スバル
「ま、足取りはしっかりしてるしな……ここでもどうにもならんからああだ、ってわけじゃないだろ」
ミムジィ
「スバルみたいにゼータクしない主義なのかもね」
スバル
「……おれは別に、そういうわけでもないけどなあ」
スバル
流しやがった。思ったが、深く追いかけはしない。
スバル
「あそこまでなっても、生きてるもんなんだな……」
スバル
「……参加してるからには、生きてるんだよな?」
ミムジィ
「心の疵の力でああなってるのか、心の疵の力でどうにかなってるか、って感じなのかな」
ミムジィ
「一緒に戦ったことあるよ、春雷のペペル」
スバル
「ところであのペペルってやつ、帰りたがってたのか?」
ミムジィ
「ペペルくんの良さは24時間ばっちりわかっていくからね、ここからね」
ミムジィ
「いい子だって証明してくれますよ、ペペルくんが」
スバル
「ところで、あれはその時から一緒だったのか」
スバル
モニターの中、エレベーターの扉の前で小さくなっている末裔を指さす。
ミムジィ
「あっ、でもなんか威勢のいいこと言ってるね!」
スバル
――俺とペペルさんが勝って……そして、俺が堕落の国を救うんだ!
スバル
「おれは、誰の手でだって、世界が変わるなんて思っちゃいないよ」
スバル
おれがお前の代わりに、この世界を救うと言えたなら。
スバル
「……お前のそういうところは、もう言っても治らんとわかってるよ」
ミムジィ
一時的な連帯ならともかく、救世主と長く旅することはミムジィには難しい。
スバル
救世主は救世主なりに。末裔は末裔なりに。身の程やら、分やらががある。
スバル
エースはエースらしく。ジャックはジャックらしく……。
スバル
「まあ、ああやって直球になんでも聞くのもどうかと思うがね……」
スバル
「素直だよな。こんな世界に落っこちてきたってのに」
ミムジィ
「なんでだろうね。元々大変な世界だったんじゃないかなあ」
ミムジィ
「落差ってあるでしょ? ここよりもっと過酷な世界から来た人だと、堕落の国で生き生きしてたりするし」
スバル
ここより過酷な場所。うまく想像ができない。
ここより良い場所が想像できないのと同じだ。
スバル
このホテルは、『良い場所』だろうか。
手に入るものは多いけれど。
ミムジィ
元の世界は、ここよりずっと良い場所だと言える。
ミムジィ
それでも元の世界に帰りたくないというのは、どうかしているとわかっている。
ミムジィ
「みんな、どんな世界から来たんだろうねえ。話せたら聞いてみたいね」
ミムジィ
「そう? これでもフレンドリーな救世主で通ってるんだよ?」
ミムジィ
「戦わないで済むならそれに越したことないから」
ミムジィ
「100%本心じゃなくても、本心は本心だよ」
スバル
自分もそうして言葉を、振る舞いを選ぶからだ。
ミムジィ
「このあと殺し合うしかないってわかってても、なんか仲良く話し合えるような瞬間って、あるしね」
ミムジィ
「ペペルくんも割と、そんな感じなんじゃない?」
スバル
「勝ち上がって、もしあいつらとやりあうことになったら」
スバル
「おれたちも、そういうことになるかもしれないしな」
ミムジィ
「そうそう。タルト、ケーキ……。スバルはサンドイッチがいいね」
スバル
画面の向こうでは、どうせ誰かが食べ切ったりはしない料理がずらずらと並んでいる。
スバル
それよりは、まあ。
三段のスタンドのほうが、ましかも知れない。気持ち的に。
ミムジィ
「……やっぱりイモムシの末裔じゃないのかな、アルビーさんって」
ミムジィ
「スバルはグリフォンの末裔について、どう思ってるの?」
スバル
先ほど小さくなっていたイモムシの末裔が、イモムシの末裔を扱き下ろすのを聞きながら、
スバル
「……まあ、そんなに嫌いってわけじゃない」
スバル
「おれたちはたぶん、ほかの末裔に比べたら、選択肢が多い。どこへ行くか、どこへ行けるか」
スバル
「この世界で、それってのはかなり運がいいんだな」
スバル
「世界のどこへ飛んで行けても、世界はだいたいどこでも同じだ」
スバル
「だから、別に。嫌いじゃない。でも、特別好きでもない」
ミムジィ
「それがあるのが前提だもんね、スバルにとっては」
ミムジィ
「ない人からは、羨ましがられたりするんだろうけど」
ミムジィ
「別に私たち救世主みたいに別の世界から来なくたって、」
ミムジィ
「みんな、別の世界の住人みたいなものかもね、なんか」
スバル
「みんな、ほどほどに同じようなつくりに見えて、言葉が通じて……だから同じような気になっているだけだ」
スバル
翼というのは、末裔の中でもかなりはっきりとした差異だ。
スバル
それでも同じように、末裔とひとくくりにして救世主と分ける。
スバル
救世主がいなかったら、きっと、末裔というくくりはもっと細かく割れ砕けていただろう。
スバル
「一番最初のかたちに戻せるとしたら、どうしたい」
ミムジィ
「案外ねえ、これで過ごしてるとこれが自然ってなっちゃうもんなんだよね」
ミムジィ
「元の世界に戻るなら全部戻らないとほんと困る」
ミムジィ
「色々適当だよこれ。心の疵の力がどうにかしてるだけで」
スバル
「……今のお前が色々とつぎはぎなのは知ってるけど」
スバル
「お前ってもともとどういう手足とかなの?」
スバル
「そりゃあ……困るだろうな。かなりやばい」
ミムジィ
「あとでホテルマンさんに聞いておこっと」
スバル
「内臓引きずって歩いてるやつよりは、望みがあるんじゃねえか」
スバル
「赤いやつな。……あれはやっぱ疵絡みなのかね」
ミムジィ
「私たち救世主の姿は、心から作られているっていうし……」
スバル
「……なんか、呼び出した方がもたもたしてんなあ……」
ミムジィ
「まあ、どうしたって悪意のやり取りだもんねえ……」
スバル
「そのわりに、103の連中は真っ正直過ぎやしねえか」
ミムジィ
「まあ……器用なことは得意じゃなさそうだし」
ミムジィ
「ときには、そういう正直さこそが通ったりもするけどね……」
ミムジィ
「ひとがいちゃいちゃしてるのみると、にや~ってしちゃわない?」
ミムジィ
「今度はチャペルに行ったな。結婚式なんだか、葬式なんだかって感じだね」
スバル
「建物の中にあんなもん作るのってどういうことなんだか……」
ミムジィ
「このホテル自体、心の疵の力か何かで出来てるんじゃないかな」
スバル
「だろうな。……こんな高い建物、作ろうと思って作れねえよ」
ミムジィ
招待状の力で、中空に現れるジャンに驚く。
ミムジィ
「浴槽に沈めたりもできるんじゃない? あれ」
スバル
落ちる怖さって、そういえば感じたことないな……
ミムジィ
「慣れてるなら、どうってことないんだけどね、あれくらい」
ミムジィ
6ペンスコインが10枚だったら、危ないかもしれない。どうだろう。
ミムジィ
「本当にいざというときは崖に落ちて逃げるとね、相手が追ってこないからね」
スバル
飛ぶ手段があるので、落ちて逃げるというのは考慮の外だ。
スバル
ミムジィなら抱えて飛べるかな。ぎりぎりか。長距離は無理だな……。
ミムジィ
「この人はほんっと遠回りな喋り方をするねえ」
スバル
「おれ、ああいうのとまともに喋れる気がしねえな……」
ミムジィ
「じゃあそのときは私がおしゃべりしよう」
ミムジィ
それなら助けに行かなくちゃ、となめらかに思う。
ミムジィ
「スバルはグリフォンの末裔についてどう思ってるの?」
ミムジィ
「人となりとかってより、無事であってほしいとかさ」
スバル
「……まあ、帰ったときになくなってたら、そりゃあ……」
スバル
悲しいとか辛いとか、そういう事を言葉にはしないが。
ミムジィ
「無事には越したことないってかんじか~」
スバル
「まあ、無事だと心が痛まねえな、ってかんじ」
ミムジィ
私もまた、どうしてか死なずに生きている。
ミムジィ
それが死ぬときじゃなかったのか、死んだ後も生きているだけか。
ミムジィ
そうは言いつつも、ミムジィの戦い方は泥臭い。
スバル
「正面切って言うかあ?って感じなんだよな」
ミムジィ
「……ペペルくんがこのホテルでどういう結論を出すのか、気になるよ」
ミムジィ
ミムジィも、毛皮に覆われているとはいえ素足だ。まともに足も踏めないだろう。
ミムジィ
ふと、熱を疎んでいたあの男は、あんな口づけならば受け入れられるのだろうかと思い出した。
ミムジィ
紅茶を口に運ぶ。いつの間にか冷めている。
ミムジィ
それはキズナかホダシかわからないけれど、太く赤いものに結ばれている。
ミムジィ
「私も言ってみてそれで喜んでるスバルの想像が全然つかない」
スバル
基本的に冷めている。いつでも。何に対しても。
スバル
ミムジィと一緒にいるときは、多少ましかもしれないが。
ミムジィ
自分の目の前にいるスバルがいつものスバルだからだ。
ミムジィ
カメラは切り替わり、103号室は倉庫へ。
スバル
「こっちのおしゃべりは、ばかに素直で結構なこった」
ミムジィ
――あいつは、自分の間違いや後悔をジャンにも背負わせようとしているんだよ。
ミムジィ
「確かに、真に迫ったなにかを感じたよね」
スバル
「迂遠に喋るのと素直さって両立するもんなのか……」
ミムジィ
「率直に喋ってても素直じゃないことだってあるでしょ?」
ミムジィ
「『あの人のことを、もっと知るのに役立てられる』」
ミムジィ
それはこの戦いの果てに別れがあることの証左だ。
スバル
言わずにいればよかったと思う。
言うしかなかったと思う。
ミムジィ
お茶を飲む。注ぎ直したばかりでも、もう冷めている。
ミムジィ
頷いた頃にはもう、ホテルマンがそれを用意していた。
ミムジィ
「……自分の心の疵には嘘をつけないものだね」
ミムジィ
芝居がかった言い回しをしているのは変わりないけれど。
スバル
どれだけ隠しておきたくとも、それに触れねば戦えない。
ミムジィ
「運良く、死なないで、部分的な亡者化で済むことがある」
スバル
「…………」 ミムジィを見る。つぎはぎの姿。
スバル
画面の向こうは画面の向こうで、竜の血を浴びただとか、そういう話をしている。
スバル
「生まれつきの身体って、結構、変わっても生きてけるもんなんだな」
ミムジィ
「でもまあ、結局救世主は心で動いてるから」
スバル
「末裔の身にゃわからんな……と言いたいとこだが」
スバル
「あいつなんかは、そこんとこよくわかってそうだ」
ミムジィ
「私も死んで生きてるみたいなもんだから」
スバル
「向こうはお前みたいなタイプに絡まれるの嫌いじゃねえの」
スバル
血を流すペペルから、アルビーがじり、と距離を取る。
スバル
言いつつも、さほど興味のない顔をしている。
ミムジィ
死ぬことも怖くないし、生きることも怖くない。
ミムジィ
「そしたら真の救世主へまた一歩近づけるチャンスだよ」
スバル
「真の救世主なんていやしねえよ。最後の一人になる、なんて」
スバル
救世主は招かれ続けている。この国に。数限りなく。
ミムジィ
「あいにく、夢にも思わないでこの世界に来たんだからね」
ミムジィ
「夢物語だったら、それは叶うってことだよ」
スバル
溜息とともに、モニターの中でアルビーが吹き抜けを落下する。
ミムジィ
「あの血を飲んで……アルビーさんから失われるものって何かな」
スバル
「救世主様のほうがどう思ってるかは、おれにゃわからんが」
スバル
アルビーを睨みつけ、平手打ちを繰り返し、叫んで、呻いて。
スバル
スバルにはそれが、その痛ましさが、よくわからない。
スバル
『今』のスバルは、きっと、『わかることができる』。
ミムジィ
アルビーがネに引きずられて運ばれている。
ミムジィ
救世主の力があろうとも、その体格の差自体は埋まらない。
ミムジィ
あんなふうに運ばれたことがあったな、と思う。
ミムジィ
「どうして私たちにあの、紙切れが届いたんだと思う?」
ミムジィ
こんなのもらったっていいことなんかないよ、と散々確認したばかりだ。
ミムジィ
会いたい、と思う人はいるだろうか。いただろうか。
ミムジィ
覚えていたら、帰りたいと思っただろうか。
スバル
――ここいらで終わりにしたい連中の集まりだよ、ここは。
スバル
終わりにしたいと望んだことがあったろうか。
スバル
おれはおれが変わってしまったことを知っていて、だからこそ、もう。
ミムジィ
「んふふ、どっちかのせいでここにくることになったとか、あえて思ってみますか?」
ミムジィ
「まあ、あの二人みたいな感じとは違うけどさぁ」
ミムジィ
「曲りなりに手伝ってもらっているわけで」
ミムジィ
「それなりの、まあ組んでやるかってのはあるじゃん?」
スバル
「おれはお前のそういうとこ、かなりどうしようもねえなと思ってるからな」
スバル
「マジでどうしようもねえと思ってるからな……」
ミムジィ
「……ペペルくんも、どうしてこんな戦いにきちゃったかな」
ミムジィ
「正直、あんまり見たくないね、こういうところは」
ミムジィ
救世主はそれでも無慈悲に振る舞わなければいけない場面に突きつけられる。
ミムジィ
前科は募る。免罪符では払いきれないほどに。
ミムジィ
その内実は見ているだけではわからない。聞いてみなければ。
ミムジィ
それでも、誰しも、生きていくために、罪をやり過ごす方法が必要だ。
ミムジィ
磨き抜かれた銀のカトラリーに映る、己の姿を見る。
スバル
画面を見ている。
アルビーがばらばらに砕けるところを。
ミムジィ
その見せたくないというのは、スバルにも掛かっている。
スバル
「……見栄っ張り」 あえて小馬鹿にしたような声でそう言った。
ミムジィ
「ペペルくんは元の世界でも勇者だったんだねえ」
ミムジィ
「でもそうなら、ペペルくんが優勝したほうがいいんじゃないかな」
ミムジィ
「それで色んな人が救われるわけでしょ?」
ミムジィ
まだこのことについて、ミムジィは結論を出せない。
スバル
そして画面の向こう、短い語らいの時間が終わる。
スバル
無理だとわかっていながらそういうことを口にするミムジィを、ばかだなと思う。
スバル
短剣の閃き。まず最初に散った血飛沫のひとひら。
スバル
便利だからという理由で使うことに躊躇がない。
ミムジィ
6ペンスコインが失われ、かつてほどの威力はない。
ミムジィ
その堂々たる一撃は、自分を勇者と信じているからこそのものだ。
スバル
胴が半分になるような一撃。
赤い帯がかろうじて繋いでいる。
ミムジィ
冷めたお茶を飲みながら、じっと画面を見ている。
スバル
行かないでなんて言わないだろうな。たぶん。おれも、ミムジィも。
スバル
叩きつけるようなネの言葉を聞きながら、思う。
スバル
ミムジィが黙っているので、スバルもただ黙っている。
ミムジィ
本当にそう思っているかわからない、空虚な返答。
ミムジィ
続く言葉。繰り返される、行かないでという言葉。
スバル
明らかな生返事に、今度ははっきりとミムジィを見る。
スバル
どうしたんだ、とも、大丈夫か、とも言わない。
ミムジィ
それからはっと気付いて、茶菓子をごまかすようにかじる。
スバル
――みなが自分ことだけを考えて、ひとのことに口出ししなけりゃ、この世は今よりずっと上手く行くものを……
スバル
自分のことばっかり考えたとき、『こう』なっちまったらどうしたらいいっていうんだろうな。
スバル
ミムジィのようになりたいと思ったことはない。どんな意味でも。
スバル
けれど、自分の領分とミムジィの領分を並べてみたとき、溜息をつきたくなるときはある。
ミムジィ
目をそらせないということと、目をそらしたいと思うこと。そのいずれもが一つの疵に由来する。
ミムジィ
そうすることで真っ直ぐ見えるようになるからだ。
ミムジィ
この二部屋の戦いは心の疵に触れすぎている。
スバル
あそこでやりとりされているのは、刃だけではない。
スバル
一人で見ていたとすれば、きっと、どうでもいいと言えた。
スバル
しかし今そこに、カップを手にして黙り込んだミムジィがいる。
スバル
先程には言わなかった言葉を、静かに投げる。
ミムジィ
すべてが大丈夫か、そうでなければ、はじめから何一つ大丈夫ではない。
スバル
それは本来、やはり『救世主』のものだと思う。
スバル
六ペンスの力に裏打ちされなければ、それはただ、損なわれただけのものだ。
スバル
目を逸らしてもそこにはある。けれど目を逸らしたって構いやしない。
スバル
疵を疵として振るわざるを得ない救世主だからこそ、それは。
ミムジィ
いずれにせよ、目の前で今まさに取りこぼされていく。
ミムジィ
剣(saber)はすべてを救うもの(saver)ではない。
ミムジィ
「救うものがあるから救われるんだ、私は」
ミムジィ
――あまねくすべてのものは死ぬべきなのだ。
スバル
「……生かしてどうなるもんでもあるまいに……」
ミムジィ
苦悶を浮かべている石像。喜びを浮かべている石像。
スバル
そしてエレベーターは奈落のような地下へと。
スバル
並ぶ扉の前で、アルビーに差し出される赤のトランプ。
スバル
血のように花弁のように、引いては落とすカード。
ミムジィ
ホテルマンになるだろう、とは思っていた。
スバル
「ま、そもそもあんな扉は使わせないでいただきたいね……」