠せないなら奪うなってことです。」
アレクシア
「良きにつけ悪しきにつけ、やりたいことを通すには力がいる……」
アレクシア
「足りなければそれまでだ」
アレクシア
「…………」
シャルル
「…………。」
シャルル
「ふふ…………どうして。」
シャルル
「みんな、自分勝手なんでしょうね。」
シャルル
「……というより。」
シャルル
「他人に、期待するなんて……。」
アレクシア
「さあな」
アレクシア
「歯車をひとつ外せば、すべてが動かなくなるように」
アレクシア
「私欲を外せば、生きてはいけない」
アレクシア
「期待をするのも」
アレクシア
「期待に応えたいというのも……」
シャルル
「…………。」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「なんだ」
シャルル
機械の拳が握りこまれる。
無意識に動かしてしまうのは、生身のそれと変わらない。
ただ、力加減ができないだけだ。
シャルル
そこから先の言葉が出てこない。
シャルル
口を開こうとして、しかしできずに視線を中庭へと向けている。
アレクシア
「…………」
アレクシア
特に先を促さない。
こちらも、中庭を見下ろしたまま。
シャルル
「…………アナタは。アナタには……。」
シャルル
「期待、しますよ。して……しまっていますね。」
シャルル
「あはは……」
シャルル
「はぁ…………他人ごとじゃねーな……。」
シャルル
呟くように。ため息。
アレクシア
その溜息に、ちら、とだけ視線を上げる。
アレクシア
ただ、言葉はなく。
シャルル
手摺に腕組をして冷たい腕に顎を乗せる。
シャルル
「…………死ぬんですかね。」
シャルル
視線の先には男。
シャルル
「彼は」
アレクシア
「…………」
アレクシア
男よりはむしろ、シャルルを見て。
アレクシア
「……お前なら、どうする」
シャルル
「…………そうですね。」
シャルル
考える。あそこにいるのが彼女なら、どうする。自分なら。
シャルル
「そもそも……。」
シャルル
「近づこうとした時点で、撃ってますね。」
シャルル
「死なないって言いましたし、少なくとも……自死はないかと。」
アレクシア
「シャルル」
アレクシア
「お前は選んでもいいよ」
アレクシア
「何を選んでもいい」
シャルル
「…………一瞬。」
シャルル
「怖いと思ってしまいました。アナタが、あそこにいることを。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「あはは…………。」
アレクシア
手摺の上、組まれた腕。そこに乗った頭。
そこにふと手を乗せる。
アレクシア
「…………」
アレクシア
ただ、ひと撫で。
シャルル
「人間ですねぇ……。」
シャルル
普段なら、にやけよう光景を。
シャルル
静かに見ている。
シャルル
遠くからでもわかる、致死量の出血。
シャルル
川のように流れていく。
アレクシア
声もなく倒れていく身体が。
アレクシア
死を確かめられて――
アレクシア
閉廷が告げられる。
シャルル
とても……
シャルル
歓声を、拍手を。
捧げられる気持ちではなかった。
シャルル
「…………アレクシア。」
シャルル
隣を見る。
アレクシア
「……うん」
シャルル
「見届けましょう。」
シャルル
腰を伸ばして、姿勢をただす。
アレクシア
答えずに、ただ、静かに。
勝敗の決した中庭の、その血溜まりの中で。
もう一人が、やはり死んでいくのを見ている。
シャルル
「…………。」
アレクシア
そして、メイドの悲鳴。
儀式の、その一組が終わる。
アレクシアの横顔は、どこか透明だ。
シャルル
「…………………………。」
シャルル
思ったことは口に出さずに。
シャルル
「……紅茶、いれなおしますか。」
シャルル
にこりと、普段の調子で微笑んで。
アレクシア
「ああ」
アレクシア
答える声は、いつもの通り。
シャルルの傍らを、先んじて室内に戻っていく。
シャルル
中庭に背を向けアレクシアに続く。
すぐに、次のお茶会の準備が行われるだろう。
シャルル
それが……
二人で始めた、儀式なのだから。