シャルル
バルコニーの手摺に金の腕を乗せて中庭を見下ろす。
同じ格好のメイドが4人。
この部屋のメイドの姿はない。
シャルル
「桟敷川……。」
シャルル
名前が告げられる。
アレクシア
「………………咲、さん」
アレクシア
息が詰まる。
シャルル
「…………。」
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
隣を見る。
アレクシア
ぎゅっと手を握っている。
右の拳を、左手で包むように。
アレクシア
ドレス姿の咲に、くちびるを引き結んで。
シャルル
自分の手を見る。
これでは、触れない。だけど。
シャルル
手を差し出す。
アレクシア
「…………」
アレクシア
一瞬。そちらを見る。
シャルル
「いらない?」
アレクシア
「………………いいの?」
シャルル
「うん。」
アレクシア
ためらいがちに、その冷たい手に触れる。
アレクシア
傷だらけの手。
シャルル
手を握って。
シャルル
「…………パフォーマンスかな。」
アレクシア
「……、……」
アレクシア
息が苦しい。水中に没していくのは咲なのに。
シャルル
隣に、膝をついて。
シャルル
「大丈夫さ。」
シャルル
今は、まだ。
シャルル
握った手をそのままに、傍らに寄り添う。
騎士のように。
アレクシア
その手を強く握ってしまいそうになって、わずかに制御をかける。
アレクシア
それでも、離しはしなかった。
シャルル
ガラスの割れる音。
アレクシア
小さく指先が跳ねる。
シャルル
「ほら。大丈夫。」
シャルル
観客席を顎で示す。
アレクシア
「……、うん……」
アレクシア
華やかなパフォーマンス。
アレクシア
それが、アレクシアにはむしろ、怖い。
シャルル
拍手はしない。
シャルル
手を握っているのもあるが、自分たちは観客ではない。
シャルル
「…………次は……」
アレクシア
呼ばれた名前に、今度こそシャルルの手を強く握った。
シャルル
「…………。」
シャルル
かける言葉はない。
シャルル
ただ、その手を強すぎないよう握り返す。
シャルル
彼女たちが昨日と変わらずいることに少し安心する。
シャルル
が、それは自分の話である。
アレクシア
目は、逸らさない。
ただくちびるを強く噛んでいる。
シャルル
『次』に会えるのは……『どちらか』かもしれない。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「うん」
シャルル
「…………一緒にいるよ。」
アレクシア
「…………うん」
アレクシア
今、アレクシアが何を言えるわけでもない。
例え覚えていなかったとしても、アレクシアが起こしたことだ。
シャルル
なかなかに肝が据わっている、と思う。
シャルル
流石は一回戦を突破してきたチーム。
シャルル
死が身近にある。
シャルル
昨日話した男、桟敷川映鏡。
多分、あの中で一番手慣れている。
シャルル
初めて見る男、小鴨 チカ。
あまり強そうには見えないが、先のパフォーマンスを前に自分のペースを崩さない。
シャルル
匕首咲、マキナ。
女はよくわからない。
アレクシア
咲。
同じ年頃の女友達はいなかったと言っていたか。
取られた手の温度はちゃんと覚えている。
アレクシア
マキナ。
おそらく咲よりは、無邪気にあの場を楽しんだわけではないだろう。
そういう空気を感じはした。敵意というほどの感情も、なかったようには思うけれど。
シャルル
「ふう…………。」
シャルル
少し緊張している。
誰のせいかはわかっているが。
シャルル
「招待状か。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
声もなく、じりじりと、何か、痛いような胸の底。
シャルル
握った手の感触はよくわからない。
シャルル
だから、時折目で確認する。
アレクシア
その視線に、こわばった表情が、曇る。
アレクシア
「……ごめん、なさい」
アレクシア
「…………だいじょうぶ」
シャルル
「ん……」
シャルル
「気にしなくていい。それがたぶん『普通』だ。」
アレクシア
深く息を吸う。細く吐く。
アレクシア
「……大丈夫。……今は、わたしが、」
アレクシア
「……わたしが躊躇っても、仕方ないの、わかってるから」
シャルル
握った手を引き寄せて、手の甲に口づける。
これはゆるされると思う。ゆるされないかな。
わかんない。
シャルル
「一緒にいるから。」
シャルル
「頑張れなくなってもいいよ。」
アレクシア
「っえ、」
アレクシア
口付けられた手が跳ねた。
アレクシア
「……あ、の」
アレクシア
「………………」
シャルル
「……部屋までお連れいたしましょうか?」
シャルル
首を傾げる。
アレクシア
「……ふつうに、してて」
アレクシア
はあ、と息をついて。
アレクシア
「……本当に頑張るのは、わたしじゃないから」
アレクシア
「だから、いいの」
シャルル
「ふぅん。」
シャルル
「じゃ、中に戻ろう。向こうで……見れるって。」
アレクシア
「ん」
シャルル
「立てる?」
アレクシア
「今は大丈夫」
シャルル
先に立ち上がって、握った手を軽く上に引く。
アレクシア
それに従って立ち上がる。
アレクシア
そのしぐさは、ずいぶんましだ。痛み止めが効いている。
シャルル
「お茶、いれるよ。」
アレクシア
「ありがとう、……お願い、します」
シャルル
手を引いて、室内へ。
シャルル
「そんなに畏まらなくていいよ。」
アレクシア
「でも」
アレクシア
少し、躊躇う。
シャルル
「無理にとは言わないけど。」
アレクシア
「……シャルルが、いいなら」
シャルル
「うん。」
シャルル
アレクシアをもうひとつの椅子へと導き。
シャルル
自分は先ほど出した椅子を戻しに。
シャルル
聞こえてくる声『こわかったよー……マキナさーん……』。
本当に怖い時は、声さえ出ない。
シャルル
いい勝負にはなりそうな気がした。
アレクシア
わずかな間、穏やかに見えるモニターの向こう。
アレクシア
『お茶会』。 アレクシアはそれを、メイドの言葉以上には知らない。
シャルル
「…………昨日さ。」
シャルル
湯を沸かしながら、声をかける。
アレクシア
「うん」
シャルル
「桟敷川と、話したんだ。少し。それで……」
シャルル
画面を見る。
シャルル
「正餐室。俺達しか使ってなかったって言ってた。」
シャルル
「俺達っていうか、『シャルル』と『アレクシア』。」
アレクシア
「……そう、なの?」
シャルル
「そう言ってた。まあ……嘘かもしれないけど、言ってはいた。」
シャルル
ポットに湯を注いで。あっためる。
シャルル
あっためてから、茶葉を入れて……
シャルル
お湯を入れて……
シャルル
砂時計で、時間を計る。
シャルル
「『お茶会』するんだな。」
アレクシア
「みたい、ね……」
アレクシア
テーブルについた四人。会話が始まっている。
シャルル
お茶があたたかなカップに注がれ、テーブルに置かれる。
シャルル
「ん。」
シャルル
「どうぞ。」
アレクシア
「うん」
アレクシア
「ありがと」
シャルル
昨日の話をしている。
アレクシア
カップを両手で取り上げる。緊張に冷え切った手を温めるように。
シャルル
「…………。」
シャルル
運んだ椅子、モニターが見えるような位置、向かい側より少し近い。
シャルル
腰かけて、画面を眺める。
シャルル
「お茶会だな。」
アレクシア
「……そう、見えるね」
アレクシア
穏やかに、見える。今は。
シャルル
昨日もああいう話を?と
シャルル
問いかけようと、口を開きかけて。
シャルル
やめる。
シャルル
これからどうなるかわからないんだ。
シャルル
「なんか、そういえば。」
シャルル
代わりに。
シャルル
「俺。昨日、睨まれてた気がするんだけど……なんか話した?」
アレクシア
「えっ」
アレクシア
一瞬詰まり。
アレクシア
「あの」
アレクシア
「……、」
アレクシア
「ひどいことされてないかって、言われて」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
なんと言ったものか、黙る。
シャルル
「あー……」
シャルル
刃物。銃。鋭い爪の刃持つ機械の手足。
シャルル
『シャルル』はそういう、なんか心配をさせるような奴だったのかもしれない。
シャルル
それに、
シャルル
逃げ出したアレクシア。
シャルル
「…………なるほどね。」
アレクシア
「……ごめん」
アレクシア
結局、言葉が見つからずに小さく詫びた。
シャルル
「いいよ、別に……嘘じゃないし。」
シャルル
何いったかもわかんないけど。 まあ、言いよどむってそういう事だろ。
アレクシア
「あの……わかってる、から」
アレクシア
「こう、……いらいらする、理由……」
アレクシア
わずかに目を逸らす。
シャルル
「…………そういうとこ。」
シャルル
「ま、あの……なんだ。」
シャルル
「気にしないでいてくれた方が、気にならない。」
アレクシア
「……そっか」
シャルル
「ん。」
アレクシア
別に。もう怖くないというわけでは、けっして、ない。
ただ、この部屋で。
いちばん最後まで一緒にいるのがシャルルだと、そう、自分の中に認めた。
アレクシア
ただそれだけ。
シャルル
画面を見ている。誤魔化すように。
シャルル
「小鴨チカ……」
シャルル
「なかなか、面白い奴だな。」
アレクシア
「……マキナさん、彼のこと、たぶん、結構、好きだと思うけど」
アレクシア
「ちょっと、不思議な子、だね」
アレクシア
そう感じる。
アレクシア
もしかすると、『アレクシア』の周りには、いなかったタイプなのかもしれない。
シャルル
「人と話すのがうまい。」
シャルル
ふむ……と、眺める。
シャルル
「ペースが崩れてない。」
シャルル
「…………。」
シャルル
アレとは、なんだろう。
アレクシア
取ったとはなんだろう。
シャルル
「前回の話、中庭でお茶会をした以外は……自室にいたって言ってたな。」
シャルル
「桟敷川。」
アレクシア
「じゃあ……咲さんと一緒にいた、んだよね、たぶん……?」
シャルル
「たぶん。」
アレクシア
「……対戦相手じゃなくて、ええと、……桟敷川、さん?」
アレクシア
「あのひとに、……聞くの?」
シャルル
「…………。」
シャルル
孕む???
アレクシア
真顔で黙った。
シャルル
取った???
シャルル
「…………取ったって……」
シャルル
まあ、なんか。
シャルル
意外って感じじゃないけど。
シャルル
自分の瞼に触れる。
シャルル
人体を切るのは得意そうだったけど。
アレクシア
黙りこくっている。
シャルル
「…………。」
シャルル
この空気を
シャルル
俺に
シャルル
どうしろと。
シャルル
おい。
シャルル
桟敷川。
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
桟敷川が席を立ったのを、見る。
シャルル
「昨日、さ。」
アレクシア
「…………うん」
シャルル
「咲と話したろ?」
シャルル
「アンタ。」
アレクシア
「……ん」
シャルル
「アイツの事、何か言ってた?」
アレクシア
「言ってた、というか」
アレクシア
「……咲さん、桟敷川さんのこと好きだよ」
シャルル
「はぁん。」
シャルル
昨日って事は、もう『後』のはずだ。
アレクシア
「…………」
アレクシア
咲の様子を思い出す。
アレクシア
マスクをしていても、耳まで赤くなった顔。わかりやすかった。たいへんに。
シャルル
「好きなんだ。」
シャルル
好きって、恋してるって事だろうか。
アレクシア
「うん」
アレクシア
珍しく言い切った。
シャルル
その気持ちはよくわからないが。
シャルル
少なくとも。
シャルル
「桟敷川の方は、なんか。」
シャルル
「恋愛って感じじゃ、なかったな。」
アレクシア
「……そう……」
アレクシア
カメラは、廊下に出た二人を映している。
シャルル
「いや、俺はそういうのよくわかんないけど。」
アレクシア
「……わたしも」
アレクシア
「自分のこととして、そういうの、わかるわけじゃないけど……」
アレクシア
ただ、わかる。なんとなく。
シャルル
「へぇ。」
シャルル
「頭沸いてんな。」
シャルル
嫌いじゃないけど。わからなくもないけど。
シャルル
わかっちゃいけない事だと思う。
アレクシア
桟敷川の言葉が、スピーカーから、5号室にすっと挿し込まれる。
シャルル
「…………愛か。」
シャルル
『貴方がたは恋人であったろうと思いますよ』
シャルル
アレクシアを見る。
シャルル
あまり、想像はつかない。
アレクシア
視線に気づいて首を傾げる。
アレクシア
「……何?」
シャルル
「いや、何でもない。」
アレクシア
「……そう」
アレクシア
再び画面に目を戻すのが、若干、躊躇われる。
アレクシア
手の中のカップに目を落とす。
シャルル
「…………。」
シャルル
「愛ってなんだろうな。」
アレクシア
目を伏せたまま。
アレクシア
「……『アレクシア』なら、わかった、かな……」
アレクシア
今のアレクシアにわかるはずもない。
シャルル
「さぁ。」
アレクシア
「……ごめん」
シャルル
「ん……なんで?」
アレクシア
「……言ってもしょうがないこと、言ったと、思うから」
シャルル
「ああ、いや……」
シャルル
「アイツがさ、変なこと言ってたから。」
シャルル
「どうなんだろうなって。」
アレクシア
「変なこと……?」
シャルル
「シャルルとアレクシアは恋人だったとか。」
アレクシア
固まった。
シャルル
「でも、何もなかったんだよな……手紙とか、写真とか。まあ、死ぬときは一緒だからかもしれないけど。」
シャルル
「恋人だったら、愛とか恋とか……知ってたのかもな。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
言葉を探す。
アレクシア
探しながら、ティーカップのふちを撫でる。
アレクシア
やがて、それをかちりとソーサーに置いて。
アレクシア
「…………わからない」
アレクシア
結局それだけ言った。
シャルル
「あ、ごめん。」
シャルル
「あー……」
シャルル
「うーん…………」
シャルル
目をそらす。
アレクシア
「……いや、」
アレクシア
「……ごめん、なんか……」
シャルル
「言わなくてよかったな。余計な事。」
アレクシア
「……聞いたのは、……わたしだから」
アレクシア
「ごめん……」
シャルル
「俺は……アンタの事は、好きだよ。恋とか愛とかじゃないと思うし、時々イライラするけど。」
シャルル
――だから余計に、わかんねーんだよな……。
アレクシア
驚いたような顔でシャルルを見る。
驚いた、とは言い切れないが。
シャルルが、そういうことを言う、とは思っていなかった。
アレクシア
「……そう、」
アレクシア
「あの」
アレクシア
「……ありが、とう……?」
アレクシア
疑問符がついた。
シャルル
「好きじゃなかったら……迎えに行ったりしねーし。」
シャルル
死んでも気にしないし。
アレクシア
「……ありがとう」
アレクシア
今度は小さく、しかし確かに。
シャルル
「別に、それは……」
シャルル
「『シャルル』だからじゃない。いいな。」
シャルル
「ん……。」
アレクシア
「……うん」
アレクシア
「それは、わかる」
シャルル
「…………。」
シャルル
「わかってるなら、いいけど。」
アレクシア
「だって、あなた、」
アレクシア
「なんていうか……『シャルル』のこと、そんなに……」
アレクシア
「気にしてないように、見えるし」
シャルル
「ああ、まあ。それはそうだな。」
シャルル
「何も覚えてないんだ。最初から……ないのと同じだろ。」
シャルル
「荷物も、武器と手足しかないし。」
アレクシア
アレクシアは、『アレクシア』の荷物をほとんど開いていない。
着替えは比較的上の方にまとまっていたので、それ以外には。
シャルル
「ああ、手帳もあったけど。読めなかったな……」
アレクシア
「……そうなの?」
シャルル
「ああ。えっと……」
シャルル
立ち上がり、とりに行く。
シャルル
適当に銃器の上に置いておいた。
シャルル
「これ。」
アレクシア
テーブルの上、カップの間。
置かれた手帳を見る。
シャルル
革の表紙、革のベルトでとめられている。
中身はこの世界のものではなく、硬質なカバーの内側につるりとした薄い紙がびっしりと。
丸い文字で細かに文字や記号のようなものが並んでいる。
シャルル
写真や絵はなく、インクは途中から滲むものに変わっていた。
シャルル
「読めないだろ?」
アレクシア
「…………」
アレクシア
そのびっしりと並んだ文字。
アレクシア
読めはしないが、『シャルル』の性格をどことなく感じるような気はした。
シャルル
「思い出したいとも思わないしな。」
アレクシア
アレクシアはどうだろう。
おそらくは、思い出したい。
それは多分、不安である、から。
アレクシア
何に依って立っていいのかわからない。今。
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
それでいて、思い出すのも怖い気がする。
アレクシア
自分。この、数日にも満たない記憶によって作られたもの。
アレクシア
それがまた失われるのだろうか。
アレクシア
何かを取り戻す代わりに。
シャルル
「スコーン、まだあったっけ。」
アレクシア
「あ、」
アレクシア
ふと思考が途切れる。
アレクシア
「……まだ、あるはず」
シャルル
「取ってくる。」
アレクシア
「う、ん」
シャルル
話を逸らすように。
シャルル
「あれ。」
シャルル
「美味しかったから。」
シャルル
「んー……。」
シャルル
アレクシアを振り返る。
アレクシア
「何……?」
シャルル
「食べられないかなって。俺は食うけど。」
アレクシア
「……ひとつだけ」
アレクシア
「……食べる……」
シャルル
「了解。」
アレクシア
こちらも、そうして話を逸らした。
シャルル
カチャカチャと食器の音を立てて。
シャルル
綺麗な皿にスコーンを3つ。
シャルル
クロテッドクリームと、木苺のジャム。
シャルル
乗せ方はちょっと雑ではあるが。
シャルル
この腕は震えない。
シャルル
「お茶も沸かすわ。」
アレクシア
「……なんだか、……いろいろ、やってもらってばかりで」
アレクシア
ごめん、と言いかけて。
アレクシア
少しだけ間があり、
アレクシア
「……ありがとう」
アレクシア
そう言った。
シャルル
俺のせいで怪我してんだろ。
シャルル
と思ったが。
シャルル
「……どういたしまして。」
シャルル
と答えて。

シャルル
温かいスコーンと紅茶の前で。
シャルル
モニターに映るのは一組の男女。
シャルル
「愛……か。」
アレクシア
泣きながら駆け出していく咲を、モニター越しにじっと見ている。
シャルル
何がどうなってそうなっているかはわからないが。
すれ違いというやつなのだろうか。
『どこぞの男の子供なんざ、孕んでほしくはない』
否定形で告げられたそれは、彼女にどう聞こえているのだろう。
シャルル
「うわ。」
アレクシア
強く息を呑む。血の色。
アレクシア
滲んで流れるそれは、画面のこちら側のもの。
シャルル
疵の力。これは、きっと。
シャルル
桟敷川、あるいは赤マントと呼ばれる男の疵がにじみ出したもの。そんな気がして。
シャルル
あまり、触れない方がいい気がして。
シャルル
「…………。」
シャルル
「大丈夫?」
アレクシア
「……う、ん」
アレクシア
応える声は硬い。
アレクシア
画面に湧いた血は、今のアレクシアが初めて見る生々しさでそこにある。
アレクシア
溢れている。
シャルル
「本当に?」
アレクシア
再び尋ねられて、かすかに息をつく。
アレクシア
「……大、丈夫、……まだ、たぶん……」
アレクシア
やはり硬い声。両手が、さりげなくテーブルの下に隠れる。
シャルル
「…………。」
シャルル
立ち上がって、タオルをとり。
モニターにかかった血を拭う。
シャルル
独特のにおいのなかに、別のものを感じながら丁寧に。
シャルル
なんだか慣れている気がした。
慣れていたのかもしれない。
アレクシア
一方で。
『……殺すか、もう』。
桟敷川のその言葉に、アレクシアの横顔はこわばる。
シャルル
シャルルの手は生身ではなく、感触もあまりない。
アレクシア
モニターの映像が、館の中を進む。今は誰もいない場所を。
アレクシア
息が、苦しい。何故か。
シャルル
纏めたタオルをゴミ箱に投げ入れて。
シャルル
椅子を、アレクシアの隣へと移す。
シャルル
隣に腰かけて。
シャルル
「…………手。」
シャルル
手を差し出す。
シャルル
「握ってようか?」
アレクシア
言われて。意識して、深く息を吸った。
差し出された手に触れる。ひんやりとした手。
アレクシア
アレクシアの手はかすかに震えている。
今度は、最初から強く、握って。
アレクシア
その震えを止めようとするかのように。
シャルル
「大丈夫だよ。ここに……いるから。」
シャルル
隣の、近くにある顔を見て。
肩を寄せた。
アレクシア
その距離に、一瞬、小さく肩が跳ねる。
怖かった、という記憶。
それでも、今。
アレクシア
今は、隣にいてほしい気持ちが勝った。
シャルル
目の前で交わされている言葉は、愛の告白だというのに。
シャルル
緊迫して、不穏で、不気味だった。
シャルル
握られた手を軽く握って。
シャルル
モニターを眺める。
シャルル
実際……あんまり。
シャルル
誰が死のうと、どうやって死のうと。
シャルル
そこに、なんというか、思い入れとかそういうものはないけれど。
シャルル
ここで、咲が殺されたら、アレクシアがどう思うかなって考えると。
シャルル
死んでほしくない気はする。
アレクシア
ぼろぼろと泣く咲の、そのさま。
咲の涙を招いたのは、敵ではない。
隣にいる、パートナーだ。
アレクシア
『愛』。
アレクシア
たぶんそれには、いろいろな形がある。
ただ、だから。それが、咲の求めたものかどうかは。
アレクシア
求めたものではなくて。
愛ですらないと、思ったら。
シャルル
目の前で繰り広げられている光景を見る。
観客である自分はひどく冷静で。
恐らくは手を強く握っているだろうアレクシアの思考を思うと。
本当にここにいていいのかとも思う。
シャルル
何か声をかけた方がいいのか、黙っていた方がいいのかもわからずに、ただ無難に黙っているだけで。
『防衛本能じゃだめなのか』、『勘違いではだめなのか』。
そんなことばかり考えて。
シャルル
ただ、肩から伝わる温度に。
彼女もそうなのかな、と思って。
シャルル
「…………。」
シャルル
そう思うと、なんだか少し、胸が痛むような気がして。
シャルル
小さく息をついた。
アレクシア
その吐息に。
アレクシア
「……ごめん」
アレクシア
ささやくように詫びる。
シャルル
「…………ん?」
シャルル
隣を見る。
アレクシア
「なんか、……」
アレクシア
「シャルルは、……たぶん、なんていうか……わたしほど、気にならないと、思うの」
アレクシア
色々なことが。
アレクシア
「だから、……今のわたしのこと、」
アレクシア
もう一度言葉が途切れて、それから、またささやくような、掠れるような声。
アレクシア
「……嫌かなって」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「それに……こういうこと言うのも、……それも、いらいらさせるかなと、思うし」
シャルル
揺れる思考。
シャルル
「…………俺は。」
シャルル
「………………。」
シャルル
「アンタの事は、好きだよ。」
シャルル
「面倒だなって思うし、いらいらするときもあるけど。」
シャルル
「でも…………そういうのがあったら、好きって言っちゃダメかな。」
アレクシア
静かに、視線がシャルルを捉えた。
動揺というよりは、ただ深く、困ったような、切ないような瞳。
アレクシア
「……わからない」
アレクシア
「だめかどうかじゃなくて、」
アレクシア
「わたしが、そう言ってもらっていいのかどうか」
シャルル
「アレクシアが?」
アレクシア
「……うん……」
シャルル
「それは……俺にはわかんないけど。」
シャルル
「俺は言うけど。」
アレクシア
出会ってしまった。たった二人。
短く終わるだろう、小さな世界で。
ただそれだけの。きっとただ、それだけのこと。
アレクシア
それだけではいけないのか、アレクシアにもわからない。
シャルル
「…………なんか。俺の好きって、ああいう……」
シャルル
「うーん……」
アレクシア
「……ん。それは、わかってる」
アレクシア
言いさしたシャルルに、かすかに笑う。ほんのかすかにだけ。
アレクシア
「でも……今、こうじゃなかったら、」
アレクシア
「きっと、……どんな意味でも、好きじゃなかったろうなって」
シャルル
「それは……まあ。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「俺みたいなのに、近づきたくないだろ。」
シャルル
こんな状況じゃなかったら。
シャルル
誰も、誰も。
シャルル
「…………知らなかったら、好きもなにもねーじゃん。」
アレクシア
「それは……そう、だけど」
シャルル
「…………腕。」
シャルル
「外してくれたじゃん。」
アレクシア
「え、」
シャルル
「足も。蹴られたのに。」
アレクシア
「う、ん」
シャルル
「……アンタにとってそれは、義務とか、恐怖とか、そういう……ものだったかもしれないけどさ。」
シャルル
「そういうところ、とか。好きになったし。」
シャルル
顔をそらす。
シャルル
「…………怖がりのくせに。」
シャルル
「反撃してくるし。」
シャルル
「笑うと……かわいいし。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
逸らされた顔の、その横顔を、ただ、見る。
アレクシア
たぶん、義務でも恐怖でもなかった。
それはきっと、倒れていく身体を抱き留めたのと同じこと。
アレクシアが、そうしたほうが良い、と思った。
アレクシア
何かを悔いないために。
シャルル
「俺の方だよ。」
シャルル
「好きとか、嫌いとか。そういうものの前に。」
シャルル
「一緒にいてもらえる、資格なんてない。」
アレクシア
「資格……」
シャルル
「そういう事だろ……結局。」
シャルル
「アンタより、俺の方が……ずっと。」
シャルル
「…………。」
シャルル
手を握ることも、隣にいることも、話をすることも。
シャルル
代わりがいるなら。
シャルル
誰かがいるなら。
シャルル
俺じゃない方がよかっただろう。
アレクシア
「……わたし、……正直に言ったら、まだ、シャルルのこと、少し、怖い」
アレクシア
「でも、シャルルじゃなかったら、」
アレクシア
「誰か別の人とだったら、なくしたもののことばっかり、考えるしかなかったと、思う」
シャルル
「…………そっちのがよかったかもよ?」
アレクシア
「……どうして?」
シャルル
「……頑張らなくても、前を向かなくても。いいやって。思えたかもしれないし。そうしたら……」
シャルル
「…………もっと、楽だったかも。」
シャルル
「部屋だって出ていかなかったかもしれないし、試合だって見てなかったかも。」
シャルル
「怖いことも、辛いこともなかったかもしれない。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「………………俺は、どっちがよかったかなんて、いえないけど。少なくとも。」
シャルル
「優しくできなかったから。」
アレクシア
小さく首を振る。
アレクシア
「怖くて辛いのは、たぶん、どっちでも変わらなくて」
アレクシア
「楽、なんてものは、……『アレクシア』がこの儀式を始めたときから、きっと、なくて」
アレクシア
「資格、って言ったら。……わたしには、優しくしてもらう資格なんて、なくて……」
アレクシア
ないのだろうと思う。
何人も死ぬ。覚えていなくても、アレクシアのせいで。
シャルル
「…………アレクシア。」
シャルル
その目を見て。
シャルル
「俺は……それでも。できることなら……アンタを。」
シャルル
「まもりたい。」
アレクシア
「ま、もり……たい、……?」
アレクシア
その言葉がきちんと理解されるまで、少しだけかかった。
シャルル
それが、どう見えたとしても。
どう受け取られようとも。
正しいかどうかわからなくても。
できうるかぎり。
シャルル
頷く。
アレクシア
その目から、視線が逸らせない。
アレクシア
「わたし、……」
アレクシア
言いかけて。
触れたままの手のひらが、強く握ったままだったそれが、何かに怯えたように、離れていこうとする。
アレクシア
「わたしは」
アレクシア
言葉にならない。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「っ、」
シャルル
手が離れていきそうになるのに気が付いて、それで。
軽く握る。引き留めるように、しかし、恐れるような弱い力で。
アレクシア
それを、振り払いはしなかった。
振り払え、なかった。
シャルル
「…………ひとりに、しないから。」
シャルル
「傍にいて……。」
アレクシア
「……………………、」
アレクシア
長い沈黙の後。
細く、細く呻くような声。
アレクシア
そして、瞼の端から。つと、ひとすじ。
シャルル
「……アレクシア?」
アレクシア
「あ、……ご、め、」
アレクシア
それ以上、言えなかった。 口を開けば、今、罅割れた何かが決壊してしまう気がした。
シャルル
「…………いや。俺の方こそ。」
シャルル
「ごめん、我が儘ばかりで。」
アレクシア
「ぅ、……ううん」
アレクシア
「……ごめん、……いやだとか、そういうんじゃ、なくって……」
シャルル
「わかってる。」
シャルル
握った手はそのまま。
シャルル
涙をぬぐう、暖かな指はなくて。
シャルル
少し、迷うように目を伏せて。
シャルル
「たぶんこれが、俺の……。」
シャルル
すごく勝手で、どうしようもなくて。
でも、他に言いようもなくて。
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
こちらも、黙る。
ただ静かに、まだ、泣いている。
シャルル
言えなくて、ただ。
シャルル
「…………一緒にいたい。」
シャルル
寄り添った。
アレクシア
画面の向こうでは。咲が、桟敷川の胸に倒れていく。
『地獄の底まで連れてゆきます』。
権利を放棄した二人が、どうなるのかはわからない。
けれど多分、咲はもう目覚めないのだろう。
アレクシア
涙が視界を曇らせる。
アレクシア
もう一度、シャルルの手を強く握って。
その肩に、額を寄せた。
アレクシア
涙が止まらなかった。
シャルル
「…………。」
シャルル
『私たちは一切の権利を放棄、裁判には参加いたしません』
シャルル
終わったんだ。儀式の、2回戦の、ひとつが。
シャルル
これが、彼らの愛の行き着く先なのだとしたら。
シャルル
それは、幸福な事なのかもしれない。
シャルル
自分たちのように、過去が消えてしまったら……また、違ったのかもしれないけれど。
シャルル
それは……きっと。
シャルル
アレクシアの頭に頬を寄せて。
シャルル
ただ、静かにモニターを見ている。
シャルル
服が、肌が濡れていくのがわかる。
シャルル
熱をもっていくのがわかる。
シャルル
彼等は最後まで一緒なのだろう。
シャルル
オールドメイドゲーム。
シャルル
地獄の底まで、ふたり一緒に。
シャルル
「…………。」
シャルル
抱きしめることは出来ずに、ただ。
シャルル
手に込める力が少し、強くなった。

シャルル
女を抱えた男が歩く。
シャルル
それを、ただ黙って見ている。
シャルル
何をすれば正解なんてわからない
シャルル
何と声をかければいいかなんて。
アレクシア
涙はようやく、頬を伝うほどではなくなり。
ただ、零れ落ちそうな雫を留めたまま、アレクシアもまた、モニターを見つめている。
アレクシア
咲の身体が、ベッドに横たえられるさま。
そして、メイドに連れられたマキナたちが、同じ部屋に入っていくさま。
シャルル
「…………殺害。」
シャルル
やはり、死んだのだと。
シャルル
それはそうだ。
シャルル
死んだんじゃない。殺した。
シャルル
殺したんだ。
アレクシア
坦々と進むメイドの言葉。
アレクシア
そして桟敷川が『おめでとうございます』と言う。
アレクシア
それを。咲の死を。受け入れた言葉。
アレクシア
わかっている。わかっていた。
地獄の底まで。
桟敷川は、彼も、やはり、これから。
シャルル
「…………。」
シャルル
『殺したかった』
シャルル
わかる、気がした。自分には。
シャルル
死にたくないと、生きたいが違うように。
シャルル
死にたいがあれば生きなくてもいいがあるように。
アレクシア
愛していたら。愛しあっていたら。
それが通じ合うのなら、もう、生きていなくてもいい。
アレクシア
きっとそういうことなのだ。
アレクシア
『咲さんのこと、好きなんじゃないんですか?』
アレクシア
それに答える、『知ってて聞くかね』、という声。
アレクシア
アレクシアには、おそらく、わかっている。そう思う。
アレクシア
けれど、ただ。ひたすらに、胸が痛い。
シャルル
殺すという事は、他人の人生を奪うという事。
ただ、それは別に殺すことに限ったことではなくて。
シャルル
ふと、自らがおかれた状況を顧みる。
シャルル
「選んだ……そうか、そうだな。」
シャルル
終わりを選ぶこと。
シャルル
「ふたりで。選んだのか。」
シャルル
隣の顔を見て。
シャルル
彼女には、選べるものはまだ、残っているのかと、思う。
アレクシア
「……選んだんだね」
アレクシア
アレクシアには、それを責める理由も、権利もない。
そうしたいとも思わない。
アレクシア
「二人で。……一緒、に」
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
少し心配そうに、目を伏せる。
アレクシア
「……うん、……何?」
アレクシア
静かに、そちらを向く。
シャルル
「死ぬのは、怖い?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
息を止める。少しの間。
アレクシア
「……わから、ない」
シャルル
「…………そうか。」
アレクシア
「……ごめん」
アレクシア
「わたし、……わからないってばっかり、言ってる気が、する」
シャルル
「いや……。」
シャルル
「わからないのって、普通なんだと思う。」
アレクシア
「……ふつう……」
シャルル
「全部わかってたら……。」
シャルル
画面を見る。
シャルル
「ああいう顔は、しないんだろうし。」
アレクシア
同じく、画面を見る。
アレクシア
ああいう顔。
アレクシア
シャルルがそう言う、その表情を。
シャルル
自分の事さえわからない。
他人の事なんてわかるはずがない。
シャルル
そうして眺めていると。
シャルル
びくり、と咲の手が痙攣した。
シャルル
「…………?」
シャルル
「動いた?」
アレクシア
その手が、伸びて。
アレクシア
桟敷川の背へと届く。
シャルル
「あ……。」
シャルル
確かに死んだように見えた。
事実、死んでいたのだろう。
しかし……
シャルル
「…………。」
シャルル
これが、恋? 愛?
シャルル
「…………。」
シャルル
『他の女に、殺させない』
『誰にも、渡さない』
シャルル
殺したいから殺す。
それは、理解できるのに。
わからないものが、そこにあった。
アレクシア
凍りついたように、画面を見つめて。
アレクシア
言葉を失いながら、それでも、
アレクシア
「………………」
アレクシア
二人で選んだから。
だからそれを、誰にも渡したくない。
もう何にも傷つけさせない。
アレクシア
その熱量に、圧されている。
シャルル
「どうして……」
アレクシア
「…………地獄の底まで、」
アレクシア
「一緒に、行くために……」
アレクシア
その道行きに二人の背中を押すのは、互いしかいない。
シャルル
目頭が熱くなった。
それはきっと、2人に共感したからでも、哀れに思ったのでもないはずだ。
だが、理由ははっきりとわからない。
わからないまま、ぽろりと、涙がこぼれた。
アレクシア
視界の端に、それを捉えて。
驚いたように、シャルルを見る。
アレクシア
「シャル、ル?」
シャルル
「あ……ごめん、俺。」
シャルル
自分でも理由がわからない。
シャルル
わからないまま、涙は止まらない。
止まらなかった。
シャルル
「なんで泣いて……」
アレクシア
止まらないそれに、アレクシアの指が、そっと、触れる。
アレクシア
頬を撫でるように。
アレクシア
「……わからなくても」
アレクシア
「泣いていいと、思う、……」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「ひとは、傷つくから」
アレクシア
「理由がわからなくても、疵は、つくから」
シャルル
「俺……傷ついてる、のかな。」
シャルル
どうして?なんで?
アレクシア
「わからないけど」
アレクシア
「たぶん、恋や、愛が疵になるみたいに」
アレクシア
「なんだって……そうやって、心に刺さることが、あると、思う」
シャルル
怖くもつらくもないのに。
シャルル
ただ、すこしくるしい。
アレクシア
アレクシアの指先も、溢れる涙よりは冷たい。
それが静かに、何度も、シャルルの頬を拭う。
シャルル
「アレクシア……」
シャルル
零れる涙が拭われて。
シャルル
これでは、まるきりさっきと逆だ。
シャルル
死ぬのが怖いわけじゃない。
シャルル
『貴女が望むままに』
シャルル
わからない。
シャルル
ただ、胸が苦しいのだという事だけがわかる。
シャルル
「ごめん……。」
シャルル
「……ありがとう。」
シャルル
数秒目を閉じて。
アレクシア
「……ん」
アレクシア
頬に触れたまま、静かに、指先が止まる。
アレクシア
画面の向こうで、咲が、うつくしく笑った。
シャルル
ただ、指の撫でる感触を覚えるように。
シャルル
「…………。」
シャルル
何もわからない、その中で。
この暖かさを失いたくないと、思った。
アレクシア
折り重なり、互いの血の中で死んでゆく二人。
アレクシア
それが本当に、一番幸いなことなのかは、アレクシアにはわからない。
けれど、けっして不幸せではないのだと、そうわかる。
アレクシア
二人が選んだのは、今、その瞬間を、永遠にすること。
アレクシア
永遠にしたい瞬間が、そこにあったのだ。
シャルル
「…………。」
シャルル
目を開いて、アレクシアを見る。
シャルル
こんな終わり方になるとは思わなかった。
シャルル
だけどこれも、きっと『お茶会』で。
シャルル
他人の心に触れるという事。
シャルル
そうして、たぶん触れられるべき、心が。
シャルル
俺の中にもあるんだろう。
シャルル
『シャルル』はどうだったんだろう。
触れられるべき心は、あったのだろうか。
シャルル
拍手と『おめでとう御座います』の声。
アレクシア
そして、
アレクシア
「……っ、」
アレクシア
メイドの一人が喉を突く。
シャルル
鮮血が舞う。
シャルル
なんだか、こちらの方が、落ち着く。
シャルル
でも、自然と手が伸びて……
シャルル
アレクシアの手を、それぞれ握る。
アレクシア
シャルルを見る。そして、握られた手を。
シャルル
その手は涙で濡れている。
自分には、それは感覚としてわからないのだが。
シャルル
「…………終わりだな。」
アレクシア
「……うん」
アレクシア
マキナたちの手に、六ペンスコインが渡る。
シャルル
「…………ごめんな。なんか、泣いたりして。」
アレクシア
「ううん」
アレクシア
「……大丈夫」
アレクシア
「だいじょうぶ、だから……」
アレクシア
それは、答えというよりも。
アレクシア
どこか、いたわるように。
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………あの、さ。」
シャルル
「今日……夜。」
シャルル
「いや…………。」
シャルル
「なんでもない。」
アレクシア
「……夜……?」
シャルル
繋いだ手に感覚はない。
シャルル
「いいんだ。うん。……なんでもないよ。」
アレクシア
ひんやりとした、金属の手。
生身ではないけれど、ずっと手を握っていてくれる、その手。
アレクシア
「……言いたくないなら、いい、けど」
アレクシア
「言いたいなら、……聞くから」
シャルル
「…………。」
シャルル
「………………うう。」
シャルル
迷うように。困るように。
シャルル
視線が泳ぐ。
シャルル
「…………いて、ほしい。」
アレクシア
「……え?」
シャルル
「とどく……とこに。」
アレクシア
ぱちりと、瞬く。
シャルル
「だから……いいって。言った。」
シャルル
「ごめん。」
アレクシア
「あの、」
アレクシア
「……えっ、と……」
アレクシア
迷う時間が、しばし、あり。
けれど、手を振りほどいたりはせずに。
アレクシア
「……それで、」
アレクシア
「シャルルはそれで、……泣かなくても、済む?」
シャルル
「…………わかんねーよ……わかんない。」
シャルル
ガラス細工のようだ。
本当に。壊さないように、大事にしたいのに。
本当は。めちゃくちゃにして、全部壊したい。
どうするかもどうなるかも、自分の気持ちもわからない。
シャルル
何で泣いたんだろう。何が、そんなに苦しかったんだろう。
シャルル
優しくされたいのか、されたくないのか。
好きにしたいのか、されたいのか。
好かれたいのか、嫌われたいのか。
アレクシア
「………………、」
アレクシア
きっと。
手を繋いで眠っても、シャルルに、その手に、それは、伝わらない気がして。
アレクシア
「……、……いて、ほしいなら」
アレクシア
「……ここにいるって、あなたは、そう言ってくれるから、」
アレクシア
「ひとりにしないって、言ってくれるから……」
アレクシア
迷いながら。けれど、迷路を辿るように、止まりはせずに続いていく言葉。
アレクシア
「……わたしは、……」
アレクシア
最後は、溜息のように。
アレクシア
「……わたしも、シャルルを、ひとりにしたく、ないよ」
シャルル
「アレクシア…………。」
シャルル
嫌われたくない、という事だけがはっきりとわかる。
だから、他は。どうしようもなく限定されてしまって。
でも、だけど。悪いことではなくて。
シャルル
殺すことも、襲うことも、殴ることも、縛ることもできるこの密室で。
シャルル
1日、何もしなかったというのが、事実で。
シャルル
「…………うん。」
シャルル
「…………一緒に、寝てくれる?」
シャルル
問いかけるのが、たぶん、答えで。
アレクシア
困ったように、ほんの少し微笑って。
アレクシア
「……いいよ」
シャルル
「ありがとう。」
シャルル
夜が来たら、もう少しだけ何かが、わかる気がした。
アレクシア
「……いいよ。……だいじょうぶ、だよ……」
アレクシア
たぶん、今までで一番、優しい声が。
静かに、そう応じた。