スバル
椅子に座っていた。座ったまま俯いて、眠っていたようだった。
スバル
うたた寝のあとの、どこか丸く重たい倦怠を感じる。
スバル
――ミムジィとともにいるようになってから、覚えのない感覚だった。
スバル
暗く静かな空間に、ひとつ点いたままの、しかし何を映すわけでもないモニター。
かすかなノイズだけが、耳をさりさりと撫でていく。
スバル
窓の外は何も見えず、部屋の隅にも、見通せない闇が蹲っている。
スバル
モニターの画面のざらついた灰色が照らす僅かな範囲に、今、自分の座る椅子と、傍らのテーブルがある。
スバル
ティーポットがひとつ。伏せられたカップがふたつ。
スバル
しかしテーブルの向こう側は、すでに闇の中にある。
スバル
触れたポットには中身が入っているようだった。
だが、なんの香りもしない。冷めきっている。
スバル
命を失う前に、心を失くした。
亡者になるとはそういうことだ。
スバル
おれも。おれだったものも。ミムジィも。
みな死んだことはわかっている。
スバル
悲しい、というわけではない。
辛い、というわけでも。
スバル
もっとどこかへ、何かへ、あるいは単に先へ、繋げてやれればよかったな、とだけ思った。
スバル
最後の最後に泣いたあの愚かな救世主は、ただ生きているだけよりも、少しは何かがましになったろうと思う。
スバル
聞いたところで素直に答えるかどうかも定かではないが。
スバル
と、視線の先で、モニターの画面が、ほんのわずかに瞬き。
モニター
ざらついた灰色のノイズの中に、滲むように、白い文字が現れる。
スバル
ばかばかしいと思う。死人に、誰が何を尋ねたがる。
スバル
だが、モニターの文字は静かにそこに佇んでいる。
スバル
画面に目を戻す。未だ留まる『Question』の文字。
スバル
伏せられていたカップをひっくり返し、冷めた紅茶を注ぐ。
スバル
ひとつは、テーブルの上を滑らせるように闇の中へ。
スバル
それから、翼のたたみ方をいくらか調整して、椅子に背を預ける。
モニター
文字が切り替わる。滲むように溶け、滲むように浮かび上がる。
モニター
『1.自分の救世主のよいところを5つ』。
スバル
ミムジィが見せる、いわゆる一般的な美点というものは、大概がミムジィの「斯くあるべし」という取り繕いによる。全部とは言わないが、多くが。
スバル
自分を安くで切り売りするなと言い続けてきた。
スバル
だから、そういう『美点』を挙げるのは違うだろうと思う。
スバル
ミムジィのよいところ。言葉にして考えたことがなかった。
スバル
「迷って立ち止まっても仕方ないとわかってるところ」
スバル
「あと、おれのことをあんまり男だと思ってなさそうなところ」
スバル
ばかだと思う。愚かだと思う。だからそれをやめろと言い続けてきた。
スバル
その一方で、ミムジィがそうすることで必死に生きていたことも、知っている。
スバル
このホテルでか? それとも、ミムジィとの旅路すべてで?
スバル
「張り合ってもしょうがないところで張り合うことになりそうで嫌だったな」
スバル
あの鋭い翼に、生身の翼ではついていけなかっただろう。
スバル
それとも、コインが増えればそうでもなかっただろうか。
スバル
いずれにせよ、飛べる相手に対してうるさくなりそうだったなと思う。
スバル
「裁判はどうしようもないにせよ、まともにお茶会をしたくない」
スバル
それはあるいは、自嘲だったかもしれないが。
スバル
「救世主の力だとか、そういうのには興味がなかったな」
スバル
「あいつが帰ったあと、おれに何かが残ったとして」
スバル
「それはおれにとって、あいつと勝った証以上のなんでもない」
スバル
「ここに呼ばれた時点で終わっちまったものが、おれにはあって」
スバル
「その終わりの先のことは……おれにはわからんね」
スバル
「結局、生きるしかなかっただろ。まあ陳腐な言い方をするなら、思い出をよすがに、ってとこ」
スバル
これもまた、言葉にして考えたことがなかった。
スバル
理由を聞かれても困る。ただ、選んでしまった。
スバル
おれにとって、ミムジィはたったひとつの『何か』だった。
スバル
とっつきやすいわけでもなく、優しいわけでもなく、性格は悪く、大したことのできるわけでもない末裔の、ずいぶんと年上の男。
スバル
まあ、あからさまに嫌われてはいなかったと思うが。
スバル
「……おれが押し掛けだな。そうとしか言いようがない」
スバル
一緒に行かせてくれ、と頼んだわけではない。
スバル
ミムジィは、「助かるな~」と言った。
本当にそう思ったわけではなく、振り払わない以上はそう言っておくのが無難だろうという言葉だった。
スバル
だからおれは何食わぬ顔で、「そりゃよかった」、と言ったような気がする。
モニター
『5.救世主との出会いについて述べ、初対面の印象を答えよ』
スバル
「……亡者狩りの途中、割り込んできたのがミムジィだった」
スバル
「ちゃちな町だったからな。近場に頼りになるような救世主のいないときに亡者が二匹も出れば、だいたいは決死隊を組むしかない」
スバル
「組んでもまあ、終わるときは終わる。終わるときのほうが多いな」
スバル
「一匹あたりに十人隊を組んだ。おれの隊では四人死んだ。あれ以上やってたら全滅か、残っておれだけだったろうな」
スバル
だがそれはたぶん、自分というものに執着がなかったからだろうと思う。
スバル
間合いに飛び込むのが恐ろしくなかった。
死ぬことがまったく怖くない、というほどでもなかったが、たぶん周囲の誰彼よりはよほど。
スバル
「ミムジィは剣一本片手に、戦闘のど真ん中に飛び込んできて」
スバル
「もう大丈夫!とか、そういうことを言ってた」
スバル
「結局、五人目が死ぬ前には、ミムジィがその亡者を斬って」
スバル
「向こうの隊は先にミムジィがカタをつけてて、死んだのは二人」
スバル
「町じゃミムジィを『救世主様』っつって崇めて、まあそりゃわかるんだが」
スバル
「それに応えるミムジィの振る舞いは、ああ、こいつは取り繕ってるな、ってのがすぐわかった」
スバル
「救世主の『15歳』ってのは、大概、おれたちの思う15歳よりもずっとガキだ」
スバル
「まあそうじゃないこともあるが、わりとそういうことが多い」
スバル
「ミムジィはそうだなと思った。そうしないといけない、と思ってやってるのが見え見えで」
スバル
「でも、末裔も末裔で、結構な割合が「救世主様は自分たちとは違う、特別な存在だ」とか、そういうことを思ってる」
スバル
「ミムジィは『そう』見られたがっていたから、余計に、どうしようもねえなと思ったよ」
スバル
ちら、と。テーブルの向こう側に視線を向ける。
スバル
「馬鹿は放っておけばいいと思った。……いや、放っておくしかないと思った。最初は」
スバル
「見られたいように振る舞うやつなんて、ほかにいくらもいるのに。それを知っているのに、」
スバル
呟いても、画面の文字はそれ以上浮かび上がらない。
スバル
「……なんにせよ、あれ以上何もできねえよ」
スバル
「おれはあいつが不安になることはしたくなかった」
スバル
「おれたちの間にあったのは、愛だの恋だのじゃなかったし、友情ってわけでもなかったし、かといって主従とかそういうんでもなかった」
スバル
「おれは何もできやしなかったし、でも、ああしていたのが間違いだったとも思わない」
モニター
『7.今の救世主以外にペアになるなら、どの救世主がよいか』
スバル
「選んだのはあいつだけだ。それ以外は全部一緒だ」
スバル
「ま、強いて答えろってなら……102かね」
スバル
「あの中じゃ、まともに話ができそうな方だ」
スバル
「ちゃちな町だな。村というほど小さくもなく、救世主が居着くような街というほど大きくもなく」
スバル
「街道沿いにはあって、だから人がまったく行き来しないってわけでもねえが、留まるやつはいない」
スバル
あの日ミムジィが通りがかったのも、偶然でしかない。
スバル
その偶然ひとつで、なにもかも変わってしまったが。
スバル
「別にグリフォンの集落ってわけでもない。おれの親はどっかから流れてきてあそこに居着いた」
スバル
「まあ、旅好きが多いらしいからな、グリフォンは」
モニター
『9.自分の名前の由来を知っていれば述べよ』
スバル
「ガキの頃は、もっと普通の名前が良かったと思ったがね」
スバル
「……どうでもいいはずの他人の赤ん坊に、自分のくにの言葉で名をつけるやつがいて」
スバル
「その理由は、おれにはさっぱりわからんが」
スバル
「ミムジィがおれの名前を何度も呼んで、それだけがわかって」
スバル
「そのとき、少しだけ。……そのへんによくある名前じゃなくてよかったかもな、と思いはしたな」
スバル
きっと、スバルと名付けられたグリフォンは一人きりだ。
モニター
『10.救世主に会う前は何をしていたか』
スバル
「畑にできちまう、それほどやばくはない亡者の処理とか」
スバル
「末裔全体の中で言えば、たぶんおれは、剣だの戦闘だのに慣れていたほうだと思う」
スバル
「おれは親ほど旅ってやつに惹かれないし、飛ぶこと自体も、飛べるから飛ぶってだけだったが」
スバル
「隣村だとか、一番近くの街だとかに何かしらの連絡があったりすると、おれが飛んだりはしてたな」
スバル
それで心揺れるほど、血の繋がりに愛をもっていたわけでもなかった。
スバル
「母親、おれ、妹が一人。妹の子が二人、どっちも女」
スバル
母親はたぶん、誰かと添うて子どもを作って、という期待を持っていただろう。
スバル
そこにある家族を蔑ろにしていたつもりはない。
スバル
ただ、新しくその輪を広げようという気には、さっぱりなれなかった。
スバル
向いていない。誰かに何かを求めることも。求められることも。
スバル
記憶、と頭の中で書き換えかけて、少し違うような気がした。
スバル
注いだきり手を付けていなかったティーカップを持ち上げる。
スバル
「妹も、姪二人も、母親もみんな泣いていて」
スバル
「頼むと言われて、頷いてやることは簡単だったと思うのに」
スバル
思い出というには、いくらか断片的すぎる一幕。
スバル
どんな穏やかな日々より、はっきりと覚えている。
スバル
「……全体的に、よくやるよ、ってとこだな……」
スバル
「旅をしてる連中にせよ、モックスフォンドであれこれやってる連中にせよ」
スバル
とはいえ、良くも悪くも好き嫌いがなさすぎるので少し黙る。
スバル
「……ワイン臭くない肉……の、普通に焼いたやつ」
スバル
これでいいか?とばかりにじっと画面を見つめる。文字が滲み出す。
スバル
「面倒くさいのに当たったとき、それは結構な割合でチェシャ猫だ」
スバル
「あの『救世主様』の振る舞いが、心の底からそうってわけじゃあない、ことかな」
スバル
どうしようもないやつだ、ばかな振る舞いだと思ってはいるが、他人の眼前でミムジィのそれを暴こうとしたことはない。
スバル
そうすれば、崩れるものがあると知っていた。
スバル
だからこそ、あのとき、ミムジィを崩したプルネウマに苛立った。珍しく。
スバル
ミムジィは、傷つかないわけではない。
疵を覆って立つすべを知っているだけで、むしろたくさんの傷を負って生きている。
スバル
けれどそれは、ミムジィが『救世主』たれと己に強いていたからに過ぎない。
スバル
なのに、『救世主』そのものを揺るがされて。
スバル
あの後、ひどく抽象的な問いをスバルに投げつけ続けたミムジィのさま。
スバル
あの答えがお前にとってどういう意味を持ったのか、よく、わからないままだ。
スバル
スバルはいつだって、ミムジィの欲しい言葉を、欲しがっているからという理由で与えたりはしなかった。
スバル
与えてやるべきだったかと考える。否、と思う。
スバル
甘やかすことも、諦めさせることも、できただろう。多分、さほどの労もなく。
スバル
甘い偽りの中に置くのでなく、諦めの温かさに浸かるのでなく。
スバル
物思いに耽る間に、画面の文字は滲み始めている。
モニター
『17.救世主の振る舞いのうち、やめさせたいこと』
スバル
危地に飛び込んでいくことも。あまりに多くを分け与えようとすることも。
スバル
「ほんとうにばかなことばかりすると思っていたが」
スバル
「……そうしなきゃならん、と思っていたのは知ってる」
スバル
そうしなければ価値がないと思っていたことを。
モニター
『18.今の救世主といてよかったと思ったこと』
スバル
「……おれみたいなやつが、何かを選べた、ということが」
スバル
「たぶん、よかったんだろう。それだけで、何もかも、というわけにはいかねえが」
スバル
何も変わらないと思っていた。世界も、自分も、何ひとつ。
スバル
ミムジィにとってはきっと、なんでもないただの行きずりで。
スバル
ただおれだけが、一方的に、ミムジィを選び取った。
スバル
選ばざるを得ないほど、それは、ただひとつのものに思えた。
スバル
それまでの自分の在り方と、ミムジィとともにいるようになってからの自分とは、多くが変わった。
スバル
自分のことを、ばかだと思う。愚かだと思う。
そう思うのに、そこから離れられない自分がひどく苦痛でもあった。
スバル
けれど、最後まで手を離さなかったことを後悔はしていない。
スバル
きっとあそこには、苦しんだだけの価値があった。
モニター
『19.ホテルまでどうやって来たか述べよ』
スバル
「別の場所に向かっていたはずなのに、気づいたら、ホテルのある方向へ向かっていて」
スバル
「それが何度も。行く先を変えてもだめだった」
スバル
「……こんな果てみてえなとこまで来ることになるとはね」
スバル
その上、今いるここは、なおさら何処とも知れない。
スバル
この問いがどれほど重ねられるのかも知らない。
モニター
『20.今の救世主が亡者化した場合、殺せるかどうか』
スバル
「おれはたぶん、ミムジィと会いさえしなければひとりで生きて、それから死んだと思う」
スバル
「何もなくても生きてはいける。生きていくしかない」
スバル
「たとえ目の前からそれがなくなっても、二度と届かないとしても」
モニター
『22.救世主が末裔だったとしても、一緒にいたと思うか』
スバル
「仮定の話はわからん。ミムジィがミムジィである限り、おれはあいつを選ぶだろうが」
スバル
「あいつの在り方は、どうしようもなく『救世主』と結びついているから」
スバル
「それを抜きにして、「どんなお前でも」と言うのは」
スバル
「『救世主』から離れたミムジィは、ミムジィだろう。離れることができるならそれは悪いことじゃない」
スバル
「ただ、もとから『救世主』を知らないミムジィが、『ミムジィ』であるかどうかは」
スバル
ミムジィの何を選んだのか、自分でもはっきりと言葉にはできない。
スバル
あまりにも、『そのまま』のミムジィをだけ選んでしまった。
モニター
『23.救世主よりも優れていると思ってることは?』
スバル
「あいつは結構、どうしようもないことを抱え込む」
スバル
「抱え込みたがる悩みの大きさが、身の丈にあってないというか……」
スバル
「自分一人じゃどうしようもねえようなことを考えてるからな」
スバル
「わからないままでも、何かを大切にすることはできる」
スバル
言葉で言ったところで、きっと伝わりはしなかっただろうが。
スバル
そうして、理解を放り投げた何かがあったかもしれない。
スバル
どれほど傷を負っても泣くことなどなかったミムジィの、あの、最後の涙には。
モニター
『24.救世主には敵わないと思っていることは?』
スバル
「救世主ってのは、もともと戦えるやつと、そうじゃないやつがいて」
スバル
「それが、本人にとって良いことかどうかはともかくとして……」
スバル
それを投げ捨てるのは、難しいことではない。
スバル
そうしなかったことを、ミムジィ自身がどう思っていても。
モニター
『25.救世主のかわいいなと思うところは?』
スバル
かわいい。今までほとんど考えたことのない価値基準だな。
スバル
見た目だとか、声だとか、そういう身体的なものはもちろんのこと。
仕草だとか、性格だとか、そういう何かのことも。
スバル
いや、まあ、一般的に『かわいい』というのがどういうものを指すのかはわからないでもない。
スバル
「なんかあったとき、おれにちょっと八つ当たりをかますわりに、あんまり自覚のなさそうなところ」
スバル
あれほど必死で子どもから抜け出そうとしているくせに、そういうときは、子どものようで。
スバル
そういうふうでいてもいいだろうに、と思っていた。少し。
スバル
言うと強がるしかないだろうから、言わなかった。
スバル
言ってやればよかったかな。そうでもないか。
スバル
「……『ミムジィ様とお付き合いされてるんですか?』だな……」
スバル
「その質問自体も、その質問が出る状況も面倒くさい」
スバル
ミムジィはどこでも『救世主様』をしたがり、実際にする。
スバル
おれがついていって共に戦えば、それはまあ『救世主様のお付き』に見える。
スバル
それはわかっていたし、あえていちいち否定することもなかった。外から見てどう、ということは、さして重要でもない。
スバル
時に、おれに何事かを見、求めてくる者のあったとき。
スバル
おれが断って、そしてその拒否に返ってくるのが『ミムジィ様とお付き合いされてるんですか?』だった。
スバル
それが、……なんだろう。鬱陶しいとも、厄介だとも、面倒だとも思った。
スバル
単に恋い慕うような気持ちだったなら、きっと、こんな馬鹿はしていない。
スバル
恋に盲ては、あいつについてはいけなかっただろう。
モニター
『27.救世主が他の末裔と組むことになったらどう思うか』
スバル
「他の、か。……まあ、組むこと自体をどうこう言う気はあんまり湧かねえな……」
スバル
「別におれは、唯一無二の相棒ってわけじゃない」
スバル
「あいつは他の末裔と一緒にいたことも、他の救世主と一緒にいたこともある」
スバル
「例えばあいつが選んだなら、何も言わない」
スバル
「そうでないなら……そうだな。おれより役に立たないやつだと困る、ってのはあるかもしれん」
スバル
「あいつ、なんというか……どこまでも尽くしちまおうとするからな」
スバル
おれ以外のやつとなら、ミムジィは勝てただろうか。
スバル
ふとよぎったその思いが、火花のように、ちりっとどこかを焼いて消えた。
スバル
「……なんというか、合間合間にわりとどうでもいいのを挟んでくるな……」
スバル
「……物好きの救世主が、『牧場』をやってるのを見たことがあって」
スバル
「目を潰したり腱を切ったり……牛だの鶏だのの亡者を、そうやって管理して」
スバル
「そこでチーズを食ったのが、……まあ、美味かったな。黴びてないやつ」
モニター
『29.救世主にやめてほしいと思っていること』
スバル
「たまに、こう……『スバルってばかなのかな?』みたいな顔してくること」
スバル
きっと、お前が思っていた以上に、おれはばかだったよ。
スバル
もっと賢しらに、適当に、ぬるま湯を生きていくことができたのを知っている。
スバル
何も変わらない世界の中で、生きて、そして死ぬことが。
スバル
自分の愚かさから離れることは、お前から手を離すことだった。
モニター
『30.救世主に影響されたな、と思うこと』
スバル
それはほとんどが、自分自身のばかさ加減、愚かしさから来ているように思える。
スバル
「……眠りが浅くなった。些細な物音で起きるようになって、何かあれば即座に剣を抜く癖がついた」
モニター
『31.救世主の面倒くさいなと思うところ』
スバル
「……必ずしも報われないことを呑んだ上でやっている、と、そう思っていそうなところ」
スバル
「いや……呑み込めていない、とは言わないが」
スバル
「本当は、報われたいんだろうと思ってたよ。ずっと」
スバル
「なんの見返りもなく続けていくには、あいつの思う『救世主』ってのは重い」
スバル
「そのくせ、見返りを求めれば、あいつの中の『救世主』像からは遠ざかる」
スバル
「本当に無私無欲でいることなんてできやしない」
スバル
「それを本当はわかっているくせに、報われなくてもいいと言い、そう振る舞って、なのにどこかで、報われないことに傷ついてるようで」
スバル
「もっと楽に生きればいいのに、そうできない」
スバル
外からほどいてやるには、あまりにも根が深かったように思う。
スバル
下手につつけば壊れるものに、無遠慮には触れられない。
モニター
『32.相手と自分が親子になるなら、どっちが子供がよいか』
スバル
「ガキはそういうのを頓着してくれないし、たぶんミムジィが疲れるだけ疲れて終わる気がする」
スバル
比較的手はかからない子どもだったような気はするが、代わりに、可愛げもなかったような気がする。
スバル
今なおまだ子どもだとか、そういうことは一旦置いて。
スバル
「子どもができるなら、子どもをさせてやったほうがいいよ」
スバル
強迫的に、誰かを守るために奔走するよりも。
スバル
誰かから、少しでも、守られる経験をしたほうがいい。
スバル
「あとまあ単純に、あいつ子守り下手そうだしな……」
モニター
『33.救世主の身体で一番好きなところ』
モニター
『34.救世主と末裔、立場を変えられるとしたら変わるか』
スバル
「おれもまあ、救世主だの末裔だのの括りそれ自体にはさほど興味がない」
スバル
「どちらかといえば救世主のほうができることがあるとか、増えるとか……そういうのはあるが」
スバル
「別に、変わる必要はないな。変わったところで、あいつが身を尽くすのをやめるとは思えないし……」
スバル
「末裔の身であんなことを続けてたら保たん」
スバル
「ミムジィには、おれからコインの加護を取り上げることができた。いつでも」
スバル
「力を失くしたところで、ミムジィを選んだことは変えないが」
スバル
「もしも立場を入れ替わったら、役に立てなくなるってこた、なくなったかもな」
スバル
だが、たかだかそれだけのために、それを望むわけではない。
モニター
『35.自分の救世主を殺して堕落の国が救われるとしたら殺すか?』
スバル
おれは、仮に世界のためにお前が死ねと言われても、さほど動揺しないだろう。
スバル
そんなことで、世界なぞ変わらないとは思うが。
スバル
「おれは、世界なんて……言ってしまえばどうでもいい」
スバル
「変わらないまま、救われないまま、100年だかもっとだか知らねえが」
スバル
「おれは世界を諦めてる。変わらない救われない、そういうもんだと思っている」
スバル
「だから、あいつのほうが、世界よりもよっぽど重いね。おれにとっては」
モニター
『36.救世主と別れる前にしておきたいことがあれば述べよ』
スバル
「手遅れのことを聞かないでいただきてえもんだね」
スバル
「しておきたいこと。あったかね、そんなのは……」
スバル
「おれは……何かをしてほしいわけじゃなかったし」
スバル
「大したことをしてやれると思っていたわけでもない」
スバル
「おれは、おれが選んだことを、変えない。それだけ」
スバル
実際のところ、もう別れは過ぎ去ってしまった。
スバル
自分がどうなったのか、よくわからない。わかることができなかった。
スバル
何もかもが遠ざかっていく中で、ミムジィがおれの名を呼んでいる声が最後まで聞こえていた。
スバル
ありがとうと言われた気もした。気のせいかもしれない。
スバル
もしかしたら、そう言ってほしかったのかもしれない。どこかで。
スバル
ただ、……「お前を選んだ」ということが、伝わった証として。
スバル
伝わることがあったのならば、正しく伝わっていてほしいと思う。
モニター
『37.亡者化したら相手に殺されたいか』
スバル
「殺して苦しむくらいなら、適当に捨てておけばいいとは思う」
スバル
実際のところ、目の前で亡者と化した自分をミムジィがどうしたのかも知らない。
スバル
死ぬときはミムジィの手で、なんてロマンチシズムは持ち合わせがない。
スバル
そもそも、亡者になるということは死ぬことだ。
スバル
死ぬにせよ、ミムジィが死ぬその瞬間まで、『スバル』として側にいてやれたらよかっただろうか。
スバル
あの裁判では、何をどう考えてもやりすぎた。
スバル
もちろん、限界を通り過ぎればどうなるか、知らなかったわけではない。
スバル
得るものはなかった。失わずに済むというだけだった。
スバル
それでいて、勝ち進めば、やはり失うことになるのだともわかっていた。
スバル
「わざわざ隠すような御大層なもんは何もなかったからな」
スバル
聞かれれば嘘はつかなかった。どうでもいい戯れはともかくとして。
スバル
くだらないことを聞くな、とか。そう言うこともできたし、はぐらかすこともできた。
モニター
『39.負けた場合、救世主には石像になってでも生きていてほしいか、それならいっそ死んでほしいか』
スバル
「その上、おれはもう、亡者になるとわかっていた」
スバル
「……コイントスを持ちかけられたあいつが、迷いもなく死に賭けたとき」
スバル
「こいつはきっと、おれに誰かを殺させたくないとか、そういうことを考えてるんだろうと思った」
スバル
「おれは、あのコインが裏向きに落ちて……少しだけ、ほっとした、ような気がする」
スバル
「でも、擦り切れるまで生きてほしいわけでもなかった」
スバル
「あいつは、ただ生きるだけでは救われないものをどっさり抱えてたから」
スバル
「……おれは、死んでほしかったと思う。それにこれ以上ごちゃごちゃ言っても仕方ねえな」
モニター
『40.救世主が元の世界に帰ることについてどう思うか述べよ』
スバル
「負けて死ぬなり石になるなりするよりは、まだ望みがあるかな、とは思っていたが」
スバル
「……おれたちの手元に来たのが白い招待状だったら、おれたちは来なかっただろう」
スバル
「帰りたいと言う救世主は多い。思っている救世主はもっと多いだろう」
スバル
けれど、ミムジィは一度もそう言わなかった。
スバル
「……おれにどうにかできることってのは、やっぱり、ほとんどないから」
スバル
「どうしたらいいのか、正直言ってわからなかったよ」
スバル
そうでなければ、生きてはいられないのだから。
モニター
『41.救世主との連携は上手くとれていると思うか』
スバル
「半年も一緒に、毎日のように切った張ったしてりゃ、それなりにはなる」
スバル
「それなり以上の何かかどうかはわからんね」
スバル
「少なくとも、邪魔になってはなかった、と思うが……」
モニター
『42.救世主の元の世界についてどれだけ知っているか述べよ』
スバル
「あいつの世界についてはほとんど何も知らねえな」
スバル
「そもそも、あいつ自身ろくに覚えてないらしかったし」
スバル
きっとそうではないだろうと思っていたから。
モニター
『43.コインの数が平等なら自分の救世主にも勝てると思うか』
スバル
「……勝てるか勝てないかで言うと、まあ、勝てる気もするが」
スバル
ミムジィの戦い方は愚直だ。得物は基本的に剣一本。
スバル
特別に素早いというわけでもないし、もちろんスバルのように飛べたりもしない。
スバル
救世主には、まあ、羽根もないのに平然と飛ぶやつがいたりもするのだが、それはともかく。
モニター
『44.救世主の生い立ちを教えてもらったことはあるか』
スバル
「こっちに来てからのことは、少し聞いたが」
スバル
あの先に何が書かれていたのか、知ることはなくなった。
スバル
特に、求めて内容が知りたかったわけではない。
スバル
けれども、ミムジィが「聞いてくれる?」と言ったとき。
スバル
聞けば、あの振る舞いの理由をもっと理解できただろうか。
スバル
だがやはり、ミムジィはそもそも、それを覚えてもいない。
モニター
『45.救世主の死ぬところを見ていたいか、否か』
スバル
何もできなかった、というほど何もできなかったわけではきっとない。
スバル
それを、最後まで、スバルとして、留めておけただろうか。
モニター
『46.本当は救世主のことをより知りたいと思うか』
スバル
「……おれは、自分の変わるのが嫌だったし」
スバル
「ミムジィの側で、変わっちまったな、と思うたび、自分のばかさ加減が苦しかった」
モニター
『47.本当は救世主とより親しくなりたいと思うか』
スバル
血の繋がりでも、友人でも恋人でもなく、主従というわけでもなく。
スバル
二人の間にあったものをなんと呼ぶかは知らない。
スバル
「あいつは、親しい相手を自分で殺すのが、一等怖いんだろう」
スバル
指先、くちびる、胸、はら。そうしたどこかに触れたいような気持ちはまるでなかった。
スバル
二人の間にあったものが、どこかへ一歩進んだとして。
スバル
それがどういうものになったのか、まるでわからないまま。
モニター
『48.救世主が元の世界に帰るのを止められるなら止めたいか』
スバル
「……帰れと言ったのが、まるごと嘘というわけでもないな」
スバル
少なくとも、殺し合いの必要はない世界だろう。
スバル
無事でいてほしいと思う気持ちは、嘘ではなかった。
スバル
「……帰ってほしくは、なかった。帰るなら、二度と戻ってこないほうがいいとは思っていた」
モニター
『49.救世主がこの世界に来なかったことにできるならどうする?』
スバル
「……いや。あの後には書いてあったのかもしれないが」
スバル
「……帰りたいと思わない場所に、居続けることと」
スバル
「こんな場所で、殺し合いのさなかを生きるはめになるのと」
スバル
「……どっちがいいのか、おれには、わからない」
スバル
「わからない上で、もし、どっちだって似たようなもんだってなら」
スバル
あれほど、愚かな自分が苦しくて。それでも。
モニター
『50.救世主よりも優先する人はいるか』
スバル
闇の向こうへ滑らせたカップのことを、ちらりと思った。
スバル
冷めきって香りの飛んだ紅茶が、闇の中、まだそこにあるかどうかは見えない。知ることができない。
スバル
そこで、紅茶は飲み干されているのかもしれない。