倒れているところを拾ってくれたのは、女の子たちを売るお店の人たちだった。
空いてるベッドで休ませてくれて、私が落ち着くまでいさせてくれた。
宿に戻っても荷物はなくて、ケヴァもいなかった。
私の手元に残っているのはちょっとしたものだけだった。
身体も重たい。元の私に戻ったみたいだった。6ペンスコインを失ってしまったから。
どうすればいいのかわからない。食べ物もないし、泊まるところもない。
頭についているのは猫の耳だ。なんでこんなものがついているのかわからない。街の人は私をチェシャ猫の末裔だと思っているようで、前みたいに救世主様と呼ばない。そっけなかった。
今は路地裏の、風の当たらないところで休んでいる。
路地裏でうずくまっているところをまたお店の人に見つかって、うちに来いと言われた。
毛布を貸してくれて、暖炉でお茶を飲ませてくれた。
それから、ここで働かないかと言われた。
事情は聞かれなかった。
特別顔はよくないけど、色艶と肉付きはいい、だって。
やっぱりチェシャ猫の末裔だと思われているみたいだった。
どうしたらいいのかわからなくて、考えさせてほしいと言った。
でも、そう言ったときから、もう答えは決まってたと思う。
私をここで働かせてください、と言った。
尾が腐り落ちているから(はじめてしった)、尾なしのキャスって名前になった。
なんでキャスかって聞いたら、この店では代々チェシャ猫の子はキャスになるらしかった。
怖くなって、泣いてしまった。
お客さんを困らせてしまった。
お店の人は初めてだから仕方がないと言ってくれたけど、お店の人も困ったという顔だった。
まただめだった。
お店の人も、親切にしてくれているのに。
暖炉の石炭もただじゃないし、食べるものだってすごく貴重なのは知ってる。
なんで死ななかったのか、わからない。なんで生きているんだろう。
色んな人に申し訳なかった。
私を逃してくれたミリアムさんにも。
ごめんなさい。
救世主のお客さんが来た。
テオルさんっていうらしい。
こういうお店は初めてで緊張している、とか言って、私より緊張していた。
あんまりに緊張していたから、逆に私の方が大丈夫になってきた。
また来るからと言っていた。
テオルさんをお客にとってから、大丈夫になった。
お店の人も安心していて、よかった。
またテオルさんが来た。
一緒に飲もう、とワインを持ってきてくれた。美味しかった。
街が亡者に襲われる事件があった。
テオルさんが戦っていて、末裔を守っているのを見た。
テオルさんはいい人だ。
その後、お店に来た。
亡者の血のにおいがしたので、流してあげた。
一日3人くらいお客さんを取れるようになった。
お店の人が喜んでくれるのはよかった。
その日のテオルさんはまた別の血のにおいがした。
救世主の責務だってすぐにわかった。
ぽつぽつと、色んな話をしてくれた。
心の疵。
身体を重ねるよりも直接触れている感じがした。
私にも救世主の責務が迫っているのはわかってる。
もう、あまり時間がない。6ペンスコインもない。
テオルさんにすべてを打ち明けて、殺してもらうのがいいんだと思う。
そう思うのに、ミリアムさんの言葉が忘れられない。
酷いことをしようとしている。
自分がされていやだったのに、自分がしようとしている。
もっと酷いことかもしれない。
全部見破られて、責めてくれればいいと思った。
裏切り者って言ってほしい。
どうして優しくしたんだ、って。
それで、殺してくればいいと思った。
もしかしたらケヴァさんも、そんなふうに思ってたんじゃないかと思う。
なんで生きようとしてるのかわからない。
堕落の国で、いいことなんてないのに。
いいことがあっても、どうせ裏切られるのに。
テオルさんは、今日は花を持ってきた。
堕落の国では珍しい生花だった。黄色い花。
元の世界ではありふれたものだったのに。懐かしい気持ちになった。
テオルさんは何も気づかなかった。
ごめんなさい。
テオルさんを殺した。
どうして、って顔をしてた。
手には剣を持っていた。いつの間にか。ケヴァさんの剣だった。私に突き立てられた剣。
6ペンスコインは10枚。
店の人は、私が救世主だとわかると、何も言わなかった。
私は街の、救世主たちが埋葬される墓に、テオルさんを葬った。
何もなかったみたいに、今日もお店にいて、お客さんをとった。
コインを持っていても、チェシャ猫の末裔に見えるらしい。
そうしているほうが目立たないし、救世主様、なんて呼ばれたくなかった。
そんな立派なものじゃない。
お店の人も、そうは呼ばなかった。
あれから変わらず、私は尾なしのキャスだ。
救世主の責務を果たした。
これで2回目。
返り血の生暖かさ。すぐ冷たくなる。
冷たくなってようやく、死んだんだ、と思う。
また葬るときだけ、お店の人が手伝ってくれた。
どうして生きているのかわからない。どうして死ななかったのか。
ミリアムさんは私がこんな風になるために生かしたわけじゃないはず。
救世主の責務を果たした。
3回目。
今度は都合のいいお客さんはこなくて、隣の街までいく必要があった。
崖のそばの狭い道で、不意をついて殺した。
裏切りに気付いて、殺してくれればよかったのに。
街に亡者が来た。
そのときちょうど、他に救世主がいなかった。
ここに来ると救世主が誰かに殺されるみたいな、不吉な噂が立っていたのもあると思う。
気付いたときには、私は駆け出して、亡者に剣を振るっていた。
救世主様、と呼ばれた。
尾なしのキャスと呼ばれなくなった。
街の末裔たちは喜んでいた。
私は店をやめて、救世主になった。