シャルル
バルコニーの手摺に金の腕を乗せて中庭を見下ろす。
同じ格好のメイドが4人。
この部屋のメイドの姿はない。
アレクシア
ぎゅっと手を握っている。
右の拳を、左手で包むように。
アレクシア
ドレス姿の咲に、くちびるを引き結んで。
シャルル
自分の手を見る。
これでは、触れない。だけど。
アレクシア
ためらいがちに、その冷たい手に触れる。
アレクシア
息が苦しい。水中に没していくのは咲なのに。
シャルル
握った手をそのままに、傍らに寄り添う。
騎士のように。
アレクシア
その手を強く握ってしまいそうになって、わずかに制御をかける。
シャルル
手を握っているのもあるが、自分たちは観客ではない。
アレクシア
呼ばれた名前に、今度こそシャルルの手を強く握った。
シャルル
彼女たちが昨日と変わらずいることに少し安心する。
アレクシア
目は、逸らさない。
ただくちびるを強く噛んでいる。
シャルル
『次』に会えるのは……『どちらか』かもしれない。
アレクシア
今、アレクシアが何を言えるわけでもない。
例え覚えていなかったとしても、アレクシアが起こしたことだ。
シャルル
昨日話した男、桟敷川映鏡。
多分、あの中で一番手慣れている。
シャルル
初めて見る男、小鴨 チカ。
あまり強そうには見えないが、先のパフォーマンスを前に自分のペースを崩さない。
アレクシア
咲。
同じ年頃の女友達はいなかったと言っていたか。
取られた手の温度はちゃんと覚えている。
アレクシア
マキナ。
おそらく咲よりは、無邪気にあの場を楽しんだわけではないだろう。
そういう空気を感じはした。敵意というほどの感情も、なかったようには思うけれど。
シャルル
少し緊張している。
誰のせいかはわかっているが。
アレクシア
声もなく、じりじりと、何か、痛いような胸の底。
シャルル
「気にしなくていい。それがたぶん『普通』だ。」
アレクシア
「……わたしが躊躇っても、仕方ないの、わかってるから」
シャルル
握った手を引き寄せて、手の甲に口づける。
これはゆるされると思う。ゆるされないかな。
わかんない。
シャルル
「……部屋までお連れいたしましょうか?」
アレクシア
「……本当に頑張るのは、わたしじゃないから」
シャルル
「じゃ、中に戻ろう。向こうで……見れるって。」
シャルル
先に立ち上がって、握った手を軽く上に引く。
アレクシア
そのしぐさは、ずいぶんましだ。痛み止めが効いている。
シャルル
聞こえてくる声『こわかったよー……マキナさーん……』。
本当に怖い時は、声さえ出ない。
アレクシア
わずかな間、穏やかに見えるモニターの向こう。
アレクシア
『お茶会』。
アレクシアはそれを、メイドの言葉以上には知らない。
シャルル
「桟敷川と、話したんだ。少し。それで……」
シャルル
「正餐室。俺達しか使ってなかったって言ってた。」
シャルル
「俺達っていうか、『シャルル』と『アレクシア』。」
シャルル
「そう言ってた。まあ……嘘かもしれないけど、言ってはいた。」
アレクシア
テーブルについた四人。会話が始まっている。
シャルル
お茶があたたかなカップに注がれ、テーブルに置かれる。
アレクシア
カップを両手で取り上げる。緊張に冷え切った手を温めるように。
シャルル
運んだ椅子、モニターが見えるような位置、向かい側より少し近い。
シャルル
「俺。昨日、睨まれてた気がするんだけど……なんか話した?」
アレクシア
「ひどいことされてないかって、言われて」
シャルル
『シャルル』はそういう、なんか心配をさせるような奴だったのかもしれない。
アレクシア
結局、言葉が見つからずに小さく詫びた。
シャルル
何いったかもわかんないけど。
まあ、言いよどむってそういう事だろ。
シャルル
「気にしないでいてくれた方が、気にならない。」
アレクシア
別に。もう怖くないというわけでは、けっして、ない。
ただ、この部屋で。
いちばん最後まで一緒にいるのがシャルルだと、そう、自分の中に認めた。
アレクシア
「……マキナさん、彼のこと、たぶん、結構、好きだと思うけど」
アレクシア
もしかすると、『アレクシア』の周りには、いなかったタイプなのかもしれない。
シャルル
「前回の話、中庭でお茶会をした以外は……自室にいたって言ってたな。」
アレクシア
「じゃあ……咲さんと一緒にいた、んだよね、たぶん……?」
アレクシア
「……対戦相手じゃなくて、ええと、……桟敷川、さん?」
アレクシア
「……咲さん、桟敷川さんのこと好きだよ」
アレクシア
マスクをしていても、耳まで赤くなった顔。わかりやすかった。たいへんに。
アレクシア
カメラは、廊下に出た二人を映している。
シャルル
「いや、俺はそういうのよくわかんないけど。」
アレクシア
「自分のこととして、そういうの、わかるわけじゃないけど……」
シャルル
嫌いじゃないけど。わからなくもないけど。
アレクシア
桟敷川の言葉が、スピーカーから、5号室にすっと挿し込まれる。
シャルル
『貴方がたは恋人であったろうと思いますよ』
アレクシア
再び画面に目を戻すのが、若干、躊躇われる。
アレクシア
「……『アレクシア』なら、わかった、かな……」
アレクシア
「……言ってもしょうがないこと、言ったと、思うから」
シャルル
「シャルルとアレクシアは恋人だったとか。」
シャルル
「でも、何もなかったんだよな……手紙とか、写真とか。まあ、死ぬときは一緒だからかもしれないけど。」
シャルル
「恋人だったら、愛とか恋とか……知ってたのかもな。」
アレクシア
探しながら、ティーカップのふちを撫でる。
アレクシア
やがて、それをかちりとソーサーに置いて。
シャルル
「俺は……アンタの事は、好きだよ。恋とか愛とかじゃないと思うし、時々イライラするけど。」
シャルル
――だから余計に、わかんねーんだよな……。
アレクシア
驚いたような顔でシャルルを見る。
驚いた、とは言い切れないが。
シャルルが、そういうことを言う、とは思っていなかった。
シャルル
「好きじゃなかったら……迎えに行ったりしねーし。」
シャルル
「『シャルル』だからじゃない。いいな。」
アレクシア
「なんていうか……『シャルル』のこと、そんなに……」
シャルル
「何も覚えてないんだ。最初から……ないのと同じだろ。」
アレクシア
アレクシアは、『アレクシア』の荷物をほとんど開いていない。
着替えは比較的上の方にまとまっていたので、それ以外には。
シャルル
「ああ、手帳もあったけど。読めなかったな……」
アレクシア
テーブルの上、カップの間。
置かれた手帳を見る。
シャルル
革の表紙、革のベルトでとめられている。
中身はこの世界のものではなく、硬質なカバーの内側につるりとした薄い紙がびっしりと。
丸い文字で細かに文字や記号のようなものが並んでいる。
シャルル
写真や絵はなく、インクは途中から滲むものに変わっていた。
アレクシア
読めはしないが、『シャルル』の性格をどことなく感じるような気はした。
アレクシア
アレクシアはどうだろう。
おそらくは、思い出したい。
それは多分、不安である、から。
アレクシア
何に依って立っていいのかわからない。今。
アレクシア
それでいて、思い出すのも怖い気がする。
アレクシア
自分。この、数日にも満たない記憶によって作られたもの。
シャルル
「食べられないかなって。俺は食うけど。」
アレクシア
「……なんだか、……いろいろ、やってもらってばかりで」
アレクシア
泣きながら駆け出していく咲を、モニター越しにじっと見ている。
シャルル
何がどうなってそうなっているかはわからないが。
すれ違いというやつなのだろうか。
『どこぞの男の子供なんざ、孕んでほしくはない』
否定形で告げられたそれは、彼女にどう聞こえているのだろう。
アレクシア
滲んで流れるそれは、画面のこちら側のもの。
シャルル
桟敷川、あるいは赤マントと呼ばれる男の疵がにじみ出したもの。そんな気がして。
アレクシア
画面に湧いた血は、今のアレクシアが初めて見る生々しさでそこにある。
アレクシア
「……大、丈夫、……まだ、たぶん……」
アレクシア
やはり硬い声。両手が、さりげなくテーブルの下に隠れる。
シャルル
立ち上がって、タオルをとり。
モニターにかかった血を拭う。
シャルル
独特のにおいのなかに、別のものを感じながら丁寧に。
シャルル
なんだか慣れている気がした。
慣れていたのかもしれない。
アレクシア
一方で。
『……殺すか、もう』。
桟敷川のその言葉に、アレクシアの横顔はこわばる。
シャルル
シャルルの手は生身ではなく、感触もあまりない。
アレクシア
モニターの映像が、館の中を進む。今は誰もいない場所を。
アレクシア
言われて。意識して、深く息を吸った。
差し出された手に触れる。ひんやりとした手。
アレクシア
アレクシアの手はかすかに震えている。
今度は、最初から強く、握って。
シャルル
隣の、近くにある顔を見て。
肩を寄せた。
アレクシア
その距離に、一瞬、小さく肩が跳ねる。
怖かった、という記憶。
それでも、今。
シャルル
目の前で交わされている言葉は、愛の告白だというのに。
シャルル
そこに、なんというか、思い入れとかそういうものはないけれど。
シャルル
ここで、咲が殺されたら、アレクシアがどう思うかなって考えると。
アレクシア
ぼろぼろと泣く咲の、そのさま。
咲の涙を招いたのは、敵ではない。
隣にいる、パートナーだ。
アレクシア
たぶんそれには、いろいろな形がある。
ただ、だから。それが、咲の求めたものかどうかは。
アレクシア
求めたものではなくて。
愛ですらないと、思ったら。
シャルル
目の前で繰り広げられている光景を見る。
観客である自分はひどく冷静で。
恐らくは手を強く握っているだろうアレクシアの思考を思うと。
本当にここにいていいのかとも思う。
シャルル
何か声をかけた方がいいのか、黙っていた方がいいのかもわからずに、ただ無難に黙っているだけで。
『防衛本能じゃだめなのか』、『勘違いではだめなのか』。
そんなことばかり考えて。
シャルル
ただ、肩から伝わる温度に。
彼女もそうなのかな、と思って。
シャルル
そう思うと、なんだか少し、胸が痛むような気がして。
アレクシア
「シャルルは、……たぶん、なんていうか……わたしほど、気にならないと、思うの」
アレクシア
もう一度言葉が途切れて、それから、またささやくような、掠れるような声。
アレクシア
「それに……こういうこと言うのも、……それも、いらいらさせるかなと、思うし」
シャルル
「面倒だなって思うし、いらいらするときもあるけど。」
シャルル
「でも…………そういうのがあったら、好きって言っちゃダメかな。」
アレクシア
静かに、視線がシャルルを捉えた。
動揺というよりは、ただ深く、困ったような、切ないような瞳。
アレクシア
「わたしが、そう言ってもらっていいのかどうか」
アレクシア
出会ってしまった。たった二人。
短く終わるだろう、小さな世界で。
ただそれだけの。きっとただ、それだけのこと。
アレクシア
それだけではいけないのか、アレクシアにもわからない。
シャルル
「…………なんか。俺の好きって、ああいう……」
アレクシア
言いさしたシャルルに、かすかに笑う。ほんのかすかにだけ。
アレクシア
「きっと、……どんな意味でも、好きじゃなかったろうなって」
シャルル
「俺みたいなのに、近づきたくないだろ。」
シャルル
「…………知らなかったら、好きもなにもねーじゃん。」
シャルル
「……アンタにとってそれは、義務とか、恐怖とか、そういう……ものだったかもしれないけどさ。」
シャルル
「そういうところ、とか。好きになったし。」
アレクシア
逸らされた顔の、その横顔を、ただ、見る。
アレクシア
たぶん、義務でも恐怖でもなかった。
それはきっと、倒れていく身体を抱き留めたのと同じこと。
アレクシアが、そうしたほうが良い、と思った。
シャルル
「好きとか、嫌いとか。そういうものの前に。」
シャルル
「一緒にいてもらえる、資格なんてない。」
シャルル
手を握ることも、隣にいることも、話をすることも。
アレクシア
「……わたし、……正直に言ったら、まだ、シャルルのこと、少し、怖い」
アレクシア
「誰か別の人とだったら、なくしたもののことばっかり、考えるしかなかったと、思う」
シャルル
「……頑張らなくても、前を向かなくても。いいやって。思えたかもしれないし。そうしたら……」
シャルル
「部屋だって出ていかなかったかもしれないし、試合だって見てなかったかも。」
シャルル
「怖いことも、辛いこともなかったかもしれない。」
シャルル
「………………俺は、どっちがよかったかなんて、いえないけど。少なくとも。」
アレクシア
「怖くて辛いのは、たぶん、どっちでも変わらなくて」
アレクシア
「楽、なんてものは、……『アレクシア』がこの儀式を始めたときから、きっと、なくて」
アレクシア
「資格、って言ったら。……わたしには、優しくしてもらう資格なんて、なくて……」
アレクシア
ないのだろうと思う。
何人も死ぬ。覚えていなくても、アレクシアのせいで。
シャルル
「俺は……それでも。できることなら……アンタを。」
アレクシア
その言葉がきちんと理解されるまで、少しだけかかった。
シャルル
それが、どう見えたとしても。
どう受け取られようとも。
正しいかどうかわからなくても。
できうるかぎり。
アレクシア
言いかけて。
触れたままの手のひらが、強く握ったままだったそれが、何かに怯えたように、離れていこうとする。
シャルル
手が離れていきそうになるのに気が付いて、それで。
軽く握る。引き留めるように、しかし、恐れるような弱い力で。
アレクシア
それを、振り払いはしなかった。
振り払え、なかった。
アレクシア
長い沈黙の後。
細く、細く呻くような声。
アレクシア
それ以上、言えなかった。
口を開けば、今、罅割れた何かが決壊してしまう気がした。
アレクシア
「……ごめん、……いやだとか、そういうんじゃ、なくって……」
シャルル
すごく勝手で、どうしようもなくて。
でも、他に言いようもなくて。
アレクシア
こちらも、黙る。
ただ静かに、まだ、泣いている。
アレクシア
画面の向こうでは。咲が、桟敷川の胸に倒れていく。
『地獄の底まで連れてゆきます』。
権利を放棄した二人が、どうなるのかはわからない。
けれど多分、咲はもう目覚めないのだろう。
アレクシア
もう一度、シャルルの手を強く握って。
その肩に、額を寄せた。
シャルル
『私たちは一切の権利を放棄、裁判には参加いたしません』
シャルル
終わったんだ。儀式の、2回戦の、ひとつが。
シャルル
これが、彼らの愛の行き着く先なのだとしたら。
シャルル
自分たちのように、過去が消えてしまったら……また、違ったのかもしれないけれど。
アレクシア
涙はようやく、頬を伝うほどではなくなり。
ただ、零れ落ちそうな雫を留めたまま、アレクシアもまた、モニターを見つめている。
アレクシア
咲の身体が、ベッドに横たえられるさま。
そして、メイドに連れられたマキナたちが、同じ部屋に入っていくさま。
アレクシア
そして桟敷川が『おめでとうございます』と言う。
アレクシア
わかっている。わかっていた。
地獄の底まで。
桟敷川は、彼も、やはり、これから。
シャルル
死にたいがあれば生きなくてもいいがあるように。
アレクシア
愛していたら。愛しあっていたら。
それが通じ合うのなら、もう、生きていなくてもいい。
アレクシア
『咲さんのこと、好きなんじゃないんですか?』
アレクシア
それに答える、『知ってて聞くかね』、という声。
アレクシア
アレクシアには、おそらく、わかっている。そう思う。
シャルル
殺すという事は、他人の人生を奪うという事。
ただ、それは別に殺すことに限ったことではなくて。
シャルル
彼女には、選べるものはまだ、残っているのかと、思う。
アレクシア
アレクシアには、それを責める理由も、権利もない。
そうしたいとも思わない。
アレクシア
「わたし、……わからないってばっかり、言ってる気が、する」
シャルル
「わからないのって、普通なんだと思う。」
シャルル
自分の事さえわからない。
他人の事なんてわかるはずがない。
シャルル
確かに死んだように見えた。
事実、死んでいたのだろう。
しかし……
シャルル
『他の女に、殺させない』
『誰にも、渡さない』
シャルル
殺したいから殺す。
それは、理解できるのに。
わからないものが、そこにあった。
アレクシア
二人で選んだから。
だからそれを、誰にも渡したくない。
もう何にも傷つけさせない。
アレクシア
その道行きに二人の背中を押すのは、互いしかいない。
シャルル
目頭が熱くなった。
それはきっと、2人に共感したからでも、哀れに思ったのでもないはずだ。
だが、理由ははっきりとわからない。
わからないまま、ぽろりと、涙がこぼれた。
アレクシア
視界の端に、それを捉えて。
驚いたように、シャルルを見る。
シャルル
わからないまま、涙は止まらない。
止まらなかった。
アレクシア
止まらないそれに、アレクシアの指が、そっと、触れる。
アレクシア
「理由がわからなくても、疵は、つくから」
アレクシア
「たぶん、恋や、愛が疵になるみたいに」
アレクシア
「なんだって……そうやって、心に刺さることが、あると、思う」
アレクシア
アレクシアの指先も、溢れる涙よりは冷たい。
それが静かに、何度も、シャルルの頬を拭う。
シャルル
ただ、胸が苦しいのだという事だけがわかる。
アレクシア
頬に触れたまま、静かに、指先が止まる。
アレクシア
画面の向こうで、咲が、うつくしく笑った。
シャルル
何もわからない、その中で。
この暖かさを失いたくないと、思った。
アレクシア
折り重なり、互いの血の中で死んでゆく二人。
アレクシア
それが本当に、一番幸いなことなのかは、アレクシアにはわからない。
けれど、けっして不幸せではないのだと、そうわかる。
アレクシア
二人が選んだのは、今、その瞬間を、永遠にすること。
アレクシア
永遠にしたい瞬間が、そこにあったのだ。
シャルル
『シャルル』はどうだったんだろう。
触れられるべき心は、あったのだろうか。
アレクシア
シャルルを見る。そして、握られた手を。
シャルル
その手は涙で濡れている。
自分には、それは感覚としてわからないのだが。
アレクシア
マキナたちの手に、六ペンスコインが渡る。
シャルル
「…………ごめんな。なんか、泣いたりして。」
シャルル
「いいんだ。うん。……なんでもないよ。」
アレクシア
ひんやりとした、金属の手。
生身ではないけれど、ずっと手を握っていてくれる、その手。
アレクシア
迷う時間が、しばし、あり。
けれど、手を振りほどいたりはせずに。
アレクシア
「シャルルはそれで、……泣かなくても、済む?」
シャルル
「…………わかんねーよ……わかんない。」
シャルル
ガラス細工のようだ。
本当に。壊さないように、大事にしたいのに。
本当は。めちゃくちゃにして、全部壊したい。
どうするかもどうなるかも、自分の気持ちもわからない。
シャルル
何で泣いたんだろう。何が、そんなに苦しかったんだろう。
シャルル
優しくされたいのか、されたくないのか。
好きにしたいのか、されたいのか。
好かれたいのか、嫌われたいのか。
アレクシア
きっと。
手を繋いで眠っても、シャルルに、その手に、それは、伝わらない気がして。
アレクシア
「……ここにいるって、あなたは、そう言ってくれるから、」
アレクシア
「ひとりにしないって、言ってくれるから……」
アレクシア
迷いながら。けれど、迷路を辿るように、止まりはせずに続いていく言葉。
アレクシア
「……わたしも、シャルルを、ひとりにしたく、ないよ」
シャルル
嫌われたくない、という事だけがはっきりとわかる。
だから、他は。どうしようもなく限定されてしまって。
でも、だけど。悪いことではなくて。
シャルル
殺すことも、襲うことも、殴ることも、縛ることもできるこの密室で。
シャルル
1日、何もしなかったというのが、事実で。
シャルル
夜が来たら、もう少しだけ何かが、わかる気がした。
アレクシア
「……いいよ。……だいじょうぶ、だよ……」
アレクシア
たぶん、今までで一番、優しい声が。
静かに、そう応じた。