何処とも知れず、何時とも知れず

何とも知れず、誰とも知れず

尋ねるものあれど、聞くものはなく

ここはただ、『喪いの部屋』。




「……………………」
スバル
「……………………」
スバル
「………………」
スバル
「…………、」
スバル
目を開く。
スバル
椅子に座っていた。座ったまま俯いて、眠っていたようだった。
スバル
うたた寝のあとの、どこか丸く重たい倦怠を感じる。
スバル
うたた寝。いつぶりに?
スバル
少なくとも半年は。それは――
スバル
――ミムジィとともにいるようになってから、覚えのない感覚だった。
スバル
だが。
スバル
「…………」
スバル
周囲に視線を巡らせる。
スバル
暗く静かな空間に、ひとつ点いたままの、しかし何を映すわけでもないモニター。
かすかなノイズだけが、耳をさりさりと撫でていく。
スバル
窓の外は何も見えず、部屋の隅にも、見通せない闇が蹲っている。
スバル
モニターの画面のざらついた灰色が照らす僅かな範囲に、今、自分の座る椅子と、傍らのテーブルがある。
スバル
ティーポットがひとつ。伏せられたカップがふたつ。
スバル
しかしテーブルの向こう側は、すでに闇の中にある。
スバル
なめらかなテーブルの天板を指先で辿る。
スバル
触れたポットには中身が入っているようだった。
だが、なんの香りもしない。冷めきっている。
スバル
ひとつ、息を吐く。
スバル
おれは『死んだ』。
スバル
命を失う前に、心を失くした。
亡者になるとはそういうことだ。
スバル
そして、あのコインは裏向きに落ちた。
スバル
おれも。おれだったものも。ミムジィも。
みな死んだことはわかっている。
スバル
「…………」
スバル
悲しい、というわけではない。
辛い、というわけでも。
スバル
ただ、ミムジィを。
スバル
もっとどこかへ、何かへ、あるいは単に先へ、繋げてやれればよかったな、とだけ思った。
スバル
それでも、たぶん。
スバル
最後の最後に泣いたあの愚かな救世主は、ただ生きているだけよりも、少しは何かがましになったろうと思う。
スバル
泣けるようになったぶん、ほんの少しだけ。
スバル
そう思いたいだけじゃないのか?
スバル
胸のうちから何かが尋ねる。
スバル
そうかもしれない。
スバル
なにせ、答えは聞けない。
スバル
聞いたところで素直に答えるかどうかも定かではないが。
スバル
改めて、暗い部屋に目をやる。
スバル
と、視線の先で、モニターの画面が、ほんのわずかに瞬き。
モニター
ざらついた灰色のノイズの中に、滲むように、白い文字が現れる。
モニター
――『Question』。
スバル
「……何を」
スバル
小さく、思わず、呟いて。
スバル
き、と椅子を軋ませる。
スバル
ばかばかしいと思う。死人に、誰が何を尋ねたがる。
スバル
だが、モニターの文字は静かにそこに佇んでいる。
スバル
目を逸らす。テーブルの向こう側の闇へと。
スバル
その見通せないくらがりに、
スバル
ふと。
スバル
気配だけを感じた。
スバル
選んだもの。それだけだと決めたもの。
スバル
忘れようもなく、間違えようもない。
スバル
「……ミムジィ」
スバル
応えはない。
スバル
ないことに失望はない。
スバル
ただ、ほんの僅か。
スバル
きり、とどこかが痛んだ。
スバル
画面に目を戻す。未だ留まる『Question』の文字。
スバル
「……わかったよ」
スバル
溜息のように言う。本当にばかばかしい。
スバル
伏せられていたカップをひっくり返し、冷めた紅茶を注ぐ。
スバル
少し考えて、ふたつ。
スバル
ひとつは、テーブルの上を滑らせるように闇の中へ。
スバル
それから、翼のたたみ方をいくらか調整して、椅子に背を預ける。
モニター
文字が切り替わる。滲むように溶け、滲むように浮かび上がる。
モニター
『1.自分の救世主のよいところを5つ』。
スバル
「……よいところ……」
スバル
初手から閉口した。
スバル
よいところ。
スバル
ミムジィが見せる、いわゆる一般的な美点というものは、大概がミムジィの「斯くあるべし」という取り繕いによる。全部とは言わないが、多くが。
スバル
おれはそれを、やめろと言い続けてきた。
スバル
自分を安くで切り売りするなと言い続けてきた。
スバル
だから、そういう『美点』を挙げるのは違うだろうと思う。
スバル
「5つか……」
スバル
ミムジィのよいところ。言葉にして考えたことがなかった。
スバル
「……自分の決めたことを翻さないところ」
スバル
「迷って立ち止まっても仕方ないとわかってるところ」
スバル
「できることを怠らないところ」
スバル
「あと、おれのことをあんまり男だと思ってなさそうなところ」
スバル
もうひとつ。
スバル
「あとは……ばかなところ、かな」
スバル
ばかだと思う。愚かだと思う。だからそれをやめろと言い続けてきた。
スバル
その一方で、ミムジィがそうすることで必死に生きていたことも、知っている。
モニター
切り替わる。
モニター
『2.一番戦いたくなかった相手』
スバル
このホテルでか? それとも、ミムジィとの旅路すべてで?
スバル
わずかに考えたが、悩むことはない。
スバル
「108号室の救世主」
スバル
「張り合ってもしょうがないところで張り合うことになりそうで嫌だったな」
スバル
あの鋭い翼に、生身の翼ではついていけなかっただろう。
スバル
それとも、コインが増えればそうでもなかっただろうか。
スバル
いずれにせよ、飛べる相手に対してうるさくなりそうだったなと思う。
スバル
「ああいう我の強いやつは面倒くさい」
スバル
「裁判はどうしようもないにせよ、まともにお茶会をしたくない」
スバル
うるさそうで。
モニター
切り替わる。
モニター
『3.優勝したらどうしていた?』
スバル
黙る。しばしの間。
スバル
「……勝てなかったやつに聞くなよ」
スバル
小さく零してから、少し笑う。
スバル
「趣味悪」
スバル
小馬鹿にしたような声。
スバル
それはあるいは、自嘲だったかもしれないが。
スバル
「救世主の力だとか、そういうのには興味がなかったな」
スバル
「あいつが帰ったあと、おれに何かが残ったとして」
スバル
「それはおれにとって、あいつと勝った証以上のなんでもない」
スバル
「ここに呼ばれた時点で終わっちまったものが、おれにはあって」
スバル
「その終わりの先のことは……おれにはわからんね」
スバル
「結局、生きるしかなかっただろ。まあ陳腐な言い方をするなら、思い出をよすがに、ってとこ」
スバル
ともにはいられなくなるとわかっていた。
スバル
わかっていたが。
スバル
どうしようも、なかった。
モニター
切り替わる。
モニター
『4.救世主との関係を一言で述べよ』
スバル
「……一言っつってもな……」
スバル
一言。難しいな。
スバル
これもまた、言葉にして考えたことがなかった。
スバル
おれはミムジィを選んだ。
スバル
理由を聞かれても困る。ただ、選んでしまった。
スバル
おれにとって、ミムジィはたったひとつの『何か』だった。
スバル
一方で、ミムジィはどうだったろう。
スバル
とっつきやすいわけでもなく、優しいわけでもなく、性格は悪く、大したことのできるわけでもない末裔の、ずいぶんと年上の男。
スバル
まあ、あからさまに嫌われてはいなかったと思うが。
スバル
要するに、
スバル
「……おれが押し掛けだな。そうとしか言いようがない」
スバル
一緒に行く、と言った。あの日。
スバル
一緒に行かせてくれ、と頼んだわけではない。
スバル
行く、と。
スバル
ミムジィは、「助かるな~」と言った。
本当にそう思ったわけではなく、振り払わない以上はそう言っておくのが無難だろうという言葉だった。
スバル
だからおれは何食わぬ顔で、「そりゃよかった」、と言ったような気がする。
スバル
それから半年。
スバル
結局、関係に名前はつかなかった気がする。
モニター
切り替わる。
モニター
『5.救世主との出会いについて述べ、初対面の印象を答えよ』
スバル
「……亡者狩りの途中、割り込んできたのがミムジィだった」
スバル
「ちゃちな町だったからな。近場に頼りになるような救世主のいないときに亡者が二匹も出れば、だいたいは決死隊を組むしかない」
スバル
「組んでもまあ、終わるときは終わる。終わるときのほうが多いな」
スバル
「一匹あたりに十人隊を組んだ。おれの隊では四人死んだ。あれ以上やってたら全滅か、残っておれだけだったろうな」
スバル
それ自体に、さほど感慨はなかった。
スバル
この世界は、そういうものだ。
スバル
そういうところで生まれて、生きていた。
スバル
末裔の中では、多少ましに立ち回れはした。
スバル
だがそれはたぶん、自分というものに執着がなかったからだろうと思う。
スバル
間合いに飛び込むのが恐ろしくなかった。
死ぬことがまったく怖くない、というほどでもなかったが、たぶん周囲の誰彼よりはよほど。
スバル
「ミムジィは剣一本片手に、戦闘のど真ん中に飛び込んできて」
スバル
「もう大丈夫!とか、そういうことを言ってた」
スバル
「結局、五人目が死ぬ前には、ミムジィがその亡者を斬って」
スバル
「向こうの隊は先にミムジィがカタをつけてて、死んだのは二人」
スバル
計六人死んだが、被害としては軽かった。
スバル
「町じゃミムジィを『救世主様』っつって崇めて、まあそりゃわかるんだが」
スバル
「それに応えるミムジィの振る舞いは、ああ、こいつは取り繕ってるな、ってのがすぐわかった」
スバル
「救世主の『15歳』ってのは、大概、おれたちの思う15歳よりもずっとガキだ」
スバル
「まあそうじゃないこともあるが、わりとそういうことが多い」
スバル
「ミムジィはそうだなと思った。そうしないといけない、と思ってやってるのが見え見えで」
スバル
「でも、末裔も末裔で、結構な割合が「救世主様は自分たちとは違う、特別な存在だ」とか、そういうことを思ってる」
スバル
「ミムジィは『そう』見られたがっていたから、余計に、どうしようもねえなと思ったよ」
スバル
ちら、と。テーブルの向こう側に視線を向ける。
スバル
いないのに、いるような気がするそこを。
スバル
視線はすぐに画面に戻る。
スバル
「……それで、」
スバル
「馬鹿は放っておけばいいと思った。……いや、放っておくしかないと思った。最初は」
スバル
「でも、そうできなかった」
スバル
「……できなかったな。だからここにいる」
スバル
「見られたいように振る舞うやつなんて、ほかにいくらもいるのに。それを知っているのに、」
スバル
「おれにとってはあいつだけが違った」
スバル
「最初から」
スバル
「最後の最後まで」
モニター
切り替わる。
モニター
『6.救世主とXXできるか』
モニター
一部の文字が、滲んだままだ。
スバル
「何をだよ……」
スバル
呟いても、画面の文字はそれ以上浮かび上がらない。
スバル
「……なんにせよ、あれ以上何もできねえよ」
スバル
「おれはあいつが不安になることはしたくなかった」
スバル
「おれは末裔で、あいつは救世主で」
スバル
「本当に対等でいるのは難しかった」
スバル
「おれたちの間にあったのは、愛だの恋だのじゃなかったし、友情ってわけでもなかったし、かといって主従とかそういうんでもなかった」
スバル
「だから、まあ」
スバル
「おれは何もできやしなかったし、でも、ああしていたのが間違いだったとも思わない」
スバル
「正しかったかどうかは、知らんね」
モニター
切り替わる。
モニター
『7.今の救世主以外にペアになるなら、どの救世主がよいか』
スバル
は、と薄く笑う。
スバル
「あいつじゃないなら、誰でも」
スバル
「誰でもいい。おれは」
スバル
「選んだのはあいつだけだ。それ以外は全部一緒だ」
スバル
「ま、強いて答えろってなら……102かね」
スバル
「あの中じゃ、まともに話ができそうな方だ」
スバル
食の嗜好はともかくとして。
モニター
切り替わる。
モニター
『8.育った環境について述べよ』
スバル
「ちゃちな町だな。村というほど小さくもなく、救世主が居着くような街というほど大きくもなく」
スバル
「街道沿いにはあって、だから人がまったく行き来しないってわけでもねえが、留まるやつはいない」
スバル
「そういうとこ」
スバル
あの日ミムジィが通りがかったのも、偶然でしかない。
スバル
その偶然ひとつで、なにもかも変わってしまったが。
スバル
「別にグリフォンの集落ってわけでもない。おれの親はどっかから流れてきてあそこに居着いた」
スバル
「まあ、旅好きが多いらしいからな、グリフォンは」
スバル
他人事のように。
モニター
切り替わる。
モニター
『9.自分の名前の由来を知っていれば述べよ』
スバル
「六つの星」
スバル
「どこの世界の話だかは知らねえが」
スバル
「六つの星をまとめて、統る」
スバル
言いながらふと目を細めて、
スバル
「ガキの頃は、もっと普通の名前が良かったと思ったがね」
スバル
「……どうでもいいはずの他人の赤ん坊に、自分のくにの言葉で名をつけるやつがいて」
スバル
「その理由は、おれにはさっぱりわからんが」
スバル
「……最後に。本当に最後のときに」
スバル
「ミムジィがおれの名前を何度も呼んで、それだけがわかって」
スバル
「そのとき、少しだけ。……そのへんによくある名前じゃなくてよかったかもな、と思いはしたな」
スバル
本当に、少しだけ。
スバル
きっと、スバルと名付けられたグリフォンは一人きりだ。
スバル
おれだけだ。
モニター
切り替わる。
モニター
『10.救世主に会う前は何をしていたか』
スバル
「何……」
スバル
随分ざっくりな質問だな、と思う。
スバル
「……まあ、大したことはしてなかったが」
スバル
「畑にできちまう、それほどやばくはない亡者の処理とか」
スバル
「末裔全体の中で言えば、たぶんおれは、剣だの戦闘だのに慣れていたほうだと思う」
スバル
「あくまでも、末裔の中では、だが」
スバル
「おれは親ほど旅ってやつに惹かれないし、飛ぶこと自体も、飛べるから飛ぶってだけだったが」
スバル
「隣村だとか、一番近くの街だとかに何かしらの連絡があったりすると、おれが飛んだりはしてたな」
スバル
「あとは姪の世話」
スバル
「二人」
スバル
今頃どうしているのかは、当然知らない。
スバル
置いてくるときにはずいぶん泣かれたが。
スバル
それで心揺れるほど、血の繋がりに愛をもっていたわけでもなかった。
モニター
切り替わる。
モニター
『11.家族構成を述べよ』
スバル
「母親、おれ、妹が一人。妹の子が二人、どっちも女」
スバル
「父親と、妹の旦那は死んだ」
スバル
家族の中では、一人きりの男だった。
スバル
頼られていたと思う。
スバル
母親はたぶん、誰かと添うて子どもを作って、という期待を持っていただろう。
スバル
けれども、興味が持てなかった。
スバル
そこにある家族を蔑ろにしていたつもりはない。
スバル
ただ、新しくその輪を広げようという気には、さっぱりなれなかった。
スバル
向いていない。誰かに何かを求めることも。求められることも。
モニター
切り替わる。
モニター
『12.家族の思い出を述べよ』
スバル
思い出。
スバル
記憶、と頭の中で書き換えかけて、少し違うような気がした。
スバル
覚えているだけのものではなくて、何か。
スバル
どうだろう。
スバル
注いだきり手を付けていなかったティーカップを持ち上げる。
スバル
冷めきった紅茶を一口含む。渋く、苦い。
スバル
「……妹の旦那が死んだとき」
スバル
「頼む、と言われて」
スバル
「頷けなかった」
スバル
「妹も、姪二人も、母親もみんな泣いていて」
スバル
「でもおれはそうじゃなかった」
スバル
「頼むと言われて、頷いてやることは簡単だったと思うのに」
スバル
「別に、特別それが嫌だったわけでもない」
スバル
「ただ、頷けない自分がそこにいて」
スバル
「おれ以外のみんなが泣いている」
スバル
「そんなことを、よく覚えてる」
スバル
思い出というには、いくらか断片的すぎる一幕。
スバル
ただ、それを。
スバル
どんな穏やかな日々より、はっきりと覚えている。
モニター
切り替わる。
モニター
『13.同族に対して思うことを述べよ』
スバル
何もねえよ。と、反射的に思う。
スバル
「……思うこと、ねえ」
スバル
しばし、考える。
スバル
「……全体的に、よくやるよ、ってとこだな……」
スバル
「旅をしてる連中にせよ、モックスフォンドであれこれやってる連中にせよ」
スバル
「こんな国だってのに」
スバル
「本当に、よくやる」
スバル
まあ。おれも大概だ。
スバル
思ったが、口にはしなかった。
モニター
切り替わる。
モニター
『14.好きな食事』
スバル
「……食事?」
スバル
いきなり気の抜けるような質問が来たな。
スバル
とはいえ、良くも悪くも好き嫌いがなさすぎるので少し黙る。
スバル
「……好きな食事……」
スバル
普通に困っている。
スバル
「…………」
スバル
「……ワイン臭くない肉……の、普通に焼いたやつ」
スバル
ざっくりとしか答えられなかった。
スバル
これでいいか?とばかりにじっと画面を見つめる。文字が滲み出す。
モニター
切り替わる。
モニター
『15.嫌いな末裔の種族を述べよ』
スバル
「チェシャ猫」
スバル
これはすっぱりと答えた。
スバル
「チェシャ猫全体はどうでもいいが」
スバル
「面倒くさいのに当たったとき、それは結構な割合でチェシャ猫だ」
モニター
切り替わる。
モニター
『16.救世主の秘密をひとつ答えよ』
スバル
目を細める。
スバル
秘密。ミムジィの。
スバル
知らないな。いや。
スバル
「あの『救世主様』の振る舞いが、心の底からそうってわけじゃあない、ことかな」
スバル
秘密にしてはおきたいだろう。
スバル
きっと。
スバル
どうしようもないやつだ、ばかな振る舞いだと思ってはいるが、他人の眼前でミムジィのそれを暴こうとしたことはない。
スバル
そうすれば、崩れるものがあると知っていた。
スバル
だからこそ、あのとき、ミムジィを崩したプルネウマに苛立った。珍しく。
スバル
珍しいことだった。本当に。
スバル
ミムジィは、傷つかないわけではない。
疵を覆って立つすべを知っているだけで、むしろたくさんの傷を負って生きている。
スバル
傷ついて、傷ついて、だが倒れなかった。
スバル
けれどそれは、ミムジィが『救世主』たれと己に強いていたからに過ぎない。
スバル
なのに、『救世主』そのものを揺るがされて。
スバル
あの後、ひどく抽象的な問いをスバルに投げつけ続けたミムジィのさま。
スバル
おれは。
スバル
あの答えがお前にとってどういう意味を持ったのか、よく、わからないままだ。
スバル
嘘はひとつもつかなかった。
スバル
それが、良かったのか、悪かったのか。
スバル
スバルはいつだって、ミムジィの欲しい言葉を、欲しがっているからという理由で与えたりはしなかった。
スバル
与えてやるべきだったかと考える。否、と思う。
スバル
甘やかすことも、諦めさせることも、できただろう。多分、さほどの労もなく。
スバル
けれどしなかった。
スバル
おれは、ただ。
スバル
真実、あいつに救われてほしかった。
スバル
甘い偽りの中に置くのでなく、諦めの温かさに浸かるのでなく。
スバル
物思いに耽る間に、画面の文字は滲み始めている。
モニター
切り替わる。
モニター
『17.救世主の振る舞いのうち、やめさせたいこと』
スバル
「やめさせたかったことは山ほどあるが」
スバル
「総じて、自分を尽くしすぎることだな」
スバル
危地に飛び込んでいくことも。あまりに多くを分け与えようとすることも。
スバル
「ほんとうにばかなことばかりすると思っていたが」
スバル
「……そうしなきゃならん、と思っていたのは知ってる」
スバル
そうしなければ価値がないと思っていたことを。
モニター
切り替わる。
モニター
『18.今の救世主といてよかったと思ったこと』
スバル
「……あいつといられたこと、そのものが」
スバル
「……おれみたいなやつが、何かを選べた、ということが」
スバル
「たぶん、よかったんだろう。それだけで、何もかも、というわけにはいかねえが」
スバル
何も変わらないと思っていた。世界も、自分も、何ひとつ。
スバル
なのに、出会った。
スバル
ミムジィにとってはきっと、なんでもないただの行きずりで。
スバル
ただおれだけが、一方的に、ミムジィを選び取った。
スバル
選ばざるを得ないほど、それは、ただひとつのものに思えた。
スバル
それまでの自分の在り方と、ミムジィとともにいるようになってからの自分とは、多くが変わった。
スバル
自分のことを、ばかだと思う。愚かだと思う。
そう思うのに、そこから離れられない自分がひどく苦痛でもあった。
スバル
けれど、最後まで手を離さなかったことを後悔はしていない。
スバル
きっとあそこには、苦しんだだけの価値があった。
スバル
きっと。
モニター
切り替わる。
モニター
『19.ホテルまでどうやって来たか述べよ』
スバル
「よくわからんな。赤い招待状が来て……」
スバル
「別の場所に向かっていたはずなのに、気づいたら、ホテルのある方向へ向かっていて」
スバル
「それが何度も。行く先を変えてもだめだった」
スバル
「だからまあ、諦めた」
スバル
「……こんな果てみてえなとこまで来ることになるとはね」
スバル
その上、今いるここは、なおさら何処とも知れない。
スバル
いつまでここにいるのかは知らない。
スバル
この問いがどれほど重ねられるのかも知らない。
モニター
切り替わる。
モニター
『20.今の救世主が亡者化した場合、殺せるかどうか』
スバル
目線が鋭くなる。
スバル
「……殺せる」
スバル
低く深い声。
スバル
「殺せる。……おれは殺すだろうと思う」
スバル
「まあ、戦えば死ぬのはおれかもしらんが」
スバル
「それでも、殺すよ」
スバル
冷たい紅茶を飲む。刺さるような苦味。
モニター
切り替わる。
モニター
『21.ひとりで生きていけるか?』
スバル
「……………………」
スバル
「生きてはいける」
スバル
「おれはたぶん、ミムジィと会いさえしなければひとりで生きて、それから死んだと思う」
スバル
「何もなくても生きてはいける。生きていくしかない」
スバル
「その上で、おれはもう選んだ」
スバル
「たとえ目の前からそれがなくなっても、二度と届かないとしても」
スバル
「選んだことを変えるつもりはない」
スバル
「おれはミムジィを選んだ」
スバル
「選び続ける」
スバル
「……まあ、もう死んだ身だが」
スバル
「そうしていられる限りは」
スバル
「だから」
スバル
「ひとりでも。生きていったろう」
モニター
切り替わる。
モニター
『22.救世主が末裔だったとしても、一緒にいたと思うか』
スバル
「……どうだろうな」
スバル
テーブルの向こう側を見る。
スバル
「仮定の話はわからん。ミムジィがミムジィである限り、おれはあいつを選ぶだろうが」
スバル
「あいつの在り方は、どうしようもなく『救世主』と結びついているから」
スバル
「それを抜きにして、「どんなお前でも」と言うのは」
スバル
「それはできない」
スバル
「『救世主』から離れたミムジィは、ミムジィだろう。離れることができるならそれは悪いことじゃない」
スバル
「ただ、もとから『救世主』を知らないミムジィが、『ミムジィ』であるかどうかは」
スバル
「おれには、わからない」
スバル
ミムジィの何を選んだのか、自分でもはっきりと言葉にはできない。
スバル
だが、だからこそ。
スバル
わからないからこそ。
スバル
あまりにも、『そのまま』のミムジィをだけ選んでしまった。
スバル
その深い疵まですべて。
スバル
すべてがお前だ。
モニター
切り替わる。
モニター
『23.救世主よりも優れていると思ってることは?』
スバル
「割り切り」
スバル
「あいつは結構、どうしようもないことを抱え込む」
スバル
「抱え込みたがる悩みの大きさが、身の丈にあってないというか……」
スバル
「自分一人じゃどうしようもねえようなことを考えてるからな」
スバル
「おれは、そういうのはない」
スバル
わからないなら、それでいいと思う。
スバル
なんでもかんでもわかる必要はない。
スバル
他の何がわからなくても、
スバル
たったひとつ。
スバル
「わからないままでも、何かを大切にすることはできる」
スバル
「そういうもんだと思ってる」
スバル
あいつはたぶん、真面目すぎる。
スバル
理由なんてなくていい。
スバル
言葉で言ったところで、きっと伝わりはしなかっただろうが。
スバル
あの涙には、もしかしたら。
スバル
そうして、理解を放り投げた何かがあったかもしれない。
スバル
どれほど傷を負っても泣くことなどなかったミムジィの、あの、最後の涙には。
モニター
切り替わる。
モニター
『24.救世主には敵わないと思っていることは?』
スバル
「……なんだろうな。敵わない……」
スバル
「一閃の重さとか」
スバル
物理。
スバル
「救世主ってのは、もともと戦えるやつと、そうじゃないやつがいて」
スバル
「ミムジィはそうじゃない方だ」
スバル
「あいつはそれでも戦うし、強い」
スバル
「それが、本人にとって良いことかどうかはともかくとして……」
スバル
――そこまでして生きたくはなかったよ。
スバル
そう言ったミムジィを覚えている。
スバル
だが。
スバル
「あいつは放り投げなかった」
スバル
「……剣を振るい続けた。生き続けた」
スバル
「おれは、それで良かったと思う」
スバル
生きるしかない。
スバル
生きられるのなら。
スバル
それを投げ捨てるのは、難しいことではない。
スバル
そうしなかったことを、ミムジィ自身がどう思っていても。
スバル
おれは、それで良かったと。そう言う。
モニター
切り替わる。
モニター
『25.救世主のかわいいなと思うところは?』
スバル
「かわいい……」
スバル
「かわいい?」
スバル
かわいい。今までほとんど考えたことのない価値基準だな。
スバル
見た目だとか、声だとか、そういう身体的なものはもちろんのこと。
仕草だとか、性格だとか、そういう何かのことも。
スバル
いや、まあ、一般的に『かわいい』というのがどういうものを指すのかはわからないでもない。
スバル
しかし、それは借り物のものさしだ。
スバル
「かわいい……」 三度目。
スバル
「……うーん……」
スバル
「なんかあったとき、おれにちょっと八つ当たりをかますわりに、あんまり自覚のなさそうなところ」
スバル
あれほど必死で子どもから抜け出そうとしているくせに、そういうときは、子どものようで。
スバル
そういうふうでいてもいいだろうに、と思っていた。少し。
スバル
言うと強がるしかないだろうから、言わなかった。
スバル
言ってやればよかったかな。そうでもないか。
モニター
切り替わる。
モニター
『26.聞かれたら困る質問は?』
スバル
「……『ミムジィ様とお付き合いされてるんですか?』だな……」
スバル
「その質問自体も、その質問が出る状況も面倒くさい」
スバル
ミムジィはどこでも『救世主様』をしたがり、実際にする。
スバル
おれがついていって共に戦えば、それはまあ『救世主様のお付き』に見える。
スバル
それはわかっていたし、あえていちいち否定することもなかった。外から見てどう、ということは、さして重要でもない。
スバル
ただ。
スバル
時に、おれに何事かを見、求めてくる者のあったとき。
スバル
おれが断って、そしてその拒否に返ってくるのが『ミムジィ様とお付き合いされてるんですか?』だった。
スバル
違うと言っても、信じないやつが結構いて。
スバル
それが、……なんだろう。鬱陶しいとも、厄介だとも、面倒だとも思った。
スバル
単に恋い慕うような気持ちだったなら、きっと、こんな馬鹿はしていない。
スバル
ミムジィを欲しいと思ったこともない。
スバル
恋に盲ては、あいつについてはいけなかっただろう。
スバル
だから。
モニター
切り替わる。
モニター
『27.救世主が他の末裔と組むことになったらどう思うか』
スバル
小さく瞬く。
スバル
「他の、か。……まあ、組むこと自体をどうこう言う気はあんまり湧かねえな……」
スバル
「別におれは、唯一無二の相棒ってわけじゃない」
スバル
「あいつは他の末裔と一緒にいたことも、他の救世主と一緒にいたこともある」
スバル
「最後に隣にいたのは、おれだってだけ」
スバル
それも、選んだのはミムジィではない。
スバル
「例えばあいつが選んだなら、何も言わない」
スバル
「そうでないなら……そうだな。おれより役に立たないやつだと困る、ってのはあるかもしれん」
スバル
具体的には、特に、あの眠り鼠とか。
スバル
「あいつ、なんというか……どこまでも尽くしちまおうとするからな」
スバル
それから、少し黙る。
スバル
おれ以外のやつとなら、ミムジィは勝てただろうか。
スバル
ふとよぎったその思いが、火花のように、ちりっとどこかを焼いて消えた。
モニター
切り替わる。
モニター
『28.好きな亡者食』
スバル
「……なんというか、合間合間にわりとどうでもいいのを挟んでくるな……」
スバル
「さっき似たようなことを答えたろうが」
スバル
亡者食。あえて亡者食と言うなら。
スバル
「……物好きの救世主が、『牧場』をやってるのを見たことがあって」
スバル
「目を潰したり腱を切ったり……牛だの鶏だのの亡者を、そうやって管理して」
スバル
「そこでチーズを食ったのが、……まあ、美味かったな。黴びてないやつ」
モニター
切り替わる。
モニター
『29.救世主にやめてほしいと思っていること』
スバル
これもまた似たようなのを答えたな。
スバル
やめさせたいこと。やめてほしいこと。
スバル
「……そうだな……」
スバル
「たまに、こう……『スバルってばかなのかな?』みたいな顔してくること」
スバル
「自分でもそう思うから、余計に」
スバル
きっと、お前が思っていた以上に、おれはばかだったよ。
スバル
どうしようもなく。
スバル
もっと賢しらに、適当に、ぬるま湯を生きていくことができたのを知っている。
スバル
何も変わらない世界の中で、生きて、そして死ぬことが。
スバル
それをこの上もなく理解していたのに。
スバル
ばかであることから、逃げられなかった。
スバル
自分の愚かさから離れることは、お前から手を離すことだった。
スバル
「……わかってたんだけどな」
スバル
わかっていたんだ。本当に。
モニター
切り替わる。
モニター
『30.救世主に影響されたな、と思うこと』
スバル
「影響……」
スバル
考える。ミムジィといて変わったこと。
スバル
それはほとんどが、自分自身のばかさ加減、愚かしさから来ているように思える。
スバル
まあ、それ以外。
スバル
「……眠りが浅くなった。些細な物音で起きるようになって、何かあれば即座に剣を抜く癖がついた」
スバル
「そうでないと、側で役に立てない」
スバル
「あいつがそうだから」
スバル
目の届かないところ、手の届かないところ。
スバル
どうしたってゼロにはできない。
スバル
だが、できる限り。してきた、つもりだ。
モニター
切り替わる。
モニター
『31.救世主の面倒くさいなと思うところ』
スバル
「……必ずしも報われないことを呑んだ上でやっている、と、そう思っていそうなところ」
スバル
「いや……呑み込めていない、とは言わないが」
スバル
「本当は、報われたいんだろうと思ってたよ。ずっと」
スバル
「なんの見返りもなく続けていくには、あいつの思う『救世主』ってのは重い」
スバル
「そのくせ、見返りを求めれば、あいつの中の『救世主』像からは遠ざかる」
スバル
「本当に無私無欲でいることなんてできやしない」
スバル
「それを本当はわかっているくせに、報われなくてもいいと言い、そう振る舞って、なのにどこかで、報われないことに傷ついてるようで」
スバル
「もっと楽に生きればいいのに、そうできない」
スバル
「やめろと言っても、止まれない」
スバル
「そういうところが、面倒なやつだったよ」
スバル
外からほどいてやるには、あまりにも根が深かったように思う。
スバル
おれにはできなかった。
スバル
下手につつけば壊れるものに、無遠慮には触れられない。
スバル
もしも、もっと。
スバル
考えかけてやめる。
スバル
正しくはない。だが間違ってもいなかった。
スバル
たぶん、そういうことだ。
モニター
切り替わる。
モニター
『32.相手と自分が親子になるなら、どっちが子供がよいか』
スバル
「あいつ、親には向いてないだろな」
スバル
「こうあるべき、とか。考えすぎる」
スバル
「ガキはそういうのを頓着してくれないし、たぶんミムジィが疲れるだけ疲れて終わる気がする」
スバル
自分の子ども時代を思い出そうとする。
スバル
比較的手はかからない子どもだったような気はするが、代わりに、可愛げもなかったような気がする。
スバル
それから、ミムジィの子ども時代、と思う。
スバル
今なおまだ子どもだとか、そういうことは一旦置いて。
スバル
「……あいつは」
スバル
「子どもができるなら、子どもをさせてやったほうがいいよ」
スバル
強迫的に、誰かを守るために奔走するよりも。
スバル
誰かから、少しでも、守られる経験をしたほうがいい。
スバル
「あとまあ単純に、あいつ子守り下手そうだしな……」
モニター
切り替わる。
モニター
『33.救世主の身体で一番好きなところ』
スバル
「身体」
スバル
考えたことねえな。
スバル
猫の耳、兎の下肢、鱗のある冷たい手。
スバル
継ぎ接ぎの身体は、かなり特徴的ではある。
スバル
特徴的ではあるが。
スバル
「好き……?」
スバル
「んん……」
スバル
「目……?」
スバル
かなり曖昧な声が出た。
スバル
珍しく。
スバル
「なんというか……わかりやすいから……」
スバル
楽しんでいるときも。苦しんでいるときも。
スバル
その奥に見えるものがある。
スバル
見ようと思う者にだけ見えるものが。
モニター
切り替わる。
モニター
『34.救世主と末裔、立場を変えられるとしたら変わるか』
スバル
「……どうだろうな」
スバル
「あいつは変えたがらないと思う」
スバル
「おれもまあ、救世主だの末裔だのの括りそれ自体にはさほど興味がない」
スバル
「どちらかといえば救世主のほうができることがあるとか、増えるとか……そういうのはあるが」
スバル
「別に、変わる必要はないな。変わったところで、あいつが身を尽くすのをやめるとは思えないし……」
スバル
「末裔の身であんなことを続けてたら保たん」
スバル
「……ああ、でも、そうだな」
スバル
「ミムジィには、おれからコインの加護を取り上げることができた。いつでも」
スバル
「力を失くしたところで、ミムジィを選んだことは変えないが」
スバル
「もしも立場を入れ替わったら、役に立てなくなるってこた、なくなったかもな」
スバル
だが、たかだかそれだけのために、それを望むわけではない。
モニター
切り替わる。
モニター
『35.自分の救世主を殺して堕落の国が救われるとしたら殺すか?』
スバル
「いいや、それはない」
スバル
即答。
スバル
「あいつが死にたがっても止める」
スバル
誰でも殺せる。ミムジィ以外なら。
スバル
おれは、仮に世界のためにお前が死ねと言われても、さほど動揺しないだろう。
スバル
そうしてもいい。
スバル
そんなことで、世界なぞ変わらないとは思うが。
スバル
「おれは、世界なんて……言ってしまえばどうでもいい」
スバル
「変わらないまま、救われないまま、100年だかもっとだか知らねえが」
スバル
「おれは世界を諦めてる。変わらない救われない、そういうもんだと思っている」
スバル
「だが」
スバル
「ミムジィのことだけは諦められなかった」
スバル
「だから、あいつのほうが、世界よりもよっぽど重いね。おれにとっては」
モニター
切り替わる。
モニター
『36.救世主と別れる前にしておきたいことがあれば述べよ』
スバル
「手遅れのことを聞かないでいただきてえもんだね」
スバル
「しておきたいこと。あったかね、そんなのは……」
スバル
視線が闇の中をさまよう。わずかの間。
スバル
「……いや、ないな」
スバル
「おれは……何かをしてほしいわけじゃなかったし」
スバル
「大したことをしてやれると思っていたわけでもない」
スバル
「わかってほしいと思ったこともない」
スバル
「だから、別れるとしても」
スバル
「おれは、おれが選んだことを、変えない。それだけ」
スバル
別れる前に。
スバル
実際のところ、もう別れは過ぎ去ってしまった。
スバル
あの場で何ができたろう。最期に。
スバル
自分がどうなったのか、よくわからない。わかることができなかった。
スバル
何もかもが遠ざかっていく中で、ミムジィがおれの名を呼んでいる声が最後まで聞こえていた。
スバル
それだけが。
スバル
ありがとうと言われた気もした。気のせいかもしれない。
スバル
もしかしたら、そう言ってほしかったのかもしれない。どこかで。
スバル
別に、感謝されたかったからではなくて。
スバル
ただ、……「お前を選んだ」ということが、伝わった証として。
スバル
わかってほしいわけではなかった。
スバル
けれど。
スバル
適当にはされたくないと言ったその通りに。
スバル
伝わることがあったのならば、正しく伝わっていてほしいと思う。
モニター
切り替わる。
モニター
『37.亡者化したら相手に殺されたいか』
スバル
「……わからねえよ」
スバル
「殺して苦しむくらいなら、適当に捨てておけばいいとは思う」
スバル
実際のところ、目の前で亡者と化した自分をミムジィがどうしたのかも知らない。
スバル
死ぬときはミムジィの手で、なんてロマンチシズムは持ち合わせがない。
スバル
そもそも、亡者になるということは死ぬことだ。
スバル
死んで。そこに残った何か。空疎。
スバル
「……あいつは」
スバル
「……辛かったかね……」
スバル
死ぬにせよ、ミムジィが死ぬその瞬間まで、『スバル』として側にいてやれたらよかっただろうか。
スバル
わからない。
スバル
あの裁判では、何をどう考えてもやりすぎた。
スバル
もちろん、限界を通り過ぎればどうなるか、知らなかったわけではない。
スバル
得るものはなかった。失わずに済むというだけだった。
スバル
それでいて、勝ち進めば、やはり失うことになるのだともわかっていた。
スバル
どうしたところで、終わりは見えていて。
スバル
けれど、ただ。もう少し、と。
スバル
寂しいよと。
スバル
そう言ったのを思い出した。
モニター
切り替わる。
モニター
『38.救世主に隠しごとはあるか』
スバル
「……隠し事か」
スバル
「いや」
スバル
「わざわざ隠すような御大層なもんは何もなかったからな」
スバル
聞かれれば嘘はつかなかった。どうでもいい戯れはともかくとして。
スバル
――私がいなくなったら寂しい?
スバル
くだらないことを聞くな、とか。そう言うこともできたし、はぐらかすこともできた。
スバル
だが、結局は、寂しいと言った。
スバル
寂しいよ。
スバル
寂しい。
スバル
嘘はつかなかった。
モニター
切り替わる。
モニター
『39.負けた場合、救世主には石像になってでも生きていてほしいか、それならいっそ死んでほしいか』
スバル
「……選ぶのはおれじゃなかった」
スバル
「その上、おれはもう、亡者になるとわかっていた」
スバル
「それは、おれ自身のせいだが」
スバル
「……コイントスを持ちかけられたあいつが、迷いもなく死に賭けたとき」
スバル
「こいつはきっと、おれに誰かを殺させたくないとか、そういうことを考えてるんだろうと思った」
スバル
「ばかだなと思いもしたが……」
スバル
「おれは、あのコインが裏向きに落ちて……少しだけ、ほっとした、ような気がする」
スバル
「死んでほしかったわけじゃない」
スバル
「でも、擦り切れるまで生きてほしいわけでもなかった」
スバル
「あいつは、ただ生きるだけでは救われないものをどっさり抱えてたから」
スバル
「……擦り切れちまう前に、……」
スバル
「…………」
スバル
「……いや」
スバル
「……おれは、死んでほしかったと思う。それにこれ以上ごちゃごちゃ言っても仕方ねえな」
モニター
切り替わる。
モニター
『40.救世主が元の世界に帰ることについてどう思うか述べよ』
スバル
「……帰ってほしいと思ったことはない」
スバル
「負けて死ぬなり石になるなりするよりは、まだ望みがあるかな、とは思っていたが」
スバル
「……おれたちの手元に来たのが白い招待状だったら、おれたちは来なかっただろう」
スバル
「帰りたいと言う救世主は多い。思っている救世主はもっと多いだろう」
スバル
けれど、ミムジィは一度もそう言わなかった。
スバル
思っている素振りもなかった。
スバル
「あいつが帰ることを思えば寂しかったし」
スバル
「だからといって、どうにもできない」
スバル
「……おれにどうにかできることってのは、やっぱり、ほとんどないから」
スバル
「どうしたらいいのか、正直言ってわからなかったよ」
スバル
それでも、帰れとは言った。
スバル
帰れと言うべきだと思った。
スバル
そうでなければ、生きてはいられないのだから。
モニター
切り替わる。
モニター
『41.救世主との連携は上手くとれていると思うか』
スバル
「さあ……」
スバル
「半年も一緒に、毎日のように切った張ったしてりゃ、それなりにはなる」
スバル
「それなり以上の何かかどうかはわからんね」
スバル
「少なくとも、邪魔になってはなかった、と思うが……」
スバル
「お互いに」
モニター
切り替わる。
モニター
『42.救世主の元の世界についてどれだけ知っているか述べよ』
スバル
「あいつの世界についてはほとんど何も知らねえな」
スバル
「そもそも、あいつ自身ろくに覚えてないらしかったし」
スバル
「さほど知りたいとも思わなかった」
スバル
楽しげに語られるのならともかく。
スバル
きっとそうではないだろうと思っていたから。
モニター
切り替わる。
モニター
『43.コインの数が平等なら自分の救世主にも勝てると思うか』
スバル
「……勝てるか勝てないかで言うと、まあ、勝てる気もするが」
スバル
「別に、特段勝ちたいとは思わねえな……」
スバル
ミムジィの戦い方は愚直だ。得物は基本的に剣一本。
スバル
特別に素早いというわけでもないし、もちろんスバルのように飛べたりもしない。
スバル
救世主には、まあ、羽根もないのに平然と飛ぶやつがいたりもするのだが、それはともかく。
スバル
「……そうだな。単に戦えばおれが勝つ」
スバル
「殺し合いをすればミムジィが勝つ」
スバル
「そういう感じだろう、たぶん」
モニター
切り替わる。
モニター
『44.救世主の生い立ちを教えてもらったことはあるか』
スバル
「ない」
スバル
「こっちに来てからのことは、少し聞いたが」
スバル
あの日記。
スバル
あの先に何が書かれていたのか、知ることはなくなった。
スバル
特に、求めて内容が知りたかったわけではない。
スバル
けれども、ミムジィが「聞いてくれる?」と言ったとき。
スバル
おれは、聞くべきだと思った。
スバル
隠した疵は、時に膿んで腐る。
スバル
「……生い立ちか」
スバル
「生い立ちね……」
スバル
聞けば、あの振る舞いの理由をもっと理解できただろうか。
スバル
だがやはり、ミムジィはそもそも、それを覚えてもいない。
スバル
そして、過去は変わらない。
スバル
今だけがある。
スバル
いや。
スバル
あった。
モニター
切り替わる。
モニター
『45.救世主の死ぬところを見ていたいか、否か』
スバル
死ぬところ。
スバル
「……見たくは、なかったな」
スバル
「結果的に、見ずに済んだが」
スバル
「……それとは別に、」
スバル
「……悪い、という気も、してはいる」
スバル
曲がりなりにも、半年、側にいて。
スバル
先に死ぬだけならまだしも。
スバル
「……おれは」
スバル
「結局……」
スバル
結局、なんだというのだろう。
スバル
何もできなかった、というほど何もできなかったわけではきっとない。
スバル
だが、何かができていたとして。
スバル
それを、最後まで、スバルとして、留めておけただろうか。
スバル
わからなかった。
モニター
切り替わる。
モニター
『46.本当は救世主のことをより知りたいと思うか』
スバル
「知りたかったね」
スバル
「でも、知りたくなかったのも本当だ」
スバル
ミムジィに、そう言った通りに。
スバル
知りたいから、知りたくなかった。
スバル
「……おれは、自分の変わるのが嫌だったし」
スバル
「ミムジィの側で、変わっちまったな、と思うたび、自分のばかさ加減が苦しかった」
スバル
「不安にさせたくもなかった」
スバル
「でも、それでも」
スバル
「知りたかったよ」
モニター
切り替わる。
モニター
『47.本当は救世主とより親しくなりたいと思うか』
スバル
親しく?
スバル
親しいってどういうことだか、と思う。
スバル
心通うこと? 触れ合うこと?
スバル
ちら、とプルネウマの言が頭をよぎる。
スバル
触れたり。囁いたり。確かめ合ったり。
スバル
「…………」
スバル
「いや」
スバル
血の繋がりでも、友人でも恋人でもなく、主従というわけでもなく。
スバル
二人の間にあったものをなんと呼ぶかは知らない。
スバル
「あいつは、親しい相手を自分で殺すのが、一等怖いんだろう」
スバル
「だったら、いい」
スバル
指先、くちびる、胸、はら。そうしたどこかに触れたいような気持ちはまるでなかった。
スバル
親しみ。
スバル
二人の間にあったものが、どこかへ一歩進んだとして。
スバル
それがどういうものになったのか、まるでわからないまま。
スバル
過ぎ去っていく。
モニター
切り替わる。
モニター
『48.救世主が元の世界に帰るのを止められるなら止めたいか』
スバル
「……止めたかった、と、思うが」
スバル
「……帰れと言ったのが、まるごと嘘というわけでもないな」
スバル
少なくとも、殺し合いの必要はない世界だろう。
スバル
無事でいてほしいと思う気持ちは、嘘ではなかった。
スバル
手が届かなくなるとしても。
スバル
「…………」
スバル
「……帰ってほしくは、なかった。帰るなら、二度と戻ってこないほうがいいとは思っていた」
スバル
「そういうかんじ」
モニター
切り替わる。
モニター
『49.救世主がこの世界に来なかったことにできるならどうする?』
スバル
「……………………」
スバル
長く黙る。
スバル
「……あいつの日記には」
スバル
「帰りたいと、書いてなかった」
スバル
「……いや。あの後には書いてあったのかもしれないが」
スバル
「この国に堕ちてきて、それからしばらく」
スバル
「……帰りたいと思わない場所に、居続けることと」
スバル
「こんな場所で、殺し合いのさなかを生きるはめになるのと」
スバル
「……どっちがいいのか、おれには、わからない」
スバル
「わからない上で、もし、どっちだって似たようなもんだってなら」
スバル
「おれは、あいつに出会いたい」
スバル
あれほど、愚かな自分が苦しくて。それでも。
スバル
選んだことを、翻したいとは思わない。
スバル
選んだ。たったひとつのものとして。
スバル
選び続けると言った。
スバル
けっして裏切らないと決めていた。
スバル
「出会って、選んで」
スバル
「よかった」
スバル
「本当に」
スバル
「…………」
スバル
「よかったんだ」
モニター
切り替わる。
モニター
『50.救世主よりも優先する人はいるか』
スバル
「いないよ」
スバル
仄かに笑う。
スバル
「おれが選んだのは、ミムジィだけ」
スバル
「他の誰より」
スバル
「何より」
スバル
「おれの中では、最優先だ」
モニター
――モニターの文字が滲む。
モニター
ノイズの中に沈んでいく。
モニター
しかし、次の文字は浮かび上がらない。
スバル
しばらく待つ。
モニター
灰色のノイズ。
モニター
何も映らない。
モニター
ただ薄明かり。
スバル
「…………終わりか」
スバル
小さく、息をつく。
スバル
カップに残った紅茶を飲み干す。
スバル
闇の向こうへ滑らせたカップのことを、ちらりと思った。
スバル
誰も飲みはしない。
スバル
けれど。
スバル
冷めきって香りの飛んだ紅茶が、闇の中、まだそこにあるかどうかは見えない。知ることができない。
スバル
もしかしたら。
スバル
そこで、紅茶は飲み干されているのかもしれない。
スバル
かちりとカップを置く。
スバル
「……ミムジィ」
スバル
応えはない。
スバル
「…………」
スバル
「……ありがとうな」
スバル
選んでよかった。
スバル
呟いて、
スバル
目を閉じる。
スバル
眠るように。
スバル
静かに。

かすかなノイズだけが響く。

何処とも知れず、何時とも知れず

何とも知れず、誰とも知れず

尋ねるものあれど、聞くものはなく

けれど、もしかしたら。

そこにあったかもしれない。

なにかが。

冷めきった紅茶一杯ぶんの、なにかが。