シャルル
メイドの声が響く。
次いで、『救世主』たちがやってくる。
シャルル
入ってくるのは2人の女性で、なるほど、女王というのも納得の風格だ。
シャルル
後方に控えた首なしの死体が視界に入ると、アレクシアへと目を向ける。
アレクシア
一瞬。その目に怯えが走る。
だがそれは引き結んだくちびるにぐっと押し殺されて、視線は逸らさない。
シャルル
末路。つまり……あれは、おそらく『救世主』。
それに……あの服装には見覚えがある。
シャルル
メイドだ。自分たちの世話をしてくれるメイドと同じ服。
シャルル
『この世界では出身に御伽噺を持つ者が力を持ちやすい』
アレクシア
言葉はなかった。くちびるを開けば、何かが崩れる気がして。
だから、ただ小さく頷く。
アレクシア
よく似た面差しの二人。
女王と鏡は口上で区別がついたが、こちらは、どちらがどちらか、今のところよくわからない。
シャルル
「コンディションは良くないみたいだな。」
アレクシア
一人の周囲には雪が降っている。
咳。くしゃみ。やや赤らんだ頬。風邪、のように見える。
アレクシア
彼、あるいは彼らが何をして、アレクシアたちはどうやって記憶を失ったのか。
それは、今、わかりはしない。
アレクシア
まだ、アレクシアから、言葉はなかった。
シャルル
互いに交わされる会話の中に見て取れる『死』という単語。
改めて、この試合に賭けられたものの大きさを理解する。
シャルル
自分たちが生かされている事がイレギュラーなのだろう。
アレクシア
中庭だけを見ていたアレクシアの肩がびくんと跳ねた。
それから、シャルルを見上げる。
シャルル
膝を曲げ椅子の隣にしゃがんで、今度は見上げるように。
アレクシア
その言葉に、拳を握る。
それから頷いた。
シャルル
握られた小さな拳を包むようにして、上から触れ。
アレクシア
こちらの表情は硬い。けれど、わずかにだけ、緩む。
シャルル
それは、単なるいち評価に過ぎないのではないだろうか。
アレクシア
りんごの一番美味しい食べ方。ゆで卵の茹で時間。
アレクシア
馬鹿馬鹿しいような問いと、それに返る答え。
アレクシア
それが真実だというなら、それ以外は偽りなのだろうか。
アレクシア
りんごは好きなように食べればよいし、ゆで卵だってそうだろう。
アレクシア
そもそも、立って歩くものは、どうなのだろう。
アレクシア
鏡。意思を持てば、主観というものが、どうしたって存在してしまうような気がするが。
アレクシア
『鏡は残念ながら、女王様の所有物ですので』……。
シャルル
「さあな。でも、本人が言ってるんだからそうなんじゃないか?」
アレクシア
それこそ、真実はわからない。少なくともこの場では。
アレクシア
そして、鎖をつけた男が、もう片方を「トイトロール」と呼んだ。
アレクシア
「……雪、……の、ほうが、……トイトロール……」
シャルル
その、抜けた部分は今、どこにあるのだろう。
シャルル
見ている限り、そんなに強そうではないが……
ふたりは彼らに負け、消えた。
アレクシア
なにかしらが、二人のところへ返ってくるのか。
それとも、永遠に失われるのか。
シャルル
もし記憶が戻ったとして、今、こうして。
積み上げている記憶はどうなるんだろう。
アレクシア
思い出したら。
その後に何を尋ねればいいのか、途中で見失ってしまう。
シャルル
「少なくとも、アンタを殺したり……死んだりはしないんじゃないかな。」
シャルル
恋人に見えた、と言われたのを思い出した。
アレクシア
救世主たちの去っていく中庭を見ながら、深く息をつく。
シャルル
「まあ……別に、俺は困ってないからいいけど。」
アレクシア
アレクシアもまた、ゆっくりと立ち上がる。
アレクシア
例えば。もしも。もしも、自分一人が思い出したとして。
アレクシア
そのとき、自分は……『アレクシア』は、何を思うだろう。
アレクシア
シャルルは、『シャルル』のことをさほど気にしていない。
アレクシア
けれど、『アレクシア』は、今のシャルルに。何を。
シャルル
椅子を元の場所、テーブルのそばまで運ぶ。
何というか、不思議な場だと思う。
真実で買えるもの……安心だろうか。
安心ってなんだ。俺にはよくわからない。
シャルル
そこまで映る歩いたばかりの廊下がそれを実感させる。
シャルル
「あ。もし戻る可能性があるんだったら……髪切ったの、まずかったかな。」
アレクシア
その言葉に、シャルルの短くなった髪を見る。
シャルル
「結構長かったし。伸ばしてたんだろ、たぶん。」
アレクシア
「かなり、ざっくり、切ったもんね……」
シャルル
「だって邪魔だったからさ……乾かすのも面倒だし。」
アレクシア
それは、そうかもしれない。シャルルの性格からして。
アレクシア
性格。
数日でわかった気になるのはどうかとも思うが、シャルルは割合に短気だ。
アレクシア
自分の長い髪の先に、なんとなく、触れてみる。
アレクシア
自分も、切ってしまおうか。
そうしたら、何かに諦めがつくのかもしれない。
シャルル
「あと、俺目が悪いらしいから。髪が被ると余計見えなくってさ。」
アレクシア
確かに、最初の日ほどきつい目をすることはあまりなくなった。
アレクシア
「……わたしも、……切ったら、なんか……」
アレクシア
口にしたくせに、最後まで言ってしまうのに躊躇った。
シャルル
画面の向こうで、よく似た顔の二人が話している。
シャルル
個人がわからなくなることは、ない気がして。
シャルル
「切りたいなら、切ってもいいとは思うけど。」
シャルル
「俺にとってのアレクシアは、アンタだけだから。」
アレクシア
そういうことが言いたかったわけではない。
アレクシア
「可愛いとか、……そういうことじゃなくて」
シャルル
「…………つくかつかないかで言ったら。」
シャルル
「別に、俺はつかなくてもいいと思うけどな。」
シャルル
「取られたものを取り返したいって、別に普通の事だと思うし。」
シャルル
「…………まあ、不安なんだろうと、思うけど。」
アレクシア
髪に触れていた手で、ようやく接きはじめた胸の傷の上を押さえる。
シャルル
「それを……どうにかするとは言えないな、俺には。できるかわかんないし。」
アレクシア
「あなたに、どうにかしてって、……そんなこと言うつもりは、ないから」
シャルル
「まあ、でも……そういうとこだと思うがね。不安って。」
シャルル
「……別に。信用しろとは言わないけどさ。」
アレクシア
「……怖くて、たまらなかったと、思う……」
アレクシア
最初は、シャルルのことも怖かった。
今も、怖くないとは言えない。
アレクシア
一人では、たぶん。何ひとつ、動けなかっただろう。
シャルル
「俺もその方が楽だし。甘えるのと、我が儘って違うだろ。」
シャルル
モニターの向こう、隣の部屋では我が儘をいって、相手に甘えているようだが。
シャルル
「痛いときは痛いって言っていいし、嫌な時は嫌って言えばいいし。」
シャルル
「怖い時は、目をそらしてもいい。逃げ出してもいい、でも。」
シャルル
「だから、助けてって言われたら、俺は……」
シャルル
「俺は、できるかどうかわからないけど。」
アレクシア
黙った。
そして胸の内で、難しいことだ、と思った。
アレクシア
アレクシアには、そこまで言ってもらえる理由がわからない。
シャルル
「今、俺の見える世界にあるのはアンタだけだから。」
アレクシア
それから、少しだけ困ったような目で、シャルルの目を、じっと見る。
アレクシア
数秒。シャルルの目を見た後、視線が落ちる。
シャルル
最初はこうじゃなかった。
嫌われてもいいと思ってたし、気にしなかった。
それは甘えでもあったと思うし、好きにできる方がいいと思った。
シャルル
だが、ひとりきりになって気が付いた。
世界にひとりしかいなければ、そこに価値は発生しない。
紙屑も金塊もただモノとしてそこにあるだけ。
アレクシア
怖かった、と。
素直に言っていいものかどうか迷った。
今も、優しくされることがむしろ怖い。
そう思ってしまう自分がいる。
アレクシア
優しくされて、甘えて、それが裏切られることが怖い。
アレクシア
それは裏返せば、アレクシアがシャルルを嫌いきれてはいないということなのかもしれないが。
シャルル
水晶だと思って触れたものが、張力で形を保っていた水だったような。
アレクシア
黙ったシャルルに、ゆっくりと視線を戻す。
アレクシア
それ以上、言葉にならない。
何を言っていいのか、わからない。
シャルル
「『ジョージィ・ポージィ プリンにパイ 女の子には キスしてポイ』」
シャルル
「…………俺、自分の事しか考えてなかった。」
アレクシア
その、謝罪の言葉に。
小さく、息を呑む音。
アレクシア
「わたし、そう言って、もういいって、言って……だから、」
アレクシア
そして、行く先を見失ったように、途切れる。
アレクシア
「……たとえば、咲さんも、マキナさんも、」
アレクシア
「……二人とも、わたしにはどうしようもないところで、……」
アレクシア
「……本当に、そうなるかは、わからないけど」
アレクシア
「あなただけが、……最後まで、たぶん、わたしと同じだけ、生きてて、くれる」
アレクシア
先ほどよりはいくらかましになった、それでも細切れの言葉たち。
アレクシア
「それでも……少しの間だけ、だろうけど」
アレクシア
それでも、一緒にいられるのはシャルルだけだ。
シャルル
『期待に応える事』『課せられたこと』『信ずるに値するもの』。
シャルル
結果なんて、それこそ死ぬまで分からない。
アレクシア
一緒にいたい。シャルルがそう言ったのは、たぶん、初めてだ。
アレクシア
「……たぶん、本当に、何もできなくて」
アレクシア
「……、……ほんとうに、一緒にいる、だけしかできない、……きっと」
アレクシア
けれど、確かに、アレクシアがしたことではある。
シャルル
「何もできなく、ないよ。できなくても、いいけどさ。」
アレクシア
一度。ぐっとくちびるを引き結ぶ。
そうでなければ、今、何故か、涙がこぼれてしまうような気がした。
アレクシア
「わたし、……たぶん、あなたが甘えられるほど、頼りには、ならないと思うけど」
シャルル
「…………嬉しいけど。頑張りすぎるなよ。」
シャルル
扉の向こうを、女王と首なしの供が横切る。
シャルル
表情に、言葉に、心に。
過去は絡みつき捕らえようとする。
シャルル
一日くらいは持つ程度の軽食。
パンとか、パウンドケーキとか。
保存食みたいなものもあるし、スープもある。
動きのない間にそんなものを軽くとったりして。
シャルル
小さな礼拝堂に、呼び出される男。
呼び出されるという事は、つまり……何らかの駆け引きがあるという事だ。
シャルル
小さな流しで洗い物をして、食器を重ねる。
水とかは大丈夫らしい。
シャルル
モニターを見て、水の注がれたグラスをふたつ、テーブルへ。
シャルル
「…………なんだ、誰も待ってないじゃん。」
アレクシア
モニターを見ている。
ティモフェイの手に、虹の色が集っていくのを見る。
それに暗闇が照らされるのを。
シャルル
それははっきりと映っている。
このモニターが幻影やなんかを映すなら別だが
アレクシア
モニターから、一時だけ目を離して薬を手に取る。
シャルル
「参加者じゃないとおもうけど……何だろう。」
シャルル
入場からここまで、興味の薄そうだった男の目が。
アレクシア
「……見ず知らず、には……見えない、けど」
アレクシア
なんらかの儀式を、かつて、破綻させたのだと。
昼間の彼は、そう言っていて。
アレクシア
それを。……今、あの場に立っている、彼女を。
アレクシア
それが、どういうものなのかは、わからずとも。
アレクシア
凍りついたような。それでも、何かが渦巻いているような、彼の姿。
シャルル
明らかに様子がおかしい。
ペースが乱されている。
アレクシア
どうしようもなく。それは、おそらくは。
変えられないものへの、言い訳じみて。
シャルル
もし、『アレクシア』が本当に……
『シャルル』の恋人だったのだとしたら。
シャルル
彼は選んだのか。
彼女を。
この……儀式のパートナーに。
アレクシア
ふと発された言葉に、ぱちんと瞬いてシャルルを見る。
シャルル
「死んだのわかってるところに、またアレクシアが来たらさ。」
シャルル
俺だったら、殺しちゃうかもしれないけど。
アレクシア
今、シャルルが死んで。そして、目の前にもう一度、現れたら。
アレクシア
自分なら、どうするだろう。
何を思うだろう。
アレクシア
シャルルが、ああして。
アレクシアの首を絞めるなら。
アレクシア
「…………どうして選ばなかったの、……か……」
シャルル
「言われるようなことは……しないつもりだけど。」
シャルル
「アレクシアだけが死ぬって事はないと思う。」
シャルル
「選ばなくてもいいよ。アンタが自分を選んでくれた方が……嬉しい。」
アレクシア
選べるのなら、アレクシアは、シャルルを選ぶだろう。
アレクシア
分かたれる二人を画面に見ながら、静かに、自分の呼吸を数える。
シャルル
俺じゃない方がよかったかって。
他に、選択肢があるのなら。
シャルル
それこそ、咲とかマキナの方がよかったに決まってる。
シャルル
どうやら『シャルル』は一晩くらいなら寝なくても問題ないらしい。
アレクシア
痛み止めはある。効いてもいる。
それでも、痛みのすべてが失われるわけでもない。
半ば気絶するように眠りに落ちて、戻ってくるのが難しい。
シャルル
過去の事が何もわからない。
別に、わからなくていい。
だけど、今の自分のことくらいはわかっておいた方がいい。
シャルル
乾かすのが楽になった筈の髪も濡れたまま、適当に服を着て戻ってくれば、モニターに4人の救世主が映っている。
アレクシア
ありがとう、という前に、いつも、少し詰まる。
アレクシア
つい、ごめんなさい、と言いそうになる。
シャルル
昨日より少しだけ濃くなった温かなスープ。
そして、軽くトーストされたパン。
シャルル
それらを運ぶのにも、だいぶ慣れたものだ。
シャルル
「なんか、さっきティモフェイってやつが鏡に聞いててさ。」
シャルル
「それで、ほら。聞きたくなかったんじゃないの?あの……女王様。」
シャルル
自分で言っておいて、すこし、昨晩の事を思い出してむっとなった。
アレクシア
答えながら、視線は手元とモニターを往復する。
アレクシア
だからどう、というのはよくわからなかった。
シャルル
バターに生クリームを加えて泡だて器で混ぜる。
シャルル
声を聞いてはいるが、画面を見てはいない。
アレクシア
どう答えていいかわからなかったので、何も言わず。
スプーンを手にしてスープに取り掛かった。
シャルル
小さな器に盛ったホイップバターをテーブルへ。
アレクシア
時たま痛みのせいか手が止まるものの、アレクシアの所作は基本的に丁寧で美しい。
アレクシア
「……メイドさんも、綺麗ね。……親切だし」
シャルル
「いろいろ教えてくれるし、料理は美味いし……」
シャルル
適当にパンを割りながら、アレクシアを見て。
アレクシア
聞きながら、珍しくくすくすと笑っている。
アレクシア
「そういうの、……なんだか、少し、息が抜けるような気がして」
アレクシア
よくわからないものを、ゆっくりと、辿るような言葉。
シャルル
「いや、俺あんまりじっとしてるの得意じゃないっぽいからさ。」
シャルル
「話してたり、こうやって何かしてる方が楽しいのかも。」
アレクシア
言っておいて。自分に同じような言葉が戻ってくると、戸惑う。
シャルル
「それに……アレクシアって手先が器用だし、スコーンもおいしく焼けるし……」
シャルル
「ごめん、別にからかってるとかじゃなくて……ただ、そう思ったからさ。」
シャルル
そのまま、少し落ち着かせるように。
気をそらせるように。
バターをのせたパンを口に運んで。
アレクシア
少しだけ間を置いて、アレクシアもシャルルに突き出した手のひらを引き戻す。
溜息。
アレクシア
画面の向こうでは、温室の4人が物別れに終わっていく。
シャルル
スープもパンもメイドが用意したもので、味は申し分ない。
シャルル
その顔を見るたびに『所有物』という言葉がちらつく。
シャルル
本当に首輪がついているのはどちらだろう。
アレクシア
一度部屋に戻った二人が、再び廊下へ出る。
アレクシア
中庭へ向かっていることを、途中で悟った。
アレクシア
「……『裁判』は、……昼から、だった、よね」
シャルル
「そのはずだな。」
スープに浸したパンを食べながら。
アレクシア
昨夜と同じ問いが、別のくちびるから投げかけられている。
シャルル
「悪いのってほんとにアイツなのかな……。」
アレクシア
少し。モニターから目を離して、シャルルを見る。
シャルル
「昨日の女も、アイツも……責めるような事を言ってる気がするけど。」
アレクシア
「本当に悪いかどうかは、きっと、……もう、関係ないんじゃ、ないかな……」
アレクシア
「誰かが悪いってことに、しておかないと」
シャルル
自分にはよくわからないのだろう。
耐えられるとか、耐えられないとか。
アレクシア
『マルタを殺した』
『それで、人々が、救われる』
『正しいと、マルタは、笑った!』
アレクシア
声が。おそらくは、きっと。彼が、本当は誰にも聞かせたくはない言葉が。
アレクシア
それでシャルルが救われるなら、それが正しいと、そう、思う。
思ってしまうような、気がする。
シャルル
そう。真実も間違いも主観でしかない。そんな気がする。
シャルル
「間違いだって思ったら、たぶん辛いだろうな。全部……自分の事。否定するのは。」
アレクシア
その応えが真実かどうかは、わからない。
アレクシア
ぱち、と瞬いて。
今度は、ふ、と笑み崩れる。
シャルル
行儀がいいとは言えないが、スープの器を両手で口元に運んだ。
アレクシア
別段、それを気にはしない。
ただ、首を傾げる。
アレクシア
今は、別に。それでもいいか、と思った。
シャルル
今度教わろうか。
いつ作るのって話なんだが。
シャルル
食べ終わってしまえば、先に席を立つことはなく。
アレクシアの食べるのを見る。
アレクシア
アレクシアもさほど間を置かずに、食事を終える。
アレクシア
机に置いたままの痛み止めを手に取った。
シャルル
席をたつと空になった食器を重ねて流しへ。
代わりに水の入ったデカンタとグラス……。
シャルル
パリンと音を立てて、バルコニーに通じる扉のガラスが割れる。
シャルル
音を遮るものがなくなれば、その音は大きく。
アレクシア
悲鳴にはならなかったけれど、はっきりと息を呑む。
シャルル
小さく声をあげたものの、そう驚くことはなく。
シャルル
破片は部屋の向こう側へと落ちたようだ。
外からの攻撃ではなく、ガラスそのものに対する干渉。
シャルル
とはいえ、まったく落ちていないわけではない。
シャルル
頭上に欠片が残っていないことを確認して、バルコニーに出る。
シャルル
その様子はモニターにも映っているだろうが。
シャルル
実際に見下ろす光景は、やはり実感を伴う。
シャルル
ざっと下を確認してから残っている破片を落として
アレクシア
「片付け終わったら、そっちに、行くから……」
アレクシア
歓声が聞こえ始める。
彼らの『裁判』を待ち望んでいた観客たちの声が。
シャルル
自分の座っていた椅子を、先にバルコニーにおいて。
アレクシア
不安にこわばった顔。それでも、無理矢理に笑う。小さく。
シャルル
ざらりとガラスが避けられた床を、バルコニーまでエスコート。
シャルル
相手を倒すために凶器をぶつけ合う、試合だ。
アレクシア
血の気のない顔。
小さくくちびるを噛んで、聞こえる歓声にかすかに震え。
アレクシア
それでも、中庭の四人からは目を逸らさない。
シャルル
直接触れているわけではないけれど、きっと。
アレクシア
その、冷たい手に。
わずか、縋るように。
アレクシア
それでも、布はいらないと言ったとおりに。
シャルル
ガラスの破片が光を反射して、舞台を彩る。
アレクシア
裏を返せば、それは。
自分には罪があると、きっと、そういうことなのだろう。
シャルル
この儀式を発動したのは、果たして罪だろうか。
シャルル
「……っていうのも、やっぱりさ。主観だよな。」
アレクシア
今のアレクシアには、『アレクシア』がどこでどんなことをしていたのか、何を思い、どんな環境で生きてきたのか。
なにもわからない。
アレクシア
そう思う、あるいは思ってしまう、自分を感じている。
アレクシア
たぶん。アレクシアには罪がある。
自分が、そう思う以上は。
アレクシア
シャルルの笑みを、今は見なかった。
ただ、中庭を見ている。
シャルル
アレクシアは、どんな思いを抱くのだろうか。
アレクシア
『無垢な信頼だ』
『だが』
『わたしも信じているのでね』。
シャルル
今、隣にいるアレクシアからは想像できない、堂々とした佇まい。
シャルル
あれが、『アレクシア』。
儀式を発動させた女。
アレクシア
信じている。何を?
あの『アレクシア』は、何を、信じて。
シャルル
互いをに声を掛け合う、想いのぶつかり合い。
シャルル
俺も、いや。『シャルル』もあの場に立っていたんだ。
アレクシア
浅く細い息が繰り返される。
手のひらが、指が、まっしろになるほど強く、シャルルの手を握っている。
アレクシア
『どうにかしてって言ってくれたら』。
『助けてって言われたら』。
アレクシア
言ってしまいたい。
傍らのシャルルに、縋ってしまいたい。
アレクシア
ただ、触れた手だけが。
縋りたいその気持ちを、溢している。
シャルル
『救うこととは、選ぶこと』
『選ぶこととは、捨てること』
アレクシア
血と雪の舞う戦いそれ自体も、そこにある狂気も。
アレクシア
そして何よりも、雪の中にいた『アレクシア』が。
シャルル
『心なんてないと思っていた』
『こんなところに、落ちてきちまったのが運のつきよ』
『死に恐怖はない』
シャルル
『思っていた』ってなんだよ。
『ただ』ってなんだよ。
アレクシア
ほとんど、息が止まったような。
顔色は蒼白。
アレクシア
その後に続く言葉はわからない。けれど。
アレクシア
『アレクシア』と居たことを、悔いていただろうか。
アレクシア
シャルルの名前すら呼べなかった。
たとえ助けを求めたくても、声は出ない。
シャルル
あの2人に、負けたんだ。
『シャルル』と『アレクシア』は。
でも、ああやって……共に戦った。きっと。
何のために?
シャルル
――しかし、そこに。
『シャルル』が刻みたかったものはなかった。
シャルル
ここにいる、ただ、それを確かめるように。
アレクシア
びく、と震える。
シャルルの頬の、その温度に。
アレクシア
その頬に。
金属の手のひらではわからなかったであろう、震えが伝わる。
アレクシア
答えなければと思えば思うほど、言葉にならなくて。
アレクシア
それこそ。
壊れてしまいそうな気持ちがして。
シャルル
横から、肩を引き寄せるようにして、抱きしめた。
アレクシア
抱き返すことも、強く引くこともない。
ただ、ほんの小さく。
シャルル
ここにいる。
それだけ……いや『彼女』が『彼女』であるからこそ。
アレクシア
シャルルの胸に額を付けたまま、うつむいて、かすかにだけ、首を振る。
アレクシア
その感触に。
胸に寄せた額が、ぎゅっと、さらに強く、押し付けられる。
シャルル
撫でている。ここにいるよと、示すように。
アレクシア
そうして、確かに示される。
そこにいること。そこにいてくれること。
アレクシア
どこか怯えたようにも見える瞳で、シャルルを仰ぐ。
シャルル
それでも、座っているアレクシアには十分な高さで。
シャルル
『ジョージィ・ポージィ プリンにパイ 女の子には キスしてポイ』
シャルル
捨てたりしない。ずっと一緒だ。
ここに、ずっといる。死ぬまで。
消えてなくなるまで。
いらないって言われるまで。
シャルル
『心』があるなら。
『愛』があるなら。
これが、そうだといいなと、思った。
シャルル
合わせた額から伝わる温度。
これが、生きているということ。
俺もアンタも生きている。
シャルル
ボロボロになりながら、舞台の上で『救世主』が躍る。
シャルル
『シャルル』も『アレクシア』も好きにすればいい。
勝手に使えばいい。
アレクシア
「もしかしたら、ここで、死んでしまうまで」
アレクシア
「同じように、言えないかも、……しれない」
シャルル
「全部、全部。何しても。何を言っても。言わなくても。」
アレクシア
『罪人だよ』
『ほんとうなら、あの日に俺は処刑されていた』
『救えなかった罪を問われて、殺されていたはずなんだ』
アレクシア
アレクシアは。
『アレクシア』と『シャルル』は、この儀式に敗北して、ほんとうは死んでいた。
そのはずだった。
アレクシア
『アレクシア』も、『シャルル』も。
互いを救えなかったのかもしれない。
アレクシア
二人が何を考えていたのか、わからない。
アレクシア
もしかしたら、二人でいた事を悔いていたかもしれない。
アレクシア
それでも、今。
ここにいる、アレクシアとシャルルは。
アレクシア
「シャルルは……もっと、自分のこと、考えても、いいよ」
シャルル
「アンタがここにいてくれることが。俺の……望みだから。」
アレクシア
続く言葉はない。ただ、ほんのかすかな微笑。
アレクシア
『わたしは君の過去を知らん』
『だからわたしは、きみの行いできみを判ずる』
『わたしにできることはそれだけで』
『わたしもまた、きみがそうするのを妨げない』
アレクシア
今、二人には、この部屋での過去しかなくて。
シャルル
ここしか知らない。今しか知らない。
アレクシアと、メイドと、ほんの小さな世界しか知らない。
お茶会と、裁判とがあって。
『救世主』がいて。それしかわからない。
シャルル
でなければ、こんなに。こんなにも……
傷つけることを恐れる事なんて、なかっただろう。
シャルル
『こんなところに、落ちてきちまったのが運のつきよ』
アレクシア
ためらいがちな手のひらが。
そっと、シャルルの背に触れる。
シャルル
たとえそれが、あと僅かな時間だとしても。
シャルル
判決が下される。
見ていようとも、見ていなくとも。
シャルル
冷たい空気の中で、アレクシアの体温を感じる。
アレクシア
深く。深く、息をする。
冷たい空気を吸って、吐く。
シャルル
それは、選択を仰ぐ問い。
見届けるのか、あるいは……
シャルル
砕け散る鏡。崩れ落ちた女王。
寄り添うふたり。
シャルル
共にやって来た者。
ここに至るまでに、何があったのか……知る由もないが。
お茶会の。裁判の。最後の。
アレクシア
再び引き結んだくちびるは、やはり少し、青褪めて。
シャルル
しっかりと手を握ったまま。
真っすぐに……妄執の成れの果てを見据える。
アレクシア
妄執の紫炎が散っていく。
自らをも焼くようだったそれが。
シャルル
誰かが死んだ時、どうすればいいんだろう。
アレクシア
けれどそれは確かに、つい先刻まで生きていたものたち。
シャルル
気の利いたことはいえない。
彼は彼ではない。
アレクシア
本当なら、きっと、どこにもいなかったはずの二人。
シャルル
抱きしめた暖かな身体と、さらりとした金の髪の感触が残っている。
シャルル
宣言が行われる。これで……ひとつの試合が終わった。
シャルル
やがて、ボロボロの勝者と、メイドと、観客と。
シャルル
皆が各々去り行き、雪の積もった中庭がしんと静まり返るだろう。
シャルル
「戻るか。あの、お茶とか……いれるよ。」
アレクシア
「今は、……シャルルのお茶が、飲みたい」
シャルル
やがてきっと、『館』は綺麗に修復されて。